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13.「責任取ってくださいね」



 □ ■ □



「空、この部屋で大丈夫か。寝られそうか?」



 その日の夜、俺は先輩に引き連れられて近場のホテルで一夜を過ごすことになった。

 泣き顔を親に見られたくない、その俺の気持ちを察してくれたらしい。ちょいと落ち着いた俺を見計らって、あたしに付き合えと強引に車に乗せてきたんだ。

 まさかそのまま知らないホテルに連れて行かれるとは思わなかったけど、もしかしてラブホかと思って身構えもしたけど、ちゃんとした立派過ぎるホテルだったよ。安心したよ。ほんと。


 竹之内財閥が所有しているホテルの一つだそうで、あー、お金は掛からないとかなんとか。


 庶民の俺にはよく分からないけれど、取り敢えずお金は掛からないそうな(でもま、先輩は「またデートしろよ、これはツケだ」とか言ってくれたけど)。

 俺が散々泣きじゃくっている間にお松さんが手配してくれたらしい。


 先輩の家に連れて帰る案もあったらしいけど、やっぱり泣いた俺に対する配慮だったみたいで敢えてホテルを選んでくれた。

 自宅にも適当な理由をつけて連絡してくれた。なんだか至れり尽くせりで申し訳ない。


 申し訳ないといえばもう一つ。

 泊まる部屋がスイートルームだってこと。

 いやはや普通に泊まったらハウマッチ? 豪勢なホテルに初めて泊まるもんだから、貧乏性な俺にはすっげぇ居心地悪い気分。狭い部屋の方が性に合っているようだ。


「寝られそうか」


 先輩の問いには小さく頷く。

 枕が変わっても寝られる奴だから、きっと寝られるだろう。寝られないとすれば俺の気持ちに原因がある。


 スプリングの利いたふわふわベッドに腰掛けていた俺は、肩に掛けていた鞄を膝に置いて呆然としていた。

 蓄積されていた感情を一気に表に出しちまったもんだから、凄く疲れちゃったんだ。

 必死に蓋していた感情が表に出ると、こんなにも空虚感を味わうもんなんだな。変なの。


 ふう、息をついて肩を落としていると、顔にコツンと冷たいものが押し当てられた。のろのろ顔を上げれば、「水分補給」缶コーラを持った先輩が優しく綻んでくれる。

 お嬢様でも炭酸ジュース飲むんだな、コーラを持つ先輩ってあんまり似合わないんだけど。


 「どもっす」小声でお礼を言って俺はそれを受け取った。鞄をベッド下に置いてプルタブに指を引っ掛ける。

 ぷしゅっと産声を上げる缶コーラを口元に運んで喉を潤した。


 あ、美味しい。喉に沁みる。ついでに腸にも沁みる。

 夕飯もまだだったもんな。今、一体何時なんだろう? 見当もつかない。


「先輩、あの、すみませんでした。暴言吐いて。そしてありがとうございます。なんか、俺、色々と無理してたみたいっす」


 飲み物で一息したおかげで、俺はちょいと喋る元気が出る。

 ごめんなさいとありがとうを素直に口にして、おずおず隣に腰掛ける相手の顔を見つめる。

 「ん」簡単に言葉を流す先輩は暴言のことに、ちっとも気にした素振りを見せなかった。ありがとうは素直に受け止めてくれて、無理していたことは確かになっと相槌を打ってくれる。気遣いの見える反応だった。

 不意にクシャリと頭を撫でられた。


「少し強引だったな」


 先輩もちょっと反省しているのか、俺に無理やり吐露させたことを詫びてきた。


 首を横に振る。

 ああでもしてくれないと、ぶっ倒れるまで自分の本当の気持ちを隠し通そうとしていた。先輩の攻めのおかげで、何かと理由を付けて逃げちまう俺は自分の気持ちと向かい合うことができたんだ。

 確かに強引だったけれど、今はとても感謝している。


 だけど完全に張っていた虚勢が崩れちまった今、これからどうすればいいか分からない。

 途方に暮れちまっている。今しばらく立ち直れそうにないって感じ。亡き両親のこともそうだし、今の両親のことだってどう向き合っていけばいいのか。自責の念は溢れる一方だ。


 あの時、俺がひとりで勝手に外に出なきゃこんなことには。


 大好きな両親と向かい合う勇気がこれっぽちもなくなっている。

 もしも俺がすべてのことを思い出したといえば、彼等はどんな反応をするだろう? 哀れむだろうか、悲しむだろうか、それとも辛そうに笑うのだろうか。想像しただけでなんか涙腺が疼く。

 どんだけ俺はメソメソするんだ。



「有りの儘に、ご両親に言えばいいんじゃないだろうか?」



 と、先輩が助言をしてくれる。 

 有りの儘に、が一番難しいと思うんだけど。


 微苦笑する俺に、「あたしでさえ分かったんだ」きっとご両親も察しはついている、彼女は頭をそっと抱き締めて耳元で囁いてくる。

 そんなに分かりやすいんだろうか、俺って。疑問を解消してくれたのはこれまた先輩。


「ずっとあんたを見ているんだ、分かるさ」


 おどけ口調で笑った。


  

「息子同然に、いや息子として可愛がって下さっているご両親なら尚更、察していると思うぞ。少しはご両親を困らせてみてはいいんじゃないか? 空はいつもご両親第一主義だから、自分の我が儘や気持ちを言わなさそうだ。ご両親も案外、それに寂しい思いを抱いていたりしているかもしれん。対照的にあたしは自分の両親に我が儘ばかり言って困らせているが」


 息子としてもう少し両親に甘えたっていいんじゃないか、空はいつもご両親優先だぞ。そう指摘されて俺は気付く。


 そういえば俺は今の両親に、あんまり我が儘を言ったことない。

 引き取られたからってのもあるけれど、物欲が出てもお金が無いと分かっていたから困らせるのは目に見えていたんだ。

 今も何かとオネダリってのがあの人達にはできない。なんだか悪い気がして。


「それにしても、なんで空は思い出したんだろうな。お母様は仰られていたぞ。ご両親を失った悲しみが、高所恐怖症を引き起こしたと。それまで思い出させなかった記憶がこうも鮮やかに思い出すなんて」


 何か原因があるのか?

 首を捻る先輩に、俺はちょっと戸惑った。

 原因は俺にある。俺自身が開いちまったんだ、今まで封印していた記憶の鍵を。高所恐怖症の原因を探ろうとあれこれプチ旅をして、記憶が蘇っちまったんだ。早く高所恐怖症を治したくって。


 俯く俺に、「思い当たる節でも?」先輩が顔を覗き込んでくる。

 「原因という原因はないんですけど」しどろもどろになると、怪訝な顔を作る先輩はまさか、表情を一変。


「階段から落ちたのか? 今日、大雅から聞いた。あんた、階段から落ちそうじゃないか。以前にも階段から落ちて、頭をぶつけたショックが……」


「ち、違うっす! 俺はただ高所恐怖症を治したくって」


「高所恐怖症を治したかった? それはまたなんで」


 先輩は不思議そうに首を傾げた。

 いや、だから、その高所恐怖症を治したら、少しはまともな男になれると言いますか。告白したかったと言いますか、観覧車に乗りたかったと言いますか。大雅先輩に嫉妬にしたことが発端と言いますか……あああもう、今日は感情に振り回される一日だなぁ。


 唸る俺を余所に、無理に高所恐怖症を治さなくてもいいんじゃないか? と先輩。

 それとも高所恐怖症が酷くなったから治そうと思ったのか、重ねてくる疑問に俺はそれもそうなんですけど……生返事。


 ますます首を傾げてくる先輩は、「まあ今は無理するな」微苦笑を零して肩に手を置いてくる。

 原因が分かった今、そう急いで治そうとしても悪化するだけだと助言してきた。


「十年、二十年、長い目で高所恐怖症と向き合っていかないと」


 彼女の言葉に「それじゃあ駄目っす!」、思わず大反論。


「俺は最低でも半年っ、いや一年で治してしまいたいんっす」


「ご両親のことを想ってだろうが、あんたが、無理すればするほど悪化するだけだ。無理は」


「無理してでも治してしまいたいんですって。俺は早く先輩と観覧車に乗りたいんっすから!」


 「へ?」「ぐっ」間の抜けた声が二つ上がった。

 此処で自分の話題が出るなんて微塵も思ってなかったのか、先輩は目をひん剥いて俺を凝視。


「なんで観覧車?」


 当然の疑問が飛んできた。

 だって大雅先輩が鈴理先輩は観覧車が好きだと言ったから、どうしても一緒に乗りたかったんだ。俺は観念してその旨を白状した。


 はしゃいでいる先輩の姿を、どうてしても目にしたかった。てっぺんにのぼった時の先輩のはしゃぎようは凄いみたいだから。

 彼女がどんな風に笑い、目を輝かせ、景色を見ているのか。その横顔を見てみたかった。


 大雅先輩が見られて俺が見られないとか、切ないじゃないか。


 だから高所恐怖症を治そうと原因を探して探してさがして、どうしても治して先輩と見たかった。観覧車の絶景ってヤツを。先輩の無邪気に笑う可愛い姿を。

 完璧に治して、告白もしたかったんだ。少しは見合う男になろうって。


 だって俺は、この人に落とされてしまったから。

 結果的に見合うどころか、八つ当たりしてコンチクショウになったへたれ男だけどさ。


「あたしと観覧車に、な。空、あんた、そんなにあたしに食われたいか」


 可愛いところあるじゃないかと笑う先輩に、「貴方になら喜んで」微笑を零して彼女を見やる。

 とんでも発言に彼女の方が度肝を抜いた。先輩、これは冗談じゃないよ、今は無理でもいつかは食われてもいい、そう思う俺がいるんだ。


 もうシチュエーションとかどうでもいい。

 カッコワルイことに泣きっ面のままだけど、有りの儘に過去の自責を吐けた今、先輩に対する気持ちも伝えられる気がする。


「貴方となら、セックスをしてもいい。いや、俺はしたいんだと思います。学生期間中は健全に付き合いたいと願いつつ、何処かで先輩を欲している。いつ頃だったか、先輩の所有物になっていることが当たり前になっていた」


 これからもそんな関係で良い、俺達はそういう関係で成り立っているんだから。俺は先輩の所有物でヒロインだ。彼女が望む限り。

 だけどね先輩。勘違いだけはしないで。俺は貴方の攻めに屈して所有物になっているわけじゃない。貴方が好きだから、その在り方を受け入れるんだ。


「宣言通り落とされました。強引な貴方に、俺は落とされましたよ」


 ふっと音なく動き、俺は肩を並べる彼女の右頬に手を添えて柔らかな唇を奪った。

 初めて俺からの意思でするキス。以前、先輩に煽られるがまましたことはあったけれど、今度は正真正銘俺の意思が宿ったキスだ。

 食むように唇を重ねた後、俺は彼女に気持ちを伝えた。



「鈴理先輩、好きです。どうしようもないところまで落ちました。責任取って下さい」



 一瞬の間。


 呆けていた先輩の顔が見る見る赤面し始めた。あ、貴重だな、これ。

 酸素を求める金魚のように口をパクパクした後、「くそっ!」盛大に舌打ちを鳴らして俺から視線を逸らしちまった。コーラを自棄一気飲みし、腰を上げてずんずん缶をテーブルに置くと、こんなハプニングは予想だにしていなかったと唸る。


 前から思っていたんだけど、先輩って攻撃力はすこぶるあっても、防御力はそんなにないんじゃ。

 なんだか先輩を赤面させた事が嬉しくて、俺は一笑を零す。


「顔が赤いっすよ」


 うへへ、一本取った。先輩真っ赤だ。


「喧しい! あんたも赤いわ!」


「当たり前じゃないですか、先輩に告白しているんだから。顔だって赤くなりますよ」


「ええい、あたしに向かって生意気な口を利くのはこれか?」


 戻ってきた彼女が人の頬を挟み、荒々しくマッサージしてくる。

 向けてくる瞳が真偽を見定めようとする。逃げてばかりだった俺だ。気持ちを疑われるのは当然。

 なら信じてもらえるまで、彼女に好きだと言えばいい。望んで所有物になっているのだと伝えればいい。


「大好きです」


 へらっと笑えば、「この馬鹿者め」彼女が正面から俺を抱きしめる。顔を見られたくないゆえの照れ隠しなのだろう。


 「あまり言うとキスで黙らせるぞ」「それは嬉しい罰っすね」「鳴かせるぞ?」「うーん、俺の嬌声はきもいと思いますけど」「……エッチするぞ?」「もう少し時間を置いて考えましょうね」「今したい」「高校生じゃちょっと」「むぅ、空らしい。が」「が?」


 間を置き、鈴理先輩が無邪気な笑みを零した。


「今までにないくらい空が近い。やっと空のすべてを手に入れた。全部、ぜんぶあたしのものだ」


 それはきっと、観覧車から見た光景と同じ顔を作っているんだと思う。あどけなく、子供っぽく、はしゃぎたい気持ちを抑えた嬉しい顔がそこにある。

 眩しい笑顔に俺は目を細めた。


「先輩は不思議な人ですね。他人には言えない気持ちをすんなりと言わせる力があるんですから。俺の両親のことだって、俺自身の過去だって……こうして馬鹿みたいに情けなくしても貴方は好いてくれている。だからいつの間にか、俺も落ちていた」


 抱きしめてくる腕が移動する。

 真正面にあった体が、真後ろに来るや、その腕が前に回り、背中にはぬくもりを感じた。ギシッとスプリングが弾む。


「情けなくていい。あたしの前では素でいろ。無理して平然を装うより全然いい。責任を取ってやるから、あんたも責任を取って傍にいろ。そして攻め女として誓わせろ」


 彼女は首筋に唇を落として囁いた。


「あんたのことはあたしが守ってやるさ。過去の悲しみからもなにからも。支えてやるさ、崩れそうな時があっても。あんたのヒーローはあたしひとりで十分だ」


 男前、じゃね、女前な台詞に俺は泣き笑いした。

 守るなんて大それたことをヘーキな顔で言わないで下さいよ。男の俺の立場がちっともないじゃないっすか。ほんっと、立場ねぇ。

 まだ情緒不安定の俺は涙声で彼女に言った。これしか言葉が思い付かなかったんだ。



「俺の傍に……ずっといて下さいね」




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