訪問者①
「たっ、頼む! こんな大事になるとは思わなかったんだ。だから……ッ」
嗚呼、何て顔をしているのだろう。
今にも泣きださんばかりに表情を崩し懇願する男をぼんやりと眺めながら、撃鉄を起こす。帳の落ちた街並みが、入り組んだジャンクションに影を落とす。夕闇から夜へと闇が深くなるこの瞬間は、いつも不思議な心持になる。闇が濃くなればなるほど、街の光は明るくなるような気がするのは何故だろう。
「コントラストか。考えてみりゃあ、便利な言葉だな」
「? な、なに言って……」
手によく馴染んだリボルバーは冷え切っていた。目の前の男はすっかり血の気が抜けて、大きく目を見開いていた。
「安心しろよ」
ゆっくりと腕を下ろし、男の額へと銃口を突き付ける。
「アンタは今まで立派に職務を果たしてきた。地底へのゲートを守ってもう五年も経つからな……至極真面目そうだし、アンタの仕事仲間は皆アンタを信頼していた。自分のやるべきことをキッチリやり遂げる奴ってのが、俺は好きなんだ」
「じゃ、じゃあ――――」
男の顔が僅かに和らぐ。風に乗って雲が蠢き、街は夜へと様相を変える。
「でも、アンタはゲートを開いちまったじゃあねえか。人間と間違えて、『地底人』を地上に出しちまったんだからな。でも、しょうがないものはしょうがないからな。せめてもの慈悲だよ……」
街灯が点き、背後を照らした。反射した銃口が、鈍い光を放っていた。
「だから、一瞬で済ませてやる」
「え……」
男は硬直し、顔を上げた。依然離れない銃口との距離は十センチにも満たなかった。指に力がかかる。
瞬間、小さな銃声が路地裏に響いた。
「うう……」
路地裏の壁に凭れながら、少女は低く呻いた。薄いブロンドの髪に青い瞳をしたその少女は、大きな黒いニット帽を目深に被ると、小さくため息を吐いた。
「……また頭痛か」
ここ最近、頭が割れるのではないかと思うほどの頭痛が度々起こるようになった。暫くすれば治るのだが、一旦頭痛が起こると、立っていることもできない。病院へ行けば原因や対処法も判るのかもしれないが、少女には到底無理な話だった。親もなければ戸籍も持たず、家すらもない人間が病院へ行って診察できるほどの金を持っている訳がない。泥水をすすり、寒さと飢えに震えるような毎日を送っている、ちっぽけな自分には。
顔を上げると、宵闇に染まる雲が低く垂れ込めているのが見える。乱立したビルの枠に切り取られた空があまりにも遠くて、じわりとしたものが目尻を伝う。
いつまで、こんなにも惨めな、生き延びるだけの日々が続くのだろう。
「どうして泣いてるんだ?」
不意に、暗い路地裏に明瞭な声が響く。同い年位の少年の声だった。痛みを堪えて振り向いた時、少女は目を見開いた。
そこにいたのは果たして、自分とあまり背格好の変わらない少年だった。普通なら、自分と同じような境遇の子供を連想する。しかし、今は違う。眼前の少年は、あまりに異様な風体をしていた。
薄いオレンジ色の髪に、身体をすっぽりと覆う黒いパーカー。首から覗く皮膚は静脈が透けるほど白く、顔はガスマスクを装着している。
「――――誰?」
それが少女――サニーと、地底人との出会いだった。