17.大事件発生っす!
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翌日の昼休み、2年F組(女クラ)にて。
「どうだ、空。昨日、話していたアリス服の出来栄えは! このレースエプロンが可愛さを引き立ててると思わないか?!」
ででーんと鈴理先輩が胸を張った。
むしゃり、握り飯を口に入れて咀嚼していた俺は見せ付けられたアリス服に絶句している最中だった。
なんでかって、そりゃあアータ、アリス服とやらがこの教室に持ち込まれているからだよ。
まさか学校に持ってくるなんて一抹も思っていなかったんだよ。嗚呼、油断していた、攻め女の行動力。
わざわざ教室に持ち込んで、宇津木先輩や川島先輩、んでもってなんでか俺の隣で飯を食ってる大雅先輩にアリス服を見せつけた後、再度俺に見せ付けて「可愛いだろ、な?」同意を求めてくる。
ろくに噛んでいない白米を丸呑みした後、「そうっすね」俺はどうにか笑みを返して、弁当を持ったまま席を立った。
さてと、残りは自分の教室で食うか。
だけど残念な事に背後から先輩に肩を掴まれて道を阻まれる。わ、分かってはいたさ。分かっては。
でも希望は捨てたくなかったんだよ。
「空、何処に行くんだ。折角持ってきたんだ。じっくり見てやるのが礼儀だろ。安心しろ、今日はこれを着ろなんて言わないしな」
え……マジで。
ちょっとは先輩、成長して俺の主張を受け入れてくれるように。
「これは空が本調子になってから着てもらうことにする」
そうでもなかったか。
一応俺の心情を配慮してくれているみたいだけど、あんまり配慮という配慮もしていない。寧ろ配慮していないっすよね、先輩。
青褪める俺に、「着ちまえ」大雅先輩が揶揄してきた。男が着たらさぞキモイぞ、なんて現実発言をするもんだからもっと青褪める。
ですよね、俺が着たらキモイっすよね。萌えなんて何処にも発生しないっすよね!
だけど鈴理先輩は大雅先輩に馬鹿だろと鼻を鳴らして、アリス服を彼に向けた。
「空が着てキモイわけないだろ。いいか、男がスカートを履いても似合う奴は似合うんだ。空は当然に似合う類に入る。ま、大雅も似合う類だから安心しろよ」
「そう言われて嬉しい、わけねぇだろうが!」
「なんだ。言われたいから嫉妬してたんじゃ「アホかあぁあああ!」
どんまいっす、大雅先輩。
見事に弄られキャラに成り下がってますっすよ。
空笑いしていると、「二階堂は素直じゃないな」川島先輩が面白い話題を見つけたように話を切り出してくる。なんだか、川島先輩、すっげぇ意地の悪い顔を作って……ヤーな予感。
「素直に言えばいいじゃんか。豊福のアリス服姿が見たいって。なあ、百合子」
「まったくですわ。大雅さんったら空さんに、あんなことを言ったんですもの。キャッ、いけませんわ。いけませんわ。空さんには鈴理さんが……でも、まあまあまあ!」
ひとりで盛り上がる宇津木先輩に俺と大雅先輩はゲンナリと顔を顰める。
この腐女子さん、どうにかしてくれ。
俺達大変な妄想をされちまっているじゃアーリマセンカ。大雅先輩の苦労がちょいと分かってきたぞ。あと川島先輩、なに彼女を焚きつかせているんっすか。確信犯でしょ。
完全に蚊帳の外にいた先輩がキョトン顔から一変。
素っ頓狂な声を出して「大雅っ、あんたそっちに?!」、当然大雅先輩は即答で言うんだよな。「ちっげぇよ!」
ははっ、皆ユカイな人達ばっかりね。
「ちなみに百合子っ、あんたの妄想では空はどっちだ。当然女ポジションだな?!」
「ええ、勿論ですわ」
……え゛ええぇええええっ、何言っているんっすかこの人っ?!
彼氏がいたらん妄想されているのに、着眼点をそこにあてる意味が分からないんだけど!
お、おぉおお俺、男っ、女ポジ、うぇええええい?! なんか色々と混乱っ、混乱っ、大混乱なんだけどぉおお!
「先輩っ!」俺の呼び声に、「仕方が無いではないか」先輩は当然のように答える。
「人の趣味をどうこう言う権利は誰にもないだろ? 百合子が攻め女を認めるように、あたしも腐女子を認めるさ。まあ大雅と空のいたらんカップリングも、所詮は架空だからな。寛大な心で見てやると決めている。百合子はあたしのために小説を書いてくれているしな! おっと三次元のあんたはあたしのものだぞ?」
次元の話なんて知るか。
仮に一次元、二次元、三次元の俺があったとしても、次元の豊福空は俺、豊福空自身のものなんじゃないんっすか?!
「ほ、本人の御心は聞かないんっすかね! 妄想されている本人の御心は!」
「人の妄想は誰にも止められない。妄想は無限の可能性を秘めているのだぞ、空」
なに、名言作ってやったみたいなお顔してくれるんっすか。作ったとしても迷言っすからね。
絶句して顔を強張らせていると、宇津木先輩がきっらきらとした目で俺を見てきた。
な、なんっすかその目。妄想に膨らんだ、その目。そんな目で俺を見ないで下さい。すっげぇヤな予感がするじゃないっすか。
ジーッと見つめてくる宇津木先輩から逃げるため、俺は別の方向に視線を流した。
取り敢えず視線を流したのは片恋相手にいたらん妄想をされている被害者。
某先輩は、大きく溜息をついて弁当を口に運んでいた。もう慣れっ子みたいだ。
「兄貴の次は豊福か」
どんな妄想されているんだろうな、切ないぼやきを聞いてしまう。
大雅先輩諦めちゃ駄目っすよ。先輩の好きな人は宇津木先輩でしょ! お兄さんや俺に恋慕を抱いているとか何とか哀しい妄想をされちまって、それでいいんっすか?!
先輩は俺様っすよ! いや貴方様は本命に対して残念ベーコンアスパラ巻き系男子ですけど。
でもでもでも、此処で諦めてどーするんっすか。
「大雅先輩ファイト。妄想に負けるなです」
「……キャツの妄想前で兄貴と何度挫折したか」
深い溜息をつく大雅先輩に、「諦めないで下さい!」俺は盛大に声援を送った。
「もう付き合っちまうか? チョーダイジニシテヤルゼ」
ついにはカタコトを吐き捨てて超投げやりになってしまう大雅先輩は、考えることも億劫らしい。
「俺には鈴理先輩がいますから」
勿論俺は全否定。ヤケクソにもほどがあるっすよ。
大雅先輩の自暴自棄発言により、宇津木先輩が「あら、まあまあまあ」すっげぇ嬉しそうに見つめてくるんだよ、俺等のこと。
だからそういう目で見ないで下さい、宇津木先輩。俺の中で貴方様のイメージが急降下しています。止まるところを知らないっす。
「まったく、大雅はヘタレだな。さっさと百合子をものにすればいいものを」
ボソリ呟く鈴理先輩の台詞に、俺は思わず大雅先輩をフォローしたくなった。
ヤーンな妄想されたら誰だって心挫けますよ。片恋から妄想されるなら尚更っす。これは宇津木先輩をものにするしないの問題じゃないと思います。
ドタバタな昼休みの話題は放課後まで引き摺った。
あ、俺と大雅先輩のいたらん組み合わせの話うんぬんかんぬんじゃなく、アリス服のことで鈴理先輩と放課後も会話が広げられていたんだ。
着る着ないじゃなくて、デザインが可愛いだろううんたら。
着るお相手が先輩ならスンナリ賛同するんだけどな。
着るお相手が俺……幾ら服が可愛かろうと着る相手が俺じゃあ簡単には頷けないってもんだ。な?
そうそう、今日は鈴理先輩と大雅先輩が一緒に帰るんだって。
なんでも上辺は許婚だから、それを踏まえてお互いの管轄している土地を視察するとかなんとか。
詳しい事情は分からないけど、彼氏としてはすげぇ複雑だけど、まあ、しゃーない。鈴理先輩のことも、大雅先輩のことも信じている。
軽く嫉妬はするけど、それだけだ。二人とも優しいことは分かっているからさ。
にしても大変だよな、金持ちって色んな仕事や習い事が待っているんだから。凡人には分からない世界だ。
正門前まで鈴理先輩、そして大雅先輩と一緒に駄弁っていた俺は、「じゃあこれで」二人に頭を下げてまた明日にお会いしましょうと挨拶。
「おう」大雅先輩は軽く手を挙げて、「またな」鈴理先輩は微笑を向けてきてくれた。
「気ィ付けて帰れよ。最近のお前、なんか空元気が多いからな。ぼーっとしていると、事件に巻き込まれちまうぞ。てか、送ってやればいいんじゃね? べつ急ぐ用事でもねぇしな。俺は鈴理の迎えに乗るし」
「そうだな。空、乗っていかないか?」
「いえいえ、悪いからいいですよ。俺の家から目的地まで行くよりも、このまま目的地に行った方がお得です。今の世の中、ガソリン代って馬鹿になんないっすから! ガソリン一滴無駄にしちゃあなんない。一滴無駄にする奴は一滴に泣かされ、一円を笑う奴は一円に笑われる。家計を火の車にしたくないなら、無駄は省くべきです。
ええい無駄遣いなんてベラボウチクショウです。俺は、おれは、無駄遣いなんて認めないっす!」
「……豊福、てめぇはどこぞの主婦か」
「……空は相変わらずケチ、じゃない、節約精神が強いな」
ご子息令嬢が遠目を作っているけれど、無駄の積み重ねは赤字に繋がるんっすよ。先輩方、知らないでしょ! これだからお金持ちさんは!
心中でヤーレヤレと溜息をつきつつ(表に出したら喧嘩売ってるようなもんだしな!)、俺は改めて二人に心遣いだけ受け取っておくと一笑。
自分の足で帰ることを伝えて、今度こそ迎えを待つ先輩達と別れた。
さてと今日は家に帰って何をしよう。
勉強は勿論だけど、あ、そうだ、先輩から押し付けられた文庫読まないとな。感想報告しないと、先輩にどーんなお仕置きされるか。
ちょいと想像して身震い、か、考えなかったことにしよう。
(……ん?)
正門からさほど距離のない曲がり角を曲がったくらい辺りから、俺はなにやら気配を感じていた。
なんというか、かんというか、びみょーに付けられている気がするんだよな。気のせいか。うん、気のせいだろ。と、言い聞かすものの、チラッと後ろを一瞥してみれば、見るからにイカついオッサンが俺の後をつけてきている。
もしかして先輩のガードマンさんかな? いやでも、ガードマンをつけられるほど、なんかあったわけでもないし。
空元気な俺を心配しての手配にしては、雰囲気が違うような、ないような。ははっ、考え過ぎか。
だけど、なんかヤな予感してきたから、
「あ。宿題のプリント忘れた」
俺は足を止めてわざわざ道を渡り、素早く踵返した。
ちょっと先輩方のところに戻ろう。付けてきているイカついオッサンが怖い。杞憂だったらいいんだ、杞憂だったら。
正門で待っているであろう先輩達には忘れ物しちゃって、とか言い訳できるから。
道路を挟んでそそくさと学校に戻ろうとする俺を見たイカついオッサンは、そのまま素通り……ではなく、踵返して俺の後を追って来た。
確定。俺はこのオッサンに付けられている。
ま、待て待て待て、俺はオッサンに何かしちまったか? 喧嘩を売るような真似でもっ……と、取り敢えず落ち着け、知らない振りだ。
だけど気付かない振りをするにも、距離が縮まっている気がする。気配オーラが近いっ、近付いている!
この辺りに民家とかは、ああくそう、学校の敷地が主だから民家が見当たらない。石塀の向こうに金網フェンスが見えるから、あそこをよじ登れば直で職員室裏、もしくは駐車場に出るだろうけど、俺は高い所駄目なんだよ! 石塀の高さは結構あるし。
だ、大丈夫。曲がり角を曲がれば学校だ。
下校している生徒もチラホラいるだろうし、早く曲がり角を――ガシッ。右手首を掴まれた俺は反射的に振り払って、BBBダッシュする。
怖いのなんのって怖過ぎて声が出ないくらいだ。
不審者を見つけたら大声で「助けて下さい!」と叫べって学校で習ったけど、実際、声出ねぇよ。防犯機具とか持ってないしさ。
気配で分かる、足音でもっと分かる。
俺は今、イカついオッサンに追い駆けられているってな! ははっ、マジ、笑えねぇ!
曲がり角を曲がる、向こうに正門と先輩達の姿……あ、あそこまで行けばどうにかっ! 大人を呼んで助けてもらえるっ!
同時に羽交い絞めされて曲がり角前に逆戻り。びっくり仰天だ。
「は、放せよ! 放せ!」
どうにか声を搾り出して大抵抗。身を捩って、ギャンギャン騒いだ。
チッ、舌打ちが聞こえたと思ったら向こうの腕が引っ込んで解放、そのまま肘が俺の脇腹に入って大ダメージを食らう。
ちょ、最悪っ……息できないくらい、痛ぇ。
脇腹を押さえてしゃがみ込む数秒後、曲がり角手前にワゴン車っぽい車が猛スピードでやって来た。ピッタリ歩道に張り付いて急停止、扉が開かれる。
「乗せろ」
仲間らしき奴の合図で、身悶えている俺をイカついオッサンが担いで車内に投げ放った。シートに背中を打ち付けるけど、痛がっている場合じゃない。
「っ、な、何するん……ッ」
ひゅっ、声が萎む。
「大人しくしろ」
車内に乗っていたお仲間さんにダガーナイフを突きつけられて、俺は恐怖のあまり声を呑み込むことしかできない。
なにがなんでこうなってそうなった。落ち着け、俺はなんでこうなっ「そ。空!」
と、向こうに聞き覚えのある声。
外界に目を向ければ、驚愕している鈴理先輩の姿。
多分先輩のことだから、持ち前の地獄耳で俺の声を聞きつけて、ちょいとこっちまで様子を見に来たんだろう。
う、う、嬉しいけど、今は全然嬉しくないっす! ちょ、先輩、早く逃げて下さい。こいつ等なんか危ないっす!
「チッ、竹之内財閥三女もきたか。計画外だがまあいい。乗せろ」
「なっ……やめろっ! 鈴理先輩逃げて下さいっ!」
ふざけるな、なんで彼女まで巻き込むんだよ。
脅しのダガーナイフに目もくれず、一杯一杯に暴れて先輩に逃げるよう叫んだ。
先輩だけでも逃げてくれたら嬉しい。だって先輩は大事な俺のっ、俺の……先輩、お得意合気道でそいつの手から逃げガンッ!
後頭部に凄まじい衝撃が走って暴れていた俺の体がぐらっと揺らいだ。
真っ白になる視界と、沈む意識、それから……それから、先輩の悲痛な叫び――……。




