表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/200

XX.女中の最終報告



【女中・桧森さと子の最終報告】



 空さまと玲お嬢様の婚約式が中止されて幾日、まるで嵐のように日々は過ぎていった。

 表向きは空さまの誘拐事件による婚約式中断、となっているけれど、その真実を知る者は少ない。

 まさか空さまのご友人が挙式を中断させようと目論み、大旦那様が口封じのために事件を起こした、だなんて。私はトロさんと一緒に、ホテルの駐車場にもぐりこみ、挙式がどうなっているかを確かめるべく侵入したのだけれど……まさか私自身まで誘拐されるなんて、今も夢物語のよう。


 

 あの後、空さまは竹之内さまの車により、病院に運ばれた。

 幸い、命に別状はなく、軽い検査入院で済むということだった。右腕と頭が切れていたために、各々五針、三針縫わなければならないらしいけれど大したことじゃない。


 ただ精神的なショックは大きく、担当医は療養が必要だと話してくれた。

 医者の目からしてみれば、今年度に二度も誘拐された経験は多大な心労になると危惧しているのだろう。


 けれど違う。

 空さまにとって一番の心労は≪借金の真相≫だ。

 借金の肩代わりとして御堂家に身を置いた空さま。御堂家のためにその御身を捧げていた空さまにとって、ことの真相は由々しき事態だった。まさか自分の家の借金が仕組まれていたものなんて……ショックなこと極まりないだろう。


 なおざりで聞いてしまった真実に私は掛ける言葉も見つからない。


 彼は御堂家を怨んではいない。

 ただ親族のことが許せず、けれど犯人が死んでしまったことにどうすればいいか分からないと言っていた。


 本当にそれだけ、なのだろうか?

 私が空さまの立場ならそれ以上に怨みつらみを抱くと思う。



 お金に目が眩んだあの犯人達は翌朝、引き上げられた車から遺体で見つかったそうだ。

 事故の原因は彼等のスピード違反による逃走の行き過ぎ、で警察は片付けている。本当はブレーキが利かなかったからなのだけれど、それは伏せて欲しいと空さまに頼まれている。


 何故、隠すのですか?

 理由を聞いてみたところ、空さまは「御堂先輩を傷付けたくないから」と哀しそうに笑った。


 嗚呼、そうか。


 空さまはブレーキの一件を大旦那様の差し金だと睨んでいるんだ。

 だってもし、事故で空さまや犯人が死ねば、真相を知るものはグンと減る。ブレーキのことがばれれば洗いざらい警察は捜査に乗り出してくるだろう。そうすれば自然と空さまやご友人の起こした行動が明るみに出て、御堂財閥の悪事が浮き彫りになる。

 空さまはそれを恐れているんだ。やっぱり心のどこかでは御堂家を慕っているのだと思う。


「真実がいつも、正しいとは限らない。もし御堂先輩がこの件を知れば、ひどく淳蔵さまを憎む。今以上に憎んで、それこそ猪突猛進に相手を蹴落とそうとする。そんな先輩、見たくないんだ。うそも方便って言うでしょう? だから、お願い。さと子ちゃん」


 ―――空さまは玲お嬢様を少しならず想っている。


 私は空さまの想いを酌んで承諾した。

 ブレーキの件を知っているであろう竹之内さまにも口止めをお願いし、これは三人だけの秘密にした。

 優しいうそは彼女にばれた際、きっと酷く傷つける(やいば)となるだろう。

 けれど、ばれなければ、いつまでも優しい想いに留まる。なら優しいうそを貫くため、私達は真実を胸の内に沈めよう。大好きな玲お嬢様のために。


 

 玲お嬢様と空さまは病院で再会した。

 治療を受け終わった空さまの下に駆け寄り、大丈夫か、命に別状はっ……気が済むまで聞いて、怪我人に抱きつき、泣きじゃくった。

 周囲の目も気にせず、慟哭するお嬢様の姿はとても痛々しく、後悔と罪悪と申し訳なさが醸し出されていた。


 寝台に横たわっていた空さまは、「ダイジョーブっす」俺はダイジョーブ、とわっしゃわしゃ髪を撫ぜていたけれど、お嬢様は泣くばかり。


 真実を隠してよかったと思う。

 こんな状態で真実を知れば、きっと玲お嬢様は崩れてしまう。

 男装をして気丈に振る舞っているお嬢様だけれど、内面は脆いお方なんだ。その脆い部分を包んでくれる人がお嬢様には必要なのだと思う。


 けれど空さまは御堂家に間接的な裏切りを受けている。また、別の方を想い人として胸に抱いている。

 果たして、そんな状態でこれからもお嬢様の傍にいてくれるのだろうか?


 今、空さまが去ればお嬢様は自分を見失う。

 でも無理に傍にいても、双方の心労が積み重なるだけだろう。仲違いになる可能性もある。どうすればいいのか、私には答えのヒントすら導き出せない。


 

 数日後、私の耳に情報が入った。

 それは旦那様と奥方様が大旦那様との縁を切り、これから先、自分達独自の御堂財閥を立ち上げるというもの。

 つまり財閥内で分裂が起きてしまったのだ。今まで横暴な命令をされようとお二方は黙って命令に従っていた。けれどある程度の一件を知り、愛娘のため、これ以上娘に近付かせないために、目を瞠る行動を起こして見せたのだ。


 蘭子さんはとんでもないことになってしまったと青褪めた様子で語ってくれたけれど、「玲お嬢様のためです」大旦那様は血縁のある家族に見放されたのだと毒を吐いていた。

 親子で対立してしまうってものすごいことなんだろうな。凡人の私には想像もつかない世界だけれど。



 これから空さまはどうしていくのだろう?

 玲お嬢様が契約書の一枚を破ってしまったと聞いた。それは婚約の証である書類で(つい)となっている片方が破られれば、契約の効果は意味を成さない。


 そう、互いの同意がなければ婚約はもう意味を成さないのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ