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02.さよなら恋人、またね先輩



 □ ■ □



 某一級ホテルの会場を貸しきって行われる本日の婚約式パーティー。

 両者が財閥ってだけに会場は内輪だけのパーティーとは思えない華やかさを保っている。


 刮目せよ!

 壁に飾られた高そうな絵画の数々!(でも何の絵かよく分からないものも混じっている)。

 円状テーブルの豪華さ!(真っ白すぎるテーブルクロスが眩しいっす)。

 ホテルマン達の接客の良さ!(これが一級の風格っすか!)。

 そして客人の金持ちオーラ!(どぉおっせ俺は庶民っすよ!)。


 人生二度目のパーティーだけど次元が違うよな。

 壁もテーブルも飾られている花も客人も全部金が掛かっているように思えてならない。それとも俺の金銭感覚がおかしいのかな? 生憎今日は同じ庶民出身の川島先輩がいないから共感してくれそうな人がいないんだ。ううっ、心細い。


 今回も立食形式みたいで既に円状テーブルには美味しそうな料理の品々が置かれている。

 生ハムにカマンベールチーズサラダ。テレビでしか見たことのないミートローフや海老の、海老の……なんだこれ。名前が分からないけどとにかく海老がふんだんに使われているパスタっぽいやつまである。


 どれもこれも美味しそうだ。

 ボーイさんに頼めば包んでくれるかな。母さん達への土産が欲しいんだけど。

 興味津々に料理を観察していると、「空さん」背後から声を掛けられた。首を捻れば宇津木先輩と御堂先輩が立っている。


「どもっす」


 さっきエントラス前でちゃんと挨拶していなかった俺は二人に会釈した。

 笑顔を向けてくれる二人だけど、妙に気遣われている感がするのは俺の気のせいじゃないだろう。


 だって俺って知り合いからしたら招かざる客だったみたいだし。

 なにより鈴理先輩と大雅先輩は婚約式を内密にしておきたかったみたいだ。驚愕がすべてを物語っていた。

 いやでも俺、ちゃんと招待状を貰った正式な客人だよ。自分で捏造して招待状を持ってきたわけじゃなく、切手付きで郵便受けに入っていたんだよ。


 だから堂々と来るさ。

 お呼ばれした以上はよっぽどのことがない限り、行く予定だったしな。


 それに……脳裏に先日のことを過ぎらせていると「あの」遠慮がちに宇津木先輩が話題を切り出してきた。


「空さん。大丈夫ですか?」


 露骨に心配されてしまう。

 それはそれで居心地が悪くなるけど、俺は大丈夫だ。


 首肯して綻んだ。

 今日は純粋に二人の婚約を祝いに来たのだと伝える。

 そしたらすっげぇ宇津木先輩に心配された。安心させるつもりが余計不安にさせたみたいだ。本当に大丈夫、なのになぁ。


 「豊福」御堂先輩にまで心配されてしまう。

 再三大丈夫だと柔和に綻んだ俺は、今日は祝う気持ちで来たのだとさっきと同じ台詞を伝える。


 そりゃあ二人が婚約するって情報を聞いた時はびっくりしたけど、でも、いつかは来ると思っていたことだ。彼氏の俺から言えるのはおめでとうの五文字なんだと思う。尤も、優しい鈴理先輩や大雅先輩が素直に受け止めてくれるとは思えないけどさ。

 それから同じ優しい類の宇津木先輩や御堂先輩には感謝しないとな。こんな俺を真摯に心配してくれているんだから。


「俺のことより今は二人ですって」


 婚約する二人をお祝いしましょう、言葉を掛けると二人から曖昧に笑われてしまった。

 ありゃ、俺が言うと皮肉に聞こえたり? そりゃごめんなさい。皮肉をぶつける気は毛頭も無かったんっすよ。まじで。


 

 七時、開式時間になる。

 会場が暗くなり、照明は前方の壇上に向けられた。

 そこには二階堂家と竹之内家の二家族が揃っている。ご両親や主役は勿論、大雅先輩のお兄さんや鈴理先輩の姉妹さん方がいた。

 俺はふと宇津木先輩に視線を流し、ご自分はあそこにいなくて良いのかと尋ねた。一応宇津木先輩は楓さんの許婚。立場的に言えば大雅先輩の未来の義姉だから、あそこにいてもおかしくはないと思うんだけど。


「これは公式ではありませんから」


 もし公式ならば、自分もあそこにいなければいけないと彼女が教えてくれた。

 なるほど、俺は相槌を打つ。二家族の挨拶が始まった。こういう挨拶は大抵眠くなるんだけど、今回はなんとなく頭が冴えているのか、眠気は襲ってこなかった。


 とはいえスピーチはあまり耳に入ってこない。


 俺の目はドレスアップされている鈴理先輩に釘付けだから。

 いつ見ても先輩は美人だと思う。今日は一際、美人の『美』の要素が際立っていた。自然な『美』を引き出すメイクをされているからだろうか? あの人にいつも攻められていると思うとなんだか不思議な気分。


 見た目はお淑やかな女性に見えるんだもん。中身はてんでお淑やかじゃないんだけどな。

 だってあーんなことやこーんなことをしてきたり、ヤーんなことで俺を困らせてくるんだから。


 そんな彼女と大雅先輩が並べば、そりゃあ周囲が羨ましいと思う美男美女カップルだろう。


 挨拶中、俺は鈴理先輩と視線がかち合ってしまう。

 能面だけど含みある視線は俺に何かを訴えかけていた。笑みを返す。今の俺に出来る、精一杯のことだと思った。


 最初に二階堂家が、後に竹之内家の大黒柱が挨拶をする。

 最中にボーイさんから飲み物を配られた。乾杯をするための飲み物だろう。身なりで学生って分かったのか、選択しなく葡萄ジュースを手渡される。大人は赤ワインみたいだ。親の長ったらしい挨拶が終わると乾杯の音頭が取られ、客人の俺達は口を揃えて乾杯。立食が始まった。


 俺は早速食事を始めたんだけど、周囲は向こうの家族たちに挨拶しに行っている。

 勿論俺みたいに食事をする奴もいるけど、大人はご挨拶モードらしい。まあ、親睦を深める内輪婚約式だ。挨拶は当然するべきなんだろうな。庶民出身の俺には分からないけど。

 それに俺が今、婚約者達のところに行ってもな。雰囲気ぶち壊すだけだぞ。先輩達を気遣わせてしまう。


 ただでさえ御堂先輩や宇津木先輩から心配されているんだ。これ以上、誰かに心配を掛けたくない。


 小皿に名も知らない料理を取り分けて一口。

 嗚呼、美味い。これが何の料理で、どういう味をしているのか説明できないけど、ジャガイモ美味いよ。ホクホクしている。パイ生地に包んであるみたいだけど、ジャガイモパイじゃなさそうだ。なんだろう、この料理。

 滅多に食べられないローストビーフもここぞとばかりに噛み締めた。

 パーティーで楽しめるといったら俺の場合、食事くらいだ。周囲は談笑しているけど、御堂先輩達以外に知り合いはいないし。


 むしゃむしゃと食事を食べ進めていると、「今日はバイトだったのかい?」御堂先輩が話題を振ってきた。


「もちっすよ」


 少しでも稼がないと我が家はやってられないのだと俺は吐息をつく。

 やっぱり給料10%カットは我が家にとって痛手の他になんでもない。不況の波って怖いな。


「まあ、空さん。バイトを始めたんですの?」


「ええ。ちょっと生活が苦しくて。勉強に差し支えない程度にしろって親には釘刺されているんっすけど」 


 いづ屋で働いていることを告げれば、今度遊びに行くと宇津木先輩が綻んできた。

 あざーっす。俺達店員のために稼ぎの糧になって下さい。あそこは昇給もあるみたいだから、俄然俺はやる気なんだよ。十円でもアップしたら俺の家は助かる!


「僕も遊びに行くからな」


 土日はいつも通ってやると、御堂先輩が俺の肩に腕を乗せてきた。

 いやそこまではちょっと……、苦笑する俺の皿からローストビーフを掻っ攫って御堂先輩は口に放る。

 ああぁあ! 俺のローストビーフっ、ご自分で取ってきて下さいよ! テーブルには沢山あるんっすから!


 ぶう垂れる俺に一笑し、代わりにこれをやると御堂先輩が俺の皿にミニトマトを置いてきた。

 いやいやいや格が違うっすよ! お肉を恵んでくださいって! がびーんとショックを受ける俺に、笑声を漏らす御堂先輩はからかい甲斐があると髪をぐしゃぐしゃに乱してきた。

 その光景に宇津木先輩も笑ってくる。酷いやい、二人して俺を笑い者して。


 ますますぶう垂れる俺の耳に、周囲の声が聞こえて来る。

 どうやら御堂先輩の噂のようだ。男嫌いの御堂財閥長女が男と戯れていることが摩訶不思議ミステリーらしい。


「あ。しかも、あいつは財閥界で噂になった御堂財閥長女が襲った奴じゃ」


 何処からともなく御堂先輩と俺の噂を知っている輩が声を上げていた。

 そういえばそういう噂もあったな。ははは、あれは俺のせいじゃない。御堂先輩のせいっすよ。この人が俺を女とか変なことを言って騒ぎ出すから。


 御堂先輩の耳にも声が届いたのか、「噂か」今じゃ素敵な噂だと思えるな、と俺に一笑してくる。

 そりゃご自分だけでしょーよ。俺は仕置きされたりヤーンされたり散々だったって。


 次の瞬間、俺の腰に衝撃が走った。


「おっとっと」


 よろめく体を踏ん張って俺は視線を下げる。

 そこにはドレスアップしている中学生が一匹、俺の腰に抱きついていた。

 うへへっ、笑顔で俺を見上げてくるのは鈴理先輩の妹。竹之内家四女の瑠璃ちゃんだ。顔立ちは先輩似、けれど幼さを残したとても可愛い顔立ちだ。

 目をくりくりさせた瑠璃ちゃんは「そーらちゃん。久しぶり!」俺の腰を締め付けてくる。


「空ちゃん会いたかったっ! やっぱり可愛いね。大雅ちゃんとは違うカワユさあるね。瑠璃欲しいな、空ちゃん欲しいな」


 説明しなければならないだろう。

 瑠璃ちゃんはかの四姉妹の中で尤も男の子スキーな子なのだ! 男好きではなく、純粋な男の子スキーで、あの竹光さんでさえイカす紳士だと賛美している。

 つまり俺を可愛いと言ってくれているのは好意感からではなく、男の子スキーが暴走しているからである。例えるならば、イケメンを見た女子が黄色い悲鳴を上げるようなものだ。


「空ちゃん欲しいぃいい!」


 ぎゅううっと腰を圧迫してくる瑠璃ちゃんに俺はギブギブと声を上げた。


「る、瑠璃ちゃん苦しいって。歓迎してくれるのは嬉しいけど」


「空ちゃんはお家に飾りたい子だよ!」


 えぇええ、俺、装飾されるの? 草食男子ではあるけど装飾されるのはちょっと。

 人懐っこい瑠璃ちゃんに戸惑っていると、「分かる分かる。豊福は飾りたい子だよな」御堂先輩がこっそりと同調していた。変なところで便乗しないで下さいよ、御堂先輩。


「こら瑠璃」


 第三者の声が瑠璃ちゃんを叱った。

 声の方角を見やれば、竹之内家の長女咲子さんと次女真衣さんがこっちに歩んできた。双方瑠璃ちゃんみたいにドレスアップされていて美しい。アダルトな美しさがある。俺は二人にこんばんは、と挨拶して会釈。


 二人は、この度は申し訳なく思っておりますと小声で謝罪された。それは俺と鈴理先輩に対する詫びだった。


「いいえ」


 俺はそれ以上も以下もない言葉を掛けて首を横に振る。

 こうなってしまったのは誰のせいでもない。誰が悪いというわけでもない。

 ただ俺と鈴理先輩の関係が二財閥にとって想定外だった。それだけのことだ。


 鈴理先輩と俺の噂も立っているみたいだけど、俺が先輩の恋人だってことは財閥界にばれていない。


 だからこそ堂々と婚約式に出席できた。



「玲さんも、百合子さんも妹のためにお越し頂き、まことにありがとうございます。お近づきのしるしにお二人のデータを取らせて頂きたいのですが」



 さらっと咲子さんが問題発言を投下する。

 何処からともなくメモ帳を取り出し、データを取ろうとする構えはアダルトな雰囲気とアンバランスだ。


 ああ、そういえば忘れていた。咲子さんは女の子スキーだってことを。

 瑠璃ちゃんが男の子スキーなら、咲子さんは女の子スキーでデータをよく取りたがるそうな。


「お姉さま、そんなことをしている場合じゃないでしょう」


 そうお叱りを飛ばす真衣さんも変わった趣向の持ち主だ。

 鈴理先輩が攻め女受け男の持論を唱えるなら、彼女はその逆、まさしくケータイ小説王道のような攻め男受け女の持論を掲げている。

 世間体からしてみれば王道な思考かもしれないけど、彼女の場合、妄想癖が激しい。揃いも揃って変わった四姉妹だと思う。


 挨拶しに来てくれた姉妹さん方に微苦笑していると、宇津木先輩が鈴理先輩の様子を尋ねた。


 途端に浮かない顔を作る姉妹はまだ挨拶回りに言っていると視線を流す。

 表向きは能面だが、内面は穏やかじゃないと端的に教えてくれた。親が勝手に決めた婚約式のことを快く思っていないらしい。


 べつに大雅先輩が嫌いってわけじゃないだろう。

 でもあの二人はその気が無かった。だからこそとんとん拍子で決まった式に憤りを感じているらしい。


「わたくし達も両親の急な取り決めには反対でした。けれど、父も母も聞く耳を持たなくて」


 真衣さんが眉根を下げる。

 きっとそれは鈴理先輩が前に話してくれたM&Aが一理、噛んでいるんだろうな。

 俺には分からない世界だけど、経済面でちとばかし財閥界が揺れたって言っていたし。複雑なんだな、お金持ちの世界も。いつまでも財閥の栄光が続くとも限らない。


 これからもお金持ちであるために、必死なんだろう。



 姉妹達と会話を終えた俺は、今しばらく食事を堪能。

 腹八分を感じた頃、お手洗いに言ってくると先輩達に告げて俺は会場を出た。

 トイレで用を足し颯爽と会場に爪先を向けていたんだけど、途中で人と鉢合わせになったため、俺は足を止めることになる。


「来てくれたんだな」


 そう言って会釈してくるのは鈴理先輩のお父さん。英也さんだ。


「お招き頂きありがとうございました」


 俺なりに丁寧な言葉を使って挨拶をする。

 人の好い笑顔を作る英也さんは、俺の前に立つと開口二番に礼を告げてきた。


 何故なら彼こそ俺を招待した張本人なのだから。

 俺の肩に手を置いて、本当にありがとうと一笑してくる英也さんは次に詫びを口にしてきた。

 なんの詫びかは言わずも分かっていたから、俺は首を横に振った。婚約式がある二日前に、俺はこの人と会って話している。


 招待状と一緒に添えられていた手紙に会いたいって言われたから。

 ご丁寧に電話番号まで同封してくれたんだ。会うしかないと思った。


「君にはとても、酷なことをしていると自覚がある。だが」


「いいえ。そちらにも事情があると思いますので。俺は最後まで婚約式を見届けたいと思います。それが今、俺に出来る精一杯だと思っていますから」


 英也さんに笑みを向ける。

 素直に笑みを受け止めてくれる英也さんが口を開いた。何を言おうとしたかは分からない。


 何故なら、英也さんの言葉が別の人の言葉で上塗りされたのだから。

 怒号に近い声で父さまと呼んでくるのは会場にいた筈の主役の片割れ。


 もう片割れが「おいちょっと待てって」相手を宥めているけど、彼女は余裕がないのだろう。


 ずかずかと大股で俺達に歩んできた。


 完全に目が据わっちゃっている鈴理先輩は、「父さまが空を呼んだのですか」と詰問を始める。

 こんなところで口論にでもなったら折角の式が台無しだ。「先輩」ちょっと落ち着いて、言葉を掛けるけど綺麗にスルーされてしまう。

 鈴理先輩は英也さんに返事を催促した。ある程度、娘の憤りに予想が立っていたのか、動じることなく彼は首肯する。自分が娘の恋人を招待したのだと。


「何故ですか、何故あたしに黙って、勝手なことばかりっ……」


 怒りが沸点に達したのか、言葉を詰まらせる彼女がいた。


 怒りたい気持ちは分かるんだけど、でも、他の客人にこの場を見られたら一大事だ。

 祝いの席で口論とか周囲にとってしてみれば美味しいネタに違いない。


「先輩。俺と話しましょう。招待状を送ったのは英也さんっすけど、出席を望んだのは俺なんですから」 


 怒りの矛先がこっちに向いたけど、これはシメたもの。誘導しやすい。


「大雅先輩も同行をお願いします」


 ちょっとお二人とお話がしたいので、俺は二人に申し出て英也さんに頭を下げた。

 同じように頭を下げてくる英也さんの眼は俺に期待を寄せている。

 うーん、何処まで先輩の怒りを宥められるかは分からないっすよ。此処まで怒った先輩、初めて見たんっすから。


 こっそりこそこそ移動した俺達は、人気のない廊下まで移動して足を止める。沈黙が下りている空気が重いったらありゃしない。

 鈴理先輩は沸騰したヤカンみたいに怒りがカンカンだし、大雅先輩は気まずそうにあさっての方向を見ているし、俺は俺でなんて話題を切り出そうか悩むし。


 でも言いだしっぺは俺だから、とりあえず社交辞令としてお祝いの言葉を送った。

 ギッと鈴理先輩に睨まれたから、「建前っすよ」まだちゃんと言ってなかったでしょ、と溜息を零す。

 ツンとそっぽ向いてしまう鈴理先輩のご機嫌斜めさには早々白旗を振りたくなった。大雅先輩が嘆く筈だこりゃ。


 何から言えばいいか分からないけど、このまま沈黙に戻るのも気まずい。

 二人は主役だからあまり会場をあけておくのも宜しくないだろう。


「最近忙しいって言ってましたよね。先輩方……忙しいってその、このことだったんっすね」


 きっと先輩達のことだから俺に気を遣ってくれていたと思う。

 最近様子が変だなと思っていた。

 態度は余所余所しいし、何処か疲れているみたいだし。気付かなかった俺が馬鹿だったんだ。


「すみません、気遣わせてしまって。あ、謝罪はいらないです。俺も気付かなかったですし、先輩達も陰ですっげぇ努力していたんだと思います。寧ろお礼を言わなきゃいけません。俺は本当に後輩思いな先輩方を持ったと思います」


 今度は俺の番だ。

 こんなにもしてもらったんだから、俺も先輩達に何かしたい。

 とても考えた。考えて考えて考えて、先輩のお父さんとも話して、ひとつの結論に辿り着いた。二人の婚約式を見届けよう、と。


「俺は鈴理先輩も大雅先輩も好きです。できることなら、傷付けたくない人達です。これから先、お二人は財閥を背負って生きないといけない、令息令嬢っす。そのためにどうしても俺の存在は邪魔になる……もう、言いたいこと、分かりますよね?」


 俺は鈴理先輩を大雅先輩に託したい。

 素直な気持ちを彼女に伝えると、「ふざけているのか」一蹴された。

 これがふざけている告白に見えるっすか? だったら俺の告白の仕方がマズッているのかもしれない。弱ったな、それなりにムードは出しているつもりなんだけど。


 鈴理先輩の怒りを一心に浴びながら、俺は本気だと伝えた。

 勿論俺はこれからも鈴理先輩のことは支えていきたいと思うし、仲良くもしていきたい。

 なら、これから先は後輩として貴方のことを慕おう。それが俺の出した二人に捧げる結論だ。

 

「あたしの気持ちを馬鹿にしているのか」


 憤慨している先輩にそんなことないと俺は返した。

 先輩がどれだけ必死に親を説得してくれようとしたか、それは英也さんから聞いている。貴方が俺を想ってくれている気持ちは十二分に伝わっている。


 だけど先輩は令嬢で、俺は庶民。身分が違う。

 そう言っても鈴理先輩は聞く耳を持ってくれない。俺の言葉に失望したらしく、「空は馬鹿だ」どうして分かってくれない、あたしはあんたが好きなんだと喝破してくる。


「それだけじゃない。あたしも大雅も、親の言いなりになりたくなかった。だから……努力して説得をしていたのに。あんたからそんな言葉を聞くとは思わなかった。それともあんたの気持ちはそこまでだったのか。

 だったら期待はずれだ。それまでの男だったと見定めてやる」


「お、おい鈴理。ちょっと落ち着け、言い過ぎだ」


「大雅は黙っておけ。空には分からないさ。親の指示に従い、決められたレールを走らないといけないあたしや大雅の気持ちを! 婚約式だってあたし達が望んでいたわけじゃない。べつに大雅が嫌いではない。だが、望んではいなかった。どれほど努力していたのか知りもしないくせに、勝手なことばかり言うな。不愉快だ!」 



「それでも俺は言いますよ。俺は大雅先輩に鈴理先輩を託したい、と。努力しても手に届かないことって沢山あると思います」



 刹那、右頬に鋭い痛みが走った。 


 乾いた音と共に、


「空には失望した。もう知らん。あんたがそうしたいなら勝手にしろ」


 鈴理先輩が早足で会場の方面へ戻って行く。


 アイテテ、引っ叩かれてしまった。

 頬を擦る俺は初めて女の人に叩かれたと息をつく。

 しかも何気に容赦ない平手打ちだったな。手形がついてないといいけど。

 「いってぇ」頬を擦っていると、「テメェってほんと鈴理馬鹿だな」大雅先輩が俺の右肩に手を置いてきた。


「あんなことを言えば鈴理が爆発すると分かっていたのに、わざと言っただろ?」


 苦笑して俺を見下ろしてくる。

 視線を返した俺は、「貴方も先輩も好きっすよ」と笑みを返す。


 

「俺にとても良くしてくれた。その気持ちは俺に届いている。努力して手に届かないことがあっても、気持ちは届いているんです。

 ただ言ったとおり、俺の存在は貴方達にとって邪魔になります。先輩と俺だけの問題じゃないんっすよ。これは竹之内家や二階堂家全体の問題ですから……大雅先輩、鈴理先輩をお願いします。貴方になら任せられる。今の俺は追う権利さえないですから」



「……ああ。任せとけ」



 今頃自分の控え室にいるだろう。

 大雅先輩は彼女の追うため、歩き出した。

 その際、一度だけ足を止めて振り返らずに言う。「ごめんな」と。


「いいから行って下さい」


 苦笑して先輩の背を言葉で押した。

 それを合図に駆け出す大雅先輩を見送った後、俺はもう一度頬を擦ってこれで良かったのだと言い聞かせた。

 だって俺じゃ無理だから。婚約者になる二人の障害物になるだけなんだ。また、誰かの人生を奪うくらいなら俺は。俺は。



“君にこんなことを言うのは酷かもしれないが、鈴理は二階堂財閥と婚約しなければならない。鈴理は親の言いなりだと思うかもしれないが、大雅くんとなら上手くいくだろう。将来安定した生活も送れる保障がある。

 この先、鈴理はきっと社会の厳しさに気付いてくれると思うんだ。だから空くん、君にはこれから先、鈴理を支える良き友人となって欲しいんだ”

 


 英也さんからそう頭を下げられた時、俺は何も言えなかったし、返せなかった。

 ショックとかじゃなく、嗚呼、この人は本当に娘さんを愛しているんだなって思ったんだ。娘の将来の幸せを願って、俺に彼女と別れて欲しいと頼んでいる。でも離れろいうわけではなく、友人と支えて欲しいと心から願っている。


 そんな人に俺は娘さんと付き合いですと押し通すことはできなかった。

 俺には彼女を幸せにするだけの力なんてなかったし、これから財閥を背負っていく先輩を支える力があるとも思えなかった。


 好きだけじゃこの世界は成り立たないんだ。

 少なくとも俺達の関係は好きだけじゃ成り立たない。周囲に迷惑が掛かる。

 決して英也さんもお遊びで鈴理先輩と大雅先輩を許婚にしたわけじゃない。ある程度、娘が幸せになれる確信を抱いて二階堂家と許婚を結んだんだ。俺に入る余地なんて残されていなかった。


「これで良かったんだよな」


 かつて実親の命を奪ってしまった俺だから、今度は将来を約束された二人を見守ると決めた。

 例え、鈴理先輩が俺を嫌おうと、それこそ失望しようと俺は貴方を支える友人であろう。気持ちを改めると、俺は会場に帰らず会談に足先を向けた。さっき英也さんに最後まで式を見届けると言ったけど、それはちとばかり無理みたいだ。


 だって喧嘩しちゃったんだ。

 俺がいると不味いだろ? 気まずいだろ? 居た堪れないだろ?


 ……帰ろう。


 親へのお土産は諦めよう。




「鈴理先輩。大雅先輩とお幸せに」




 さよなら俺の大好きだった彼女、またね先輩。

 今度会った時は、ただの先輩後輩関係ですよ。俺達。



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