13.再来の財閥交流会(挨拶火花②編)
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財閥交流会の開始時刻は午後七時半だという。
六時五分前に到着した記憶があるため、残り一時間半をエントランスホールで過ごさなければならない。
先ほどの騒動を時間に換算しても一時間にも満たず、俺達はエントランスホールで暇を弄ばなければいけなかった。本来ならこの時間帯に、他の財閥と談笑交じりの交流をして時間をつぶすのだろうけれど、生憎今の俺達には叶いそうにない。
ロビーに設置されているソファーの一つを陣取り、俺はこの場の重々しい空気に耐えていた。
原因は俺の右隣に座る王子である。あまりの機嫌に好敵手の鈴理先輩すらお手上げといった状態だ。騒動を聞きつけて戻ってきた大雅先輩や宇津木先輩に視線を投げかけるとかぶりを横に振られる。幼馴染達ですら手におえない機嫌のようである。
何か話題を振ろうと口を開くと、「ふざけるな」ようやく御堂先輩が言葉を発した。地を這うような低い声で。
「何故博紀をお目付けに置かなければいけないんだ。彼には蘭子がいる。それで十分だろう」
王子が憤っている理由は博紀さんの存在である。
ある程度、予想はしていたのだけれど、想像以上に御堂先輩は嫌悪感を見せた。親しかったであろう博紀さんにそこまでの態度を取るのは、やっぱり彼が淳蔵さん側の人間だからだろう。どうして自分のいない間に決めてしまったのだ、と御堂先輩が俺や蘭子さんに睨みを飛ばしてくる。半分以上、八つ当たりだということは分かっている。
彼女の質問に対し、せざるを得なかった。俺達にはそれしか返答ができない。
御堂先輩が博紀さんに視線を投げると、「会長のご命令ですから」壁に寄りかかっていた青年が食えない笑顔で肩を竦める。
「空さまは公式のパーティーに出席した経験がございません。誰かが指導しなければ。そう考えた会長は僕を抜擢したのです。御堂財閥にとって不都合なヘマは犯して欲しくありませんので」
「無理やり豊福を出席するよう命じておいて随分な扱いだな」
「何を仰いますか。今回の交流会はあなた方の“婚約式中断”を詫びるもの。ご本人達が不参加というのはあまりに無礼ではないでしょうか?」
眼光を鋭くする御堂先輩に、「貴方は勘違いをしていませんか?」目付が嘲笑するように細く笑う。
「玲お嬢様。空さまは既に財閥の部外者ではなく“財閥関係者”のひとりです。貴方と婚約したその瞬間から……いえ、もっと前から彼は財閥界に縛られてしまった。良し悪し関わらず彼は財閥界の人間と深く繋がり、その世界の内情を知ってしまったのです。一財閥が不都合になる“知ってはいけない領域”にまで、ね。そんな彼を“部外者”と見る人間は少ないですよ。例え空さまが元の世界に戻ったとしても、野心を抱く誰かが彼に歩むでしょう。それは御堂財閥を狙う人間だったり、」
王子から視線を逸らした博紀さんが順に鈴理先輩、大雅先輩、宇津木先輩を指さし、「彼等を食らいたがる人間だったりね」口角を持ち上げた。
「空さまが財閥界から解放される日が来るとしたら、それは“死”以外ございません。一度繋がった糸はもがくほどよく絡まる。まるで蜘蛛の糸のように。この世界は“そういう世界”です。財閥に身を置くお嬢様ならお分かり頂けますよね?」
相手の嘲笑に舌を鳴らし、御堂先輩が腰を浮かせる。それを止めたのは隣に座る俺だった。
「此処は交流会場ですから」揉め事は避けた方が良い。誰の目があるか分からないと促し、無理やり座らせる。
博紀さんの言葉に憤りは感じない。彼に言われずとも分かっていたからだ。自分の立ち位置はどうしようもないところにまできている、と。
“あの事件”によって命が危ぶまれた。その真相を知っている俺は常々思っていたんだ。
御堂先輩と婚約を解消したところで、本当に財閥界から解放されるのだろうか? と。
答えは否だ。淳蔵さんの裏の顔を知ってしまった以上、会長は俺という小僧すら逃してはくれないだろう。解消したところできっと別の手口で囚われるに違いない。淳蔵さんにはそれだけの権力がある。
「いずれ空さまは会長の下に戻ることになります。その前に“財閥界に食われる”かもしれませんが」
博紀さん、わざと王子を怒らせているでしょう? その腹黒さが見え見えなんだけど。
あーあ、誰が彼女の機嫌を取ると思っているんっすか。機嫌の悪い御堂先輩を宥めるのって骨が折れるんですよ。
「ジジイの下に戻る? それはどういうことだい博紀?」
「会長の望みです。未熟な人間を財閥に置くのなら、それなりの教育を施したいそうです。空さまの部屋も未だに残していますしね。どちらにせよ空さまが嫌がろうとも財閥界に残る他に選択はないでしょうけど。空さまは財閥のパイプを繋ぐ人間としてはとても適していますし」
「随分高く買われたものっすね。それほど良い男でもないですよ」
おどけ口調で返すと、「会長は怖いですよ」なにせ、もしもの場合は他人の貴方に見合いの場も設けようとしていたのですから。博紀さんがおどけでこのようなことをのたまった。
「へ?」俺は間の抜けた声を出してしまう。
み、見合い? 淳蔵さんが俺の? なして?! 本当の祖父孫関係じゃないのに?!
財閥のパイプを繋ぐ人間にするためとはいえやり過ぎじゃ。それだけ徹底しているってことか? こ、怖いな。淳蔵さん。
「しかし、見合いは見合いで良い条件かもしれませんよ。なにせかなり可愛いお嬢さんでしたから。空さまの好みを調べあげた結果のご令嬢で、確か一つ年下の癒し系。ふんわりした家庭的な女の子でご両親を大切にする、それはそれは初々しい恋愛観をお持ちだそうです。家柄のランクは高くありませんが、ほら、空さま好みでしょう?」
スマホを起動した博紀さんが壁から背を放し、わざわざ此方に歩んで見合い相手の画像を見せてくる。
正直に言おう。めちゃくちゃ可愛い子だった。聞いたまんま癒しな子で画面に映る笑顔が眩しい! 年下で家庭的な子だなんてもろドンピシャじゃないか! 親を大切にする、は俺の中で絶対的な条件だったから、そらぁもう聞いているだけでトキメキそう!
す、少しだけ淳蔵さんの情報通が神に思えたのだども。是非ともお会いしてみた「豊福」「空」
うひっ?! 嘘です! 俺にはカックイイ女性がいるからっ、会いたいだなんて毛頭も思っていません! だからお二人とも悪意ある笑みを向けないで! こ、腰を触らないで下さいぃいいい!
「あ、あの、どうして俺が見合いを? もしかして御堂先輩と破談になった時のために?」
両隣から伸びてくる忌まわしき手を拘束し、俺は努めて愛想笑いで博紀さんに尋ねる。
「ご名答」その通りだと告げ、スマホを胸ポケットに仕舞う目付は理由をこう述べた。すべては御堂家のためだと。
破談になったとしても、使える(そして内情を知る)人間を逃すほど淳蔵さんも甘くない。使えるものは使えなくなるまで使用するのだ。それは自分も同じことが言えるだろう。博紀さんは含み笑いを零した。
「お互いに金のない身分出身。金のある人間には決して逆らえないし、逆らうことはできない。空さまならお分かり頂けるでしょう? 金のない人間の力の限界を。結局、今の世の中も金が物をいう時代。どのような努力をしようと金のない人間は弱い。特に先進国である日本国は金のない家庭を世間ではどのような目で見ていると思います? 金がないのは“お前達の努力不足”だ、ですよ」
生活保護を受けている人間にも優しくないし、もっと努力をしろと強いる。
ワーキングプア層にいた貴方なら分かる筈。どのような時間を割いて仕事をしようとも、その金額が少なければ“努力不足”で片付けられてしまう無情な世の中を。そう、金があるから人は豊かな教育を受けられ、将来性の高い学校に進学できる。そして輝かしい未来を切り開くことができるのだ。
けれど金のない人間は高い教育も受けられず、高額な受験料に涙し、進学を断念する者も多い。借金をして進学する者も多いが、そんな人間が皆、幸せになれるかと言ったら否。奨学金を返せず、踏み倒す現状がそこにはある。
語り手はシビアな現実を語り、「金のない僕達は弱い人間です」一度財閥界に関わったら逃げることもできず、かと言って相手を伸す力もない。
だから金のある人間にひれ伏すしかない。それが金のない人間の宿命だと力なく笑った。数少ない博紀さんの素顔に思えるのは、何故だろう? あ、確かこの人は施設で育って……。
「そんなこと」彼の言葉を頭から否定しようとする御堂先輩に、「金のある人間には分かりませんよ」博紀さんはそっけなく返す。
「人間には金を媒体に見えざる身分の壁がある。それは財閥界に限ることではありません。お嬢様、僕もね、空さまと同じように会長から絶対的なご命令を受けているのですよ。“君は御堂家のために生き、そして死になさい”と。馬鹿げた命令ですが、僕は素直に服従している。何故でしょう? 簡単です。権力を買う“金”がないからですよ。そんな人間の末路なんて決まっています。ポンコツになるまで利用される。それ以上も以下もありません」
その論理でいくと俺に向けられた“君は御堂家のために生き、そして死になさい”という命令は継続されているのだろう。
脳裏に淳蔵さんの意味深に笑う姿が過ぎる。
会長と呼ばれた五財盟主のひとりは何を思って命令をしたのだろうか。それとも“なんとも思わず”に命令したのだろうか。会長の性格上、きっと後者だろう。所詮俺は彼の手駒の一つにしか過ぎないのだから。
とはいえ、博紀さんにちょいと言いたいことがある。
「博紀さん、貴方のような人間がそれで留まるような人でしょうか? 貴方は生きることに対して狡賢い人に思えますけど」
驚愕、瞬き、そして消化不良になりそうな微笑。
「さて。どうでしょうね?」飄々と答える目付の底知れぬ貪欲を垣間見た。はは、この人は此処で留まる気なんてサラサラないんだ。目がそう物語っている。
「と、まあ、雑談はこれくらいにしておきまして。空さま、ご指導に行きたいのでご起立下さい。お部屋をご用意していますので」
……あ、忘れていた。
博紀さんに立ち振る舞いの指導を受けるんだった。てへ。
一時間はあるから、その間に忘れかけているであろう作法を思い出させると博紀さんは腕時計で時間を確認。「時間をロスしたな」本当は二時間掛けてやるつもりだったのに、と愚痴を零している。
「ほ、本当にやるんっすか?」実は博紀さんの作法指導はかなりスパルタだ。婚約式前一週間の指導で嫌というほど体験している。
冷や汗を流す俺に、「もう減点1ですよ」目付が鼻を鳴らし、此処は公の場だということを忘れてはいないか? 指で人の額を弾いた。
「その口調は交流会ではタブーです。御堂財閥の人間として来ているのですから、知的にお話して頂かないと」
「う゛、ごめんなさい」
「申し訳ございません、です。減点2ですね」
「も、も、申し訳ございません!」
「どもらない。減点3です。空さま、減点5になったら、どうなるか分かっていますね? まったく少し見ない間に、すっかり元通りの立ち振る舞いになって。だから会長の下に預けて僕に指導させるべきなのですよ。ほら、お立ち下さい」
ひぇええええ! 完全に目付のスイッチが入っているんだけど!
逃げ腰になっている俺に、「それはできないぞ」救いの手が伸びる。さすがは俺の王子である。そっちで用意した部屋で指導をさせることはできない。何があるのか分からないのだから、と意見してくれた。それどころかあたし様まで、「相手は淳蔵さんの刺客だからな」と言って助けてくれる。
よっしゃあ! これで作法指導はおじゃんだろう! さすがの博紀さんも手も足も出るまい!
心の奥底で勝利を掴んだとガッツポーズを取っていた俺だけど、博紀さんは諸共せず、「なら此処でしますか」と言って左右に座っている令嬢を無理やり払い退けた。あっちゅう間の敗北である。
「空さま。まずはこのメモに書いてあることを口に出して読んで下さい。それはすべて禁止事項ですよ」
鈴理先輩の座っていた場所に博紀さんが座り、四つ折りのメモを投げ渡してくる。
恐る恐るそれを広げて目を通すのだけれど、どれもこれも俺にとっては酷な禁止事項だった。
「その1:料理は残っていようとも包んでもらうことはしない。そ、そんな……博紀さん」
「ダメです。はい次」
「その2:配布されるおしぼりや自由に取れるガムシロップ、ミルクは持ち帰らない。こ、これもダメなんですか?」
「当たり前です。空さまの場合、余分に持って帰る傾向にあるでしょう? 見苦しいのでやめてくださいね。はい次」
「その3:箸についたソースは舐めない。舐め箸禁止。ケーキのフィルムについた生クリームの舐め取り禁止。うえぇええ、も、勿体ないぃいい!」
「空さま、財閥交流会で意地汚いところをお見せするおつもりですか? 絶対にしてはいけません」
「その4:落ちた物は拾わない。食べない。ウェイター、もしくはウェイトレスに頼む。さ、三秒ルールというものは」
「財閥界にそんなルールはございません。落ちたら新しいものをお取りください。立食パーティーなので取り放題です」
「ううっ、そんな! おぉお俺に食べられるその子を見捨てろと!」
「どうぞ見捨てて下さい」
「でも、まだ食べられ」
「見捨てて下さい。空さま、もしそのようなことをした場合は僕自らが無理やりご退室させますので」
「博紀さんの極悪人っ!」
「意地汚いのはどちらですか! いいですか、空さま、絶対してはいけません。これは社会のマナーでもあります! はい、次」
「そ……その5:人から無暗に物をもらわない。何を出されても断ること。そ、それがこんな小さな飴玉でもダメですか?!」
「貴方様は人から貰うことで餌付けされる性格ですからね。こんなに小さな飴玉でもダメです。お断りしましょう。もしできないなら、僕が代わりにしますので」
「こ、こんなの拷問っすよ! 博紀さん、どれか一つ許してください! 俺、ストレスで死んじゃいます!」
「空さま、また口調に減点が付きましたよ。減点4になりましたね。さあ、減点5になったらどうなるでしょうか、ね?」
「ひ、博紀さんのスパルター!」
こんなの守れるわけがないとビィビィ嘆く俺に博紀さんは容赦がなく、「空さまは意地汚さすぎます」片耳を引っ張って守るよう命令する。
まがいものでも財閥子息候補なのだから、それなりの立ち振る舞いをして当然。社会のマナーだと耳元で繰り返しくりかえし教えられる。
お持ち帰りくらい良いじゃないか。
愚図る俺にやる気がないと見たらしく減点5だと告げ、ペナルティだと審判を下す。
ひっ、青褪める俺の目の前に博紀さんが数枚の紙切れを取り出した。正しくは数枚のシール。ちなみにどんなシールかというと、スーパーで配布される木曜市限定シールで、それを貼ることによりどの商品も三割引きになる優れものである。
どんな商品でも三割引きだぞ? 鶏肉も豚肉も牛肉もお惣菜もトイレットペーパーもお菓子もなんでも三割引きだなんて、魔法のシールこの上ないじゃないか! 俺からしてみれば喉から手が出るほど欲しくなるシールだ。
はてさて、先ほども言った通り博紀さんはスパルタである。
彼は俺の扱いが非常に上手く、作法指導のスパルタも俺専用に工夫されている。叩いて覚えさせる、ではなく、精神的な苦痛が主で、彼が編み出した俺の苦痛とは。
「あぁあ、ひ、ひろ、博紀さん! 今のは減点なしでっ、おぉおお願いしますからそれだけは!」
「可哀想に。この三割引きシールは使用されることもなく」
博紀さんがびりっと真っ二つに破いてしまう。
更に俺の目の前で四つに破くものだから、「申し訳ございません!」反省した! 猛省したから! そんな勿体ないことはしないでくれと懇願。使用されることなく三割引きが目の前で破かれるだなんて苦痛以外の言葉も思い当たらない!
もう一枚破き始める博紀さんに、「二枚も破かれる罪の重さなんですか!」半べそで止めに入る。
「それ二枚で商品二つが三割引きなんですよ! おおぉおおお願いです! も、それ以上俺に苦痛を与えるのは」
これが俺の罰である。
ドケチ、じゃね、節約志向の俺にとって目の前で未使用の割引券が破かれる行為は苦痛も苦痛。ショックのあまりに禿げそうだ。
だって商品の三割引きだなんて美味しいじゃない。美味しいものを目の前で焼かれているような気分だよ! いや目の前でお金を焼かれているような気分じゃい!
「ちゃんとお約束できますよね?」
謝り倒す俺に、博紀さんが満面の笑顔を見せてくる。
うんうんうんうん、首振り人形のように何度も頷き、俺は約束すると宣言した。
「い、い、意地汚いことはしません。勿体ないと思っても社会のマナーは守ります。財閥の子息として身の程を弁えます」
「では復唱して下さい。その1」
「りょ……料理は残っていようとも包んでもらうことはしない」
「その2」
「配布されるおしぼりや自由に取れるガムシロップ、ミルクは持ち……持ち帰りません! 絶対に持ち帰らないです!」
だからシールに手を掛けるのはやめてくださいっ!
スパルタもスパルタな博紀さんの作法指導に、俺はこんなのが一時間も続くのかとガチ泣き半歩手前。だから博紀さんのスパルタ指導は嫌だったんだ。うう、未使用の割引券を目の前で破かれるなんて。破かれるなんて。
グズグズと涙ぐむ俺の周囲では、「あれは助けてやるべきか」「いや空のためだしな」「そうだな。僕も意地汚さは直した方が良いと思う」「うむ、あたしもだ」と頷き合う攻め女ズを筆頭に、友人その他等々が微笑ましく見守っていたこと俺は露一つも知らない。心の中で鬼、鬼、鬼、と恨みつらみ呟いていた。
それでも博紀さんは教育に長けていて、ある程度作法指導が上手くいくと、「一枚あげましょうね」と言って割引きシールをくれる。所謂飴と鞭の使い方が凄く上手い。
「今日の交流会で約束事項を守ったら、四枚あげましょう。頑張ってくださいね」
「(四枚も!)はい、頑張ります! 四枚、三割引きの商品が四個。へへっ、へへへっ。へへへへっ」
手持ちのシールを合わせると五個か。
よしよし頑張ってシールをもらおう。母さんにあげよう! きっと喜んでくれるだろうな。
こうして俺の教育が糸も容易く行われるのだから、アジくん達に「お前。扱いやすい人間だな」と呆れられた。現金な性格だと揶揄されるけれど、それは自覚している。俺は現金な性格この上ないのだ!
「(さすがドケチ少年。扱いやすいことこの上ない。さてと、賢くもズルさのない僕の“主”をどう使っていこうかな。彼を媒体にどうやって椅子を狙おうか)」
細く笑う博紀さんの表情を盗み見ていたイチゴくんが、「自分の意のままにできると思ってやがるな」気に食わないと舌打ちを鳴らしていた姿を誰も目にすることはなかった。
俺達は一時的にでも忘れていたんだ。目に見えない欲望は常にそこで息衝き、渦巻いていることを。




