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18.王子の舞台公演(その5)




 □ ■ □



 豊福空、只今、機能停止。停止。停止。ガガガッ、ザザザッ、ギギギッ、機能停止。


 はい、すみません。フリーズしていました。

 俺のことはさておき、事故のことについて述べたいと思う。

 御堂先輩曰く、あの事故でセットの下敷きになった女子生徒は大事に至らなかったらしい。重たいセットの下敷きにはなったものの、打撲や頭を軽く切った程度で言うほど大騒ぎにはならなかったんだと。


 良かったと思う反面、舞台の危険度を俺は知った。

 一見舞台って華やかで、ただステージの上で演技をしたり、歌ったり、踊ったりするだけかと思っていたけど、演技中のシチュエーション。準備。片付け。ひっくるめて危険が付きまとうものなんだ。

 さと子ちゃんはそれを重々承知の上で舞台女優を目指しているのだから凄い。

 いっそのこと宝塚を目指したらいいんじゃないかって思うけど、宝塚って倍率がすっごい高いらしくお金も掛かるんだって。


 それでも夢を諦めきれず、小さな劇団でも良いから自分の夢を叶えようとするさと子ちゃんは凄いよな。



 閑話休題。

 事故は起きたものの、病院にて軽傷と判断されたため御堂先輩の所属する演劇部は大きな混乱もなくその日の公演を終えた。一般の観客は既に帰宅していたし、混乱という混乱もなくて良かったと思う。

 事故さえなければ先輩と出店も回れたのに……ちょっぴり残念だ。


 俺はといえば、家庭科室に移動して負傷した両足をひたすら冷やし続けていた。

 この家庭科室は演劇部の人達が使っている控え室で、衣装や小道具が押し込められている。その部屋の四隅で患部をお冷し中。言うほど酷くは無いんだけど、御堂先輩が過度に心配してきたからおとなしく患部を冷やしている。


 イチゴくん達が側にいてくれたから、演劇部の人からは注目されても受け流すことが出来た。

 これが俺一人だったら視線に耐えかねて廊下に出ていたと思う。御堂先輩の男嫌いは学内でもすっげぇ有名らしく(おにゃのこスキーで名が通っていたんだって)、婚約者がいることにすこぶる驚かれていた。

 まあ、普段の態度が態度なだけに驚く情報じゃないよな。御両親でさえあんなに泣いていたんだし、周囲の驚愕は既に慣れっ子だ。


 好奇心から数人に話し掛けられたけど、御堂先輩が無駄口叩いてないで片付けろって止めてくれたから会話らしい会話はしなかった。

 あんま婚約のことは他人に触れられたくないみたい。特に貴族主人公さんだった神城(かみしろ) (まさる)さんが俺に声を掛けてきた時は、すぐさまスパッと斬り捨てていた。

 彼は御堂先輩と同じ学年らしく、男子校演劇部のエース的存在らしい。つまり俺の先輩に当たる方だ。


 ということで神城先輩って呼ばせてもらうんだけど、どーもこの二人、あまり仲は宜しくないようだ。

 よくよく観察してみると神城先輩の言動が御堂先輩の神経を逆立てているらしい。

 なんというか、神城先輩って男は男らしく女は女らしく振舞うべきだって思考を持っているらしく、僕っ子の御堂先輩を良くは思っていないようだ。所謂男口調を嫌うお方らしい。基本的に御堂先輩は男女を区別するような思考を嫌っているから、彼のことを必然的に嫌ってしまうのも仕方がないことだろう。


 だからと言って神城先輩の考えを頭から否定することもできないと思う。

 例えば攻め女、受け男が受け入れられない輩だって世の中にはごまんといる。

 俺は既に諦めがついたけど(諦められない部分もあるけど!)、苦手な人はやっぱ苦手なんじゃないかな。人参嫌いに人参を好きになれって言っても無駄じゃん? 同性愛を受け入れられる人もいれば、どうしても受け入れられない人もいる。それと同じだ。


 結局、相手の思考を受け入れられるかどうか、それが決め手なんだと思うよ。

 受け入れられないならしゃーないべ。こっちが何を言ったって他者の心は簡単にゃ変えられない。かといって、相手を受け入れられず傷付ける言動を起こすのなら話は変わってくるけどさ。


 

「今日は素晴らしい公演になったね。御堂。普段は“男”であろうとする君だから、大失敗になるんじゃないかとハラハラしたけど、無事に成功してよかったよ」


「フン、もう二度と君との公演はごめんだね神城。君のような男と会話するだけで虫唾が走る」


 

 患部を冷やして御堂先輩を待っていると、向こう側で二人が嫌味つらみを交わす会話が聞こえてきた。

 神城先輩は若干ナルシストが入っているのか、「自分と公演できたことに誇りを持つんだね」とかなんとか言って、真っ白な八重歯を煌かせている。前髪をかきあげる仕草がいかにもナルシーっぽい。うん、動作が一々ナルシーっぽい。

 ステージでは観客を魅了する二枚目主人公さんだったのに。俺を気遣ってくれている時はイケメンさんだったのに。


「誇り? 僕にとっては人生の黒歴史だね」


 御堂先輩は神城先輩の言動を一蹴して、愛用している学ランのボタンを留めていた。

 ありゃりゃ。折角可愛いセーラー服を身に纏っていたのに、もう学ランにするんっすか。ちょっと残念な気持ちになるっす。学ランは毎日見ているし、もう少し貴方様の女子高生姿を見たかったんだけど。

 内心で小さな我が儘を零していると、彼女は部生の皆に軽く挨拶してこっちに歩んできた。


「足の方はどうだい? 豊福」


「大丈夫っす。元々軽傷でしたし、冷やしたことで幾分痛みも取れました」


 「なら良かった」目尻を下げる彼女は、帰ろうかと声を掛けてくる。

 首肯して俺は脱いでいたローファーを履く。片方行方知れずになっていたけど、部の人が拾ってくれたおかげで無事にローファーを履くことができている。ローファーを履いたと同時によっこらしょ、の掛け声で婚約者が俺を背におぶってきた。


 絶句。

 な、何をして……っ、あ、歩けますから! 確かに重たいセットのせいで打撲はしたけど、歩けないってことはこれっぽっちもないっすよ!

 そう抗議をしても彼女は聞く耳を持ってくれない。


「僕を心配させた罰だ」


 振り返って一笑。

 これくらい王子のすることだとウィンクされて俺は胸どきゅん! あばばっと顔を赤らめて乙女らしい姫を演じ……たら良かったんだけど、残念なことに俺には演技力というスキルがすこぶる低いらしい。

 申し訳なさと人目を気にして何度もおろしてくれるよう頼んだ。


 しつこく相手に物申していると、「姿見がまだあそこにあるぞ」と御堂先輩が意味深にポツリ。

 ビシッと硬直した俺は石化したまま、「王子様宜しくっす」と空笑いでお頼み申したという。


 ウワァアアアアアア!

 鏡プレイとか二度とごめんだっ、まじトラウマなんだけど!

 じ、自分の情けない姿をあんなに見せ付けられるなんてっ、三分間で俺は地獄を見たよ! あれが受け男の無残な姿! あれがいつもあらやだされている俺! シャツを捲ればお腹に赤い斑点がぽつぽつだったりィイイウギャァアアアアアア思い出すのもあばばばびぶべぼのどっかーん!

 半狂乱になっている俺にプリンセスがトドメの一言を刺す。


「これから素直じゃなくなったら鏡にしような? 豊福。我が振りを正すためにも鏡は必要なアイテムのようだし」


 世界、が、暗転、しそうだった。


 もう二度と御堂先輩の前で下手な行動は取れない。

 毎度鏡の前であんなことされたら、俺、おれ!


 文字通り恐怖心と羞恥心を植えつけられた俺は、頭を抱えて身悶える。

 どうしよう。この手で今度はセックスをしましょうとか迫られたら! 断れば鏡、受け入れたらセックスの二者択一とか絶対ごめんだぞ。ヤダもうッ、御堂先輩の精神攻め!


 彼女の背でどーんと落ち込んでいる俺を見たイチゴくんが、同情を込めて「今度飴ちゃん買ってやるよ」と言ってくれた。

 勿論厚意はありがたーく受け取るんだけど、欲を言えば。


「どうせ買ってくれるならドロップがいい。あれ一缶で色んなお味が楽しめるし、持ち運びも便利だから」


「お前、ちゃっかりしてんな。よし、ドロップ買ってやるよ。あれだろ? ガラスでできた平たい玉を買ってくればいいんだろ? 百均に売ってるだろ」


「イチゴくん、それドロップやない、おはじきや。ドロップちゃうやんか」


 ケタケタ笑うイチゴくんと俺のやり取りに、若干御堂先輩が呆れている。

 しょうがない。男子ってこういう生き物だ。くだらないやり取り大好き人間なんだよ。男装少女には理解しがたいだろうなぁ。


 

 はてさて、婚約者(♀)におぶられた俺なんですが、当然の如く神城先輩が嫌味を飛ばしてくる。

 俺とは面識がないから、御堂先輩に向かって「また“男”に戻るのかい?」ってのたまった。そしたら負けん気の強い御堂先輩が「君に言われる筋合いはない」と舌を出して反撃。

 うーん、俺的にあまり彼女の性別で弄くって欲しくないから、やんわりと仲裁に入った。あくまでやんわりと。


「先輩は俺の王子だからしゃーないっすよね。すんませんねぇ、残念な姫のお相手をしてもらって」


「残念なんて思っていないぞ。豊福は僕の自慢すべき姫なんだ」


「まったぁ、口が上手いんっすから」


 わっしゃわしゃと相手の短髪を撫でてやると、「姫様抱っこにしていいかい?」猛烈に君に触れたくなったと御堂先輩が真顔で告げてきた。……此処で空気を壊すと再び姿見の刑だろう。が、此処であらやだぁされるのも非常に気が引ける。

 そのため学習した俺は、「そういうことは二人っきりの時に」と語尾にハートマークをつけて返した。


 おぉおお俺は頑張った!

 キャラじゃないのにアッマーイお言葉を返したよ! 空気読んだよ! 俺は受け男の任務をまっとうした!


 空気を読んだためか、御堂先輩は「仕方がないな」とご機嫌に返事してくれる。

 こっそり胸を撫で下ろす俺のことなんぞ知る由も無いだろう。


 俺達のやり取りに神城先輩は若干呆れていたようだけど、俺の配慮を酌み取ってくれたのか、はたまた相手する気力がなくなったのかそれ以上のことは物申さなかった。


 それでいいんだと思う。

 相手を受け入れられないのはしょうがないとしても、自分の価値観を傍若無人に振舞ったら、当然いがみ合いになる。いがみ合ったって互いの価値観は変えられない。

 だったら何も言わず距離を置いておくべきだ。


 それに御堂先輩はなんだかんだで性別のことを悩みの種にしている。

 俺をおぶって家庭科室を出た彼女は、小声でぼそりと男だったらなぁって呟いていた。聞き流すのも手だったけど、それは適切な判断じゃない気がする。

 だから俺は相手にポツリ返し。「じゃあ俺は女になろうかな」と。


 即答で想像もつかないと返事される。

 男の俺を受け入れてくれる彼女だからこそ言える台詞だろう。


 だったら俺も同じだ。


「王子系プリンセスの貴方が当たり前だから、男の貴方なんて想像つかないっすよ。俺は今の貴方がいいっす」


 女性の貴方がいい、俺は相手に綻んだ。

 何度言ったって簡単に払拭できる悩みじゃないと思う。

 俺に出来ることは少ないけど、男に憧れを抱き、女に対して劣等感を抱く都度、俺は今の彼女を肯定していこう。それが俺に出来る精一杯だ。


「豊福って時々キザになるよな」


 口説くのが上手いと御堂先輩が笑声を漏らす。目尻を下げて肩を竦めた。

 小っ恥ずかしく人を口説くことが好きな先輩には言われたくない台詞だ。人のことを子猫ちゃんだぜ? キザ度は先輩に負ける。


「あっかーん! あの二人を見てたらオレ等も負けてられへんって思ってきたやん! さと子ちゃーん、オレ等もラブラブしようや! 押し倒してええで! ウェルカムや!」


「わ、私は押し倒しませんったら! うわわわわっ、来ないで下さい!」


 と、俺等の側らにいた連れの内、二人が鬼ごっこを始めた。


 「さと子ちゃーん!」体に痕を付けてもええやで! トロくんがとてつもなく変態クサイ発言を発して誘い受け男らしく(?)お誘い。

 「イーヤー!」私には憧れの七瀬さんがいるんですー! さと子ちゃんは必死にそのお誘いから逃げていた。攻め女というより、今の彼女は逃げ女かもしれない。

 果たして素敵に無敵≪攻め女と受け男カップル≫になれるのか分からないけど、カップル候補としてフラグが立っている二人の鬼ごっこを俺達は右へ左へ視線を流して見守る。


「あーあ、トロのヤツ。すっかり受け男に目覚めたな。どーでもいけど勝負のこと忘れちゃないよな? あいつ」


 いや、あれが受け男なんて俺は認めないけどね! 彼と同属にはされたくない!


「基本的に男は嫌いだが、彼自身の熱意には敬意を表したいな。いつか本物の受け男になれたらいい。僕は攻め女として彼等を応援するぞ」


 それ、さと子ちゃんが泣くと思いますっすよ……、御堂先輩。

 いつの間にかさと子ちゃん、あたし様プリンセス様と同類の攻め女にされてるっすけど、彼女は純粋なおんにゃのこっす。


 空笑いしつつ、彼等の鬼ごっこを見守りつつ、俺は婚約者におぶわれつつ、足先を学院の正門に向ける。

 これからファーストフード店で駄弁ろうとイチゴくんが提案した。悪い案じゃなかったから乗っかりたかったんだけど、遺憾なことにこの案は採用されなかった。


 正門前にお迎えが来ていたんだ。



「り。リムジンや」



 あぼーんな顔をしているトロくんを余所に、迎えに来てくれた蘭子さんが丁寧にお辞儀をして俺達に歩んでくる。


 あれ、おかしいな。

 まだ迎えの連絡は入れてないんだけど。

 「丁度良かった」蘭子さんは今、連絡を入れようと思っていたのだと口を開く。

 彼女はすぐ車に乗るよう告げてきた。曰く、財閥会合が急遽決定されたらしい。またお勉強会なのかなぁって思ったけど、財閥界の現状把握のための会合が開かれるとかなんとか。

 話し合う場に出るのは大人達らしく、二世三世のジュニア達には直接的に関係のあることじゃない。が、今後のために会合を傍聴しておく必要があるらしい。


 なんだかよく分からないけど社会勉強しなきゃいけないのはよーく分かった。

 会合は八時からあるらしいけど、早めに開催地のビルに赴いた方が良いらしく、こうして蘭子さんが迎えに来てくれたんだって。ご苦労様です。


「お友達様もどうぞお乗りになって下さい。途中までお送りします。さと子はお嬢様達と同行して下さい。貴方にとっても良い勉強になると思います」


「私は構いませんがご覧の通り、ラフな服装です。大丈夫でしょうか?」


「ええ。構いませんよ。空さまとお嬢様は制服で宜しいですので」


 「会合か」これまた急だな、折角の予定がパァだと御堂先輩が顔を顰める。

 「しょーがないっすよ」行くだけ行ってみましょう。舞台で疲れているであろう彼女を慰め、俺達は蘭子さんの指示に従った。

 イチゴくんとトロくんは大変だなって心底同情してきてくれたけど、お金持ちさんにはそれなりの地位と事情がある。これくらいの忙しさは仕方がないと思うよ。貧乏は貧乏で暇なしなんだけどさ。


 二人は駅前のファーストフード店で駄弁るらしく、駅周辺で降ろしてくれるよう頼んでいた。

 よって彼等とは駅近くでお別れ。

 また遊ぼうとイチゴくんが手を振り、トロくんが積極的にさと子ちゃんへアピールしていたのは余談としておく。


 二人が下車すると、車内は静まり返った。

 あの二人が、いやトロくんがどれだけ賑やかなキャラだったのか物語る静けさだ。

 先輩やさと子ちゃんと話して盛り上がるのも手だったけど、前者が本当にお疲れらしく、彼女は車窓に寄りかかってうたた寝をしていた。二時間半あるお芝居だったし、先輩は主役に近い立ち位置だった。出番も多かったんだ。疲労していて当然だろう。


「先輩。横になって下さい」


 着いたら起こしますから、そう言うと御堂先輩が重たそうな瞼を持ち上げて首肯。ごろんと寝転がった。

 ちゃーんと俺の膝を枕にしてきたよ。野郎の膝はかたいだろうに。


 苦笑していると向かい側に座っていた蘭子さんが一笑を零した。


「お嬢様がこんなにも無防備に。本当に睦まじい限りです。今日、事故が遭ったそうですね? それでお嬢様を空さまが守ったとか。御足の方は大丈夫ですか?」


「もう情報が入ったんっすか? 早いっすね」


 さと子ちゃんが一報したのかな?


「大丈夫っす、足は打撲程度でした。……この王子が無茶ばかりするものだから、居ても立ってもいられなくなって。彼女が起きたら自分を大切にしろって、蘭子さんからも叱ってやって下さい。御堂先輩はどう男らしく振舞ったって女性なんです。体は大事にして欲しいっす」


「ふふっ、お伝えしておきますよ。空さまのお気持ちを添えて」 


 どことなく茶化された気がして俺は誤魔化すように頬を掻いた。

 お気持ちを添えてなんて、そんな大それたことは言っていないんだけど。

 ただ女性として体を大事にして欲しい、それだけのことを言っているだけなんだけどな。


「空さま。お嬢様は本当に貴方様をお慕いしているのですよ。貴方と純な関係を求めるために、お嬢様は」


「え、純な関係?」


「――いえ、なんでもございません。蘭子の戯言です。ただお嬢様を大事にしてくださっていることが、とても嬉しいのです」


 静かな寝息を立てている無防備な女性に視線を落とし、俺は頬を崩す。

 やっぱり貴方は俺にとって守りたい人だ。その無防備な寝顔を見ていると切に思う。そう、切に。



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