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18.囚われの肉食と草食




 □ ■ □



―――ぁ……ら……空。



 ぐらぐらっと揺れる淡い意識の中、誰かが俺のことを必死こいて呼んでいる。

 目を覚まさなきゃいけないって分かるんだけど、意識が沈んで浮いて沈んで浮いて。すぐには反応を示せない。

 ついでに脳の芯が痛い。なんでこんなに痛いのか、嗚呼、思い出そうとするだけでもズキッと頭部に痛みが走る。


「空」


 また名前を呼ばれた。

 そろそろ起きないと、そろそろ目を覚まさないと、誰かが悲しそうな声で呼び続けているから。


 薄っすらと瞼を持ち上げる。

 視界が悪いようだ。目を開けているのにも拘らず状況がよく把握できない。それとも俺の眼球が汚れている? 目薬が必要かな。


 と、視界は人間で覆われる。

 気が付いたか、ホッとしたような顔で俺を見下ろしてくるのは、かの恋人。

 

「せんぱい」


 身を起こそうとすれば鋭い頭痛が。

 それになんか上手く体が動かせない、なんで?


「無理をするな空。あんたは誘拐犯に頭部を強打されたんだ」


 誘拐犯に?

 たっぷり間を置き、ぱちぱち、瞬きをした後、「誘拐?!」素っ頓狂な声音を上げて腹筋に力を入れた。両腕が使えないのは縛られているからだ。ロープで縛られているみたいだ。縄のチクチクした感触が肌に食い込む。

 どうにか身を起こす俺は、「誘拐ってどういうことっすか」鈴理先輩を見つめる。


「憶えていないのか?」


 同じように腕を縛られている鈴理先輩の心配そうな面持ちを認識した俺は、段々と記憶が蘇ってきた。

 そうだ、俺はイカついオッサンに付けられて……追っ駆けられて、そのままワゴン車に。俺の声を聞きつけた先輩が様子を見てきて……くそっ、途中で失神しちまったけど、先輩が一緒って事は彼女も誘拐されちまったってことだ。


 逃げられなかったんだ。

 いや、彼女のことだから失神した俺を盾に取られて乗るよう脅されたに違いない。

 先輩は、こういう緊急事態用に合気道とかそういった護身用の体術を習っているんだ。ちょっとやそっとじゃやられないだろう。


「すみません。巻き込んでしまって」


 謝る俺に、「馬鹿だな」あんたのせいじゃないだろう、と先輩。


「悪いのは誘拐した奴等だ、気にするな」


 慰めの言葉を掛けてくれる先輩は、重ねて詫びを口にしてくる。なんで彼女が謝るんだろう?


「実はな空。あんたが狙われたのは、あたしと大雅のせいなんだ」


「へ? なんでお二人の?」


「あんたが竹之内財閥と二階堂財閥の令嬢令息と交流していたからだ」


 先輩曰く、誘拐犯の目当ては身代金。

 簡単に言えば、金欲しさで誘拐という名の犯罪を犯したらしい。


 だけど財閥の令嬢令息を誘拐すれば大騒動になるから(そりゃあ財閥の子供だしな)、なるべく金がありそうで、財閥の子供ではないエレガンス学院の生徒を狙っていたとか。

 元々エレガンス学院はお金持ち校だからな。偏差値が高いと名が通っている一方で、金持ちの行く学院だと思われがち。今もその風評は変わらない。


 彼女が言うには、正門で和気藹々と鈴理先輩、大雅先輩と話していた俺がどっかの坊ちゃんだと思われたらしい。財閥繋がりの子供に違いない、と勘違いされたんだ。

 あいつなら金がありそうだっていうことで、襲われて誘拐されて今に至る。鈴理先輩は申し訳無さそうに教えてくれた。

 ちなみに全部、誘拐犯達が会話していた内容を盗み聞きしていたらしい。


 これこそ彼女のせいじゃないから、「気にしないで下さいっす」俺は目尻を下げた。

 例えこういうことが想定できたとしても、俺は鈴理先輩と大雅先輩を恨んだり避けたりしようとは思わない。悪いのは誘拐犯だしな。


「大雅先輩は無事なんっすか?」


「ああ。空の声が聞こえた気がして様子を見て来ると言ったあたしに対し、あいつは正門で待つと言っていたからな。当然、あたしが戻らないことに疑心を抱き、何かあったのだと気付いているだろう。あいつも誘拐や事件には人五倍神経を研ぎ澄ましているからな。連絡してくれている筈だ」


「なら良かった」


 ……それにしても、俺、金持ちの坊ちゃんだって思われたんだ。どうしよう、その逆なのに。


 俺は首を捻ってぐるっと状況を把握。どうやら倉庫の一室に閉じ込められているようだ。錆びた工具の袋や鉄パイプの束、見慣れない大型機械が無造作に置かれている。窓もある。雨風で汚れたガラス窓の向こうから弱々しい夕陽が。もう日は暮れそうだ。

 あ、俺等の通学鞄もあるみたいだ。チャックの開いた鞄が不貞腐れ顔に転がっていた。


「あいつ等が鞄の中を漁ってな。携帯を奪われてしまったよ」


 連絡手段は途絶えているらしい。

 「そうっすか」肩を落とす俺に、「安心しろ」先輩は希望を宿した眼を向けてきた。


「あたしの通学鞄とローファーにはGPSチップが組み込まれていてな。あたしの居場所はすぐにばあや達が特定してくれる。もう特定している頃だ」


「ジーピーエス? なんっすかそれ」


 機械は弱いんだって、俺。


「簡単に言えば、衛星を通して自分の居場所を教えてくれる優れものさ。昔、妹の瑠璃が誘拐されそうになってな。心配した両親が四姉妹各々にGPS機能の入ったチップを靴や鞄に組み込んだんだ。おかげで常に見張られている気分になるが、今回はこれが役立ったな」


 とにかく凄いものなんっすね、GPS機能ってのは。

 なるほど、相槌を打つ俺はこれからどうなるんでしょうっと彼女に尋ねる。居場所がすぐに割り出せるなら、助け出されるのも時間の問題だと思うけれど。


 「いや」先輩は眉根を寄せた。


「警察に連絡が行き渡っていても簡単には救出されないだろう」


 何故なら、人質が二人もいる。人質がいたら警察も下手に動けない。誘拐事件なら尚更、と声を窄める。


「ただな。リーダーらしき男と、攫った男二人が先ほど揉めているようだった。チームワークには亀裂が入っているだろうな」


「どうしてっすか?」

  

「最初にも言ったが、奴等の目的は空であってあたしではなかった。

 何故なら、あたしは財閥の令嬢だからな。誘拐してしまえば騒ぎが大きくなってしまう。

 そういう対策も考えられているだろうし、奴等にとって不都合極まりない。案の定、騒ぎは大きくなっているようだったしな。あたしを攫ったことは失敗だったというわけだ。


 まあ、どちらにしてもあたしが目撃者になってしまったことで、計画の歯車が狂い始めていただろうが……。

 どうやら向こうも犯罪のプロというわけではなさそうだ。日の高いうちから、学校近場で誘拐など……よほどの自信家だと思うぞ。あくまで一見解だがな。

 だがあまり良い状況でもないな。さてと、どうしたものか。奴等はもう身代金要求も出しているしな」


「う、うちの親にっすか?」


「ああ。さっき此処で電話のやり取りがあったんだ。あたしと息子の命が惜しければ、二千万円を用意しろと」


「に……に、二千万円?!」


 度肝を抜く金額に俺は目をひん剥いた。

 ということはなんだ。ひとり一千万ってか? 無理に決まっているだろう。

 百万だって出せるかどうか分からないのに、一千万なんてお前等、路頭に迷え! そう命令されているのと一緒だ。

 どんだけ俺の家が苦しいか知らないだろ、誘拐犯さん達よ!


 ……ガチな話、我が家は大金なんて出せるわけがない。一生借金生活を送れと言っているのと同じだ。

 大パニックになってないといいけど、父さん、母さん。



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