意地悪な妹に虐げられた姉が幸せになった話
ゆるふわ中世風。魔法とか無し。一応ハッピーエンド。
それはよくある歌劇のような話だった。
伯爵令嬢であるマリアベルは実母の死後は実の父と、元は愛人であり現伯爵夫人である継母と異母妹に虐げられていた。
古着を着せ、残飯を与えられる日々。
さらに異母妹は自分がするべき勉強や仕事を押し付け、良い仲になりそうな貴族令息や親しい令嬢に悪評を囁き奪った。
それでも腐る事なく正しく美しく成長し、ある侯爵家に嫁ぎ幸せになった。
冷血と言われていた侯爵はマリアベルの優しさに触れ愛を知った。
彼女の実家は、侯爵の手によりその罪を白日の下にさらされ、両親は死罪に、異母妹は貴族令嬢から一転し、下級使用人となった。
侯爵とマリアベルは子宝にも恵まれ、年老いて亡くなるまで穏やかな日々を過ごした。
めでたしめでたし。
* * * * * *
エルザは伯爵の父と、その愛人である平民の母の間に生まれた。
8歳の時に父の正妻が死に、後妻と養女として伯爵邸に住むことになった。
屋敷にはすでに父と先妻の娘が住んでいた。
ゆるいウェーブを描く色の薄い金色の長い髪に大きな緑の目、白い肌に赤い唇の美しい同い年の少女で、大通りのおもちゃ屋に飾られた高級人形にそっくりだと思った。
始めて顔を合わせた時、少し戸惑いながらも鈴音のような声で「マリアベルと申します。よろしくおねがいします」と丁寧にスカートを少しつまんだお辞儀をする姿の美しさを前に、たどたどしく「よろしく…です」と頭を下げる事しかできなかった。
向こうが半年ほど早い生まれだと聞かされた時、その意味もわからず純粋に「姉」ができた事をうれしく思った。
しかし、両親は姉を蔑んで代わりにエルザを贔屓した。
お前の方が可愛いよ、お前の方が賢いよ、ドレスも宝石もお前の方が似合っているよ。
胡散臭い事ばかりを言いながらエルザにいろいろな物を与えて、その代わりマリアベルの持ち物を奪い、ろくな食事も与えない……そんな両親の意図をエルザはすぐに理解した。
「ママとパパが好きなのは私じゃない!」
彼らが愛しているのは「自分の思い通りの女を妻と娘にした俺」「正妻を蹴落とした私」という己自身であり、そこにエルザへの愛情はなかった。
「ただ、私を使ってお姉ちゃんをいじめているだけじゃない!」
エルザは8歳まで平民として下町で育った。
そこには平民と下町のルールがあり、貧しいながらも集団の中で学び育ったエルザはそんな両親のやり方が気に入らなかった。
腹が立ったエルザだが自分の無力さも自覚をしている。
やめて!と言ったところで聞いてもらえるわけもない。何なら言う事を聞かない役立たずとして、姉と一緒にひどい目に合うかもしれない。そうなってしまえば無力な子供2人の言い分なんて世間ではもみ消されて終わり、私もお姉ちゃんも2人揃って助からない。
そんな幼い考えを巡らせて、逆に両親やそれに倣う使用人を精一杯いいように使う事にした。
「やだやだやだこんなの嫌い! や! なの!!」
冬が近づくある日、用意されたマフラーと手袋を床に叩きつけて大声で叫んだ。
「この色が嫌い! 模様も嫌い! 全部いや!」
困った侍女が防寒具一式を拾いあげたのを奪い取り、右手袋についたリボン飾りを渾身の力で引きちぎり、もう一度床に叩きつけた。
散々な癇癪を見せ、茫然とする侍女に向かい、
「こんなボロ見たくもないわ! そうだわ、あの女…マリアベルに押し付けなさい! 私がそうしろって言ったの!パパもママも関係ないの!私がいったの!!」
そう地団駄を踏んで見せた。
ある日、夕食のパンとスープを一口食べてスプーンを放り投げた。
「これ嫌い。まずい!」
宥めようとする両親に向かって大声でマズイマズイ!と叫んで、スプーンやフォークを手あたり次第投げ、最後にはお腹すいてないからいらない!と椅子から降りて床にうずくまった。
困り果てた両親や家令に向かって
「こんなまずい残飯、あの女に食わせてやりなさいよ」
といえば、気まずそうな顔をして皿は姉の部屋に運ばれていった。
数日に1回は癇癪を起したふりをしてマリアベルに食事や服が渡るようにした。
時には食事をとらず空腹だったり、真冬の防寒着が少し足りないこともあったが、平民の時に比べたら不自由のない生活だ。
窓から見下ろしたマリアベルがマフラーと右のリボンが取れた手袋をしているのを見ているとなんだかほっとした気持ちになった。
しばらくそんな事をしていると、両親と使用人はエルザの事を「マリアベルをいじめる道具」のように扱い始めた。何かとエルザをけしかけてマリアベルを貶めようとするのだ。
みんなバカだなぁと思いながらもエルザはその低俗な思惑に乗った。
おもちゃや絵本をねだっては、少し傷をつけたり、読める程度の汚れを付けて
「もういらないゴミだからあの女のところに捨ててやるわ」
といって、マリアベルの部屋に置いてきた。
両親は自分の事しか見ていないし、使用人の多くはそんな両親しか見ていない。だからエルザの部屋はいつも物が少なくて、マリアベルの部屋の方がぬいぐるみや絵本に溢れていたことに気づく者は少なかった。
けして穏やかとは言い難い日々を過ごした5年後、2人は13歳になり貴族学校へ通う事になった。これは貴族家に籍を置く子女の義務なので、エルザもマリアベルも等しく入学が手配された。学校ではすでに、いびつな伯爵家の内情が噂として広がっていた。この程度の情報管理もできていないのかと血のつながった両親にあきれを通り越して絶望をした。平民の、市場の売り子の方が何百倍もうまくやっている。
けれど、エルザはへこたれない。この噂をもとにマリアベルとエルザに言い寄る貴族を「査定」した。
噂を知った上で、事実関係を見定めようとするものはそのまま放置をした。
噂を知らない物は適当にあしらいつつ側に置いた。
噂を鵜呑みにする愚か者は、道具として利用することにした。
そして、鵜呑みにしたうえでマリアベルを「何をしてもいい女」と思っていそうな者を懐柔する振りをして彼女から引きはがした。
「あの女は家でもろくな扱いをされていないの。側に置いたって得もないわ」
「遊び相手にしたって、食事も立場に使用人かそれ以下だから肌も体もボロボロよ?」
「一応まだ伯爵令嬢だから頭が固くてね。ほら、私は……あんな女よりも『いろいろ』知ってるのよ?」
そういって艶めかしく体を寄せると、免疫のない貴族令息はコロリと落とせた。
「きっと、ママもこんな風にパパを落としたのかな」
そう思うと不快感はあったが、やっぱり使えるものは使うことにした。
エルザは将来平民に戻るつもりだったので、貴族間で多少の醜聞が広がっても商売の「箔」にしてやろうと考えていた。
そして、もしその時に自分以外にマリアベルを助けてくれる人がいなければ、無理やりにでも手を引いて、遠く遠くの国に連れ出してしまいたいと心から思っていた。
貴族学校は授業だけでなく宿題や課題が多くあった。両親は難癖をつけてマリアベルの勉強を邪魔した。使用人がいるのに家事を押し付けたり、くだらない愚痴を聞かせたりという陰湿ないじめ行為。
おそらく、最初のテストでエルザよりもマリアベルの方が成績が上だったのが気に入らないのだろう。
エルザだってけして悪い点数ではない。真ん中よりちょっと上くらいだ。ただマリアベルが上位20名に入るほど優秀だったというだけ。
エルザからすれば、いびつな形とはいえ一応は家族である『姉』が素晴らしい人だと知れて誇らしい事だった。
「という事で、一丁やってやりましょう」
最初のテストから数ヶ月後、エルザは元気いっぱいに母の目の前で宿題の束をマリアベルに叩きつけた。
「あんた、優秀なんでしょ? じゃあ私の分もやっておいて頂戴!」
「あらエルザ、それは良いわね。あんた頭だけは良いみたいだしエルザの役に立ちなさいよ」
「……そ、それは……」
「あっちょっと待ってママ。それじゃ文字の違いで先生にバレちゃうかも。自分で書くくらいはやるから、アンタ先に宿題を終わらせて私に写させなさいよ!」
「…………はい」
エルザが叩きつけた宿題の束をひったくって命令をすると、マリアベルは弱々しく頷いた。
心の中で100回謝った。
部屋から出ていくときに、マリアベルが小声で何か言った気がしたがわからなかった。
おそらく恨み言だろう、追加で50回心の中で謝った。
しかしテストの結果で差が出れば母はまた余計な事をすると思い、エルザも頑張って勉強をした。
結局、マリアベルが優秀過ぎて上位10名をキープをしていたため卒業まで追いつくことはできなかったが、エルザも上位20位以内でおさまる程度には好成績保持者となった。
その頃には父も母もエルザの学校の様子に全く興味がなくなっていたが。
運が良い事に、特待生の中に平民時代の知り合いがいた。
向こうはなかなか気づいてくれなかったけれど、こっそり背後に近づいて膝をカクンとつく悪戯をかまして昔のようにからかって見せれば顎が外れんばかりの大口を開けて驚いた後に
「おま、お前! エルかよ嘘だろ!」
と、昔のままの反応が返ってきた。この時ばかりは、エルザも練習をした令嬢の笑いを忘れて大口を開けキャハハと笑った。
この日から、何も知らない貴族子息と令嬢たちには意地悪な平民成り上がり令嬢の顔を見せて、一部の理解ある特待生とその後援貴族にはこっそりと平民に戻る夢とマリアベル救済計画を相談するようになった。
そんな形で4年間学校で学び過ごした。
両親が望むような婚約者候補や貴族として益のある友情関係は築けなかったが、一部の理解者は得ることができた。マリアベルの事もよく相談に乗ってもらい、エルザが手を回せない場所でも一緒に守ってくれた。
そして、卒業間近、マリアベルは冷酷非道と噂をされる侯爵家の嫡男のもとに無理やり嫁がされることが決まった。エルザが卒業論文のために泊りがけの領地見学から戻ったころには全てが決定事項として伝えられた。
両親が金目当てで売ったのだ。
エルザは激怒した。
もう少しエルザが愚かであったら、うっかり課題で読んだ物語の『暴君に怒れる主人公』のように刃物を持って2人の寝室に押しかけたかもしれない。
けれどエルザはギリギリ冷静だったので、侯爵嫡男の噂を洗って、特待生の友人を頼りに直接その人となりを確認した。
仕事ができすぎる事と、モテすぎる事をやっかまれたのと、フラれた女が悪評を広めているだけで、平民からは「不愛想だが公平な貴族らしいお方」と評価が高めだった。
むしろ、植物が好きで庭にある温室を大事にしている所や、紅茶が好きで各国から集めている所はマリアベルと相性が良いと感じた。
その話に尾ひれがつきまくって、毒薬を作ってるだの気に入らない相手を暗殺しようとしただの言われてるのは同情する。
「マリアベル様ならうまくやれると思うぞ」
「良かったわね、エルザ!」
友が屈託のない笑顔でそう言ってくれた。救われたような気がした。
両親の前では「冷酷な侯爵家でしょ?きっと婚家ではもっとひどい目にあうわ」と言い放っておいた。
ついでに物置に押し込まれていた先妻の物であろう宝飾品やドレス、肖像画を木箱に詰めて嫁入り道具として押し付けた。
念のため箱の内側はピカピカに磨いて、外側は出がらしの茶葉で小汚く見えるように汚しておいたので両親は何も言わず嗤っていた。
箱の中を見たマリアベルは泣いていた。
涙の理由は聞けなかった。
マリアベルが伯爵家からいなくなったので、エルザは安心して家を出ていこうと決めた。
貴族学校に通えたことでいろいろな知識を得た。ここだけは、本当にその部分のみは両親に感謝している。
「家を出たら、どこかに務めて…読み書きができるから市場の売り子でもいいし、刺繍の授業で針仕事も学んだし…いろんな事ができるわ」
仕事をみつけ、住む場所を得たら金を貯め、資格を身に着けて自立するのがエルザの夢だった。
それはまだ平民として過ごしていた時に知った、理想的な正しい平民の生き方だった。
しかし、その夢は目前にして消え去った。
エルザが思っていた以上に、マリアベルは嫁ぎ先で溺愛されたらしい。
彼女を愛する侯爵家の嫡男とその両親は、伯爵家の行いを責めて白日の下にさらしあげた。
「いや、当然の事なんだけどね」
とエルザは焦る両親の後ろで小さく呟く。
侯爵家の調べによると、元々の伯爵家の血筋は亡き先妻の方だったらしい。だから、父が今やっている事はお家乗っ取りになる。
父自身はもともと貧乏男爵家の三男坊だったとその時知った。それでよく、あんなに大きな顔ができたものだとエルザはあきれる他なかった。
結局、父は伯爵家乗っ取り、母はその幇助という事で処刑になった。貴族は厳しいと思うが、血筋を重んじる世の中なので仕方がない。エルザは、本家令嬢であるマリアベルの虐待による罪で裁かれることとなった。古着と残飯を押し付け、勉強を押し付けていたのは一応事実なので、言い訳はしない。
ただし、あくまで未成年の頃の行いなので短期の奉仕活動と貴族籍から抜けるだけで済まされた。
罰としての奉仕活動は半年間、地元孤児院での無償労働だった。
もともと貴族籍を抜ける予定だったエルザにとっては大変ではあったけれどそこまで苦痛ではなく、むしろ平民時代に戻ったような穏やかな日々を過ごした。
労働期限の半年が終わる日、伯爵家にいた頃とは見違えるほど美しくなったマリアベルがやってきた。
「お父様たちは残念だけど、エルザはまだ子供だったから、私は許してあげるわ」
そうエルザに笑いかける様子は、妖艶で美しかった。
エルザはこのまま孤児院で働くつもりでいたが、マリアベルに請われ、半ば強制される形で侯爵家の雑用メイドになった。
よくよく考えれば両親が処刑された上に罰を受けた女なんて子供の教育にも悪いだろう。在学中は家事手伝いになることも考えていたのだから、進路としては叶ったようなものだと自分を納得させた。
仕事は毎日忙しいけれど、貴族学校で学んだ刺繍は針仕事、読み書きは買い付けや備品管理に活かし、貴族子女としての美容論は食事のメニュー決めや食材を買い付けるのに役立った。
最初はあの罪人の小娘だと邪見に扱われていたけれど、能力を活かして日々丁寧に働き続けることでエルザを取り巻く周りの態度も次第に軟化していった。
そうして働くうちに、エルザは初めて恋をした。
2つ年上の料理人の青年だった。
向こうもエルザを憎からず思い、過去の罪も知った上で受け入れ、婚約をした。
その頃、すでにマリアベルは結婚を済ませ、その夫は侯爵家を継ぎ、マリアベルも女主人として屋敷を取りまとめていた。
「女主人として、使用人の祝い事をうれしく思います」
目を伏せるようにそう告げられてエルザは少しうれしかった。マリアベルに『良い報せ』を伝える事ができたのはこれが初めてだったから。
結婚からしばらくして、エルザは夫の子を身ごもった。退職を願い出ると、夫人の部屋に呼ばれ
「実は、私も妊娠しているのよ…夫にはまだ内緒だけどね。ねえ、あなた乳母になる気はない?」
そう告げられた。
光栄な事だけれど、自分にその資格はないと2度断ったが、3度目でついに断り切れず引き受けることになった。
それからのエルザはさらにあわただしい日々を送った。
エルザ自身は娘を一人、マリアベルは男女の双子、坊ちゃまとお嬢さまを産んだ。三人の子供は立派に育ち、エルザの娘はお嬢様付きの侍女になるため日々の教育を受け、貴族学校にも通わせてもらった。
乳母の役目を終えた後も、マリアベルに言われてエルザは侍女兼世話係として屋敷に残った。
侯爵とマリアベル、エルザとその夫……その頃には調理場責任者になっていた彼、2組の夫婦とも仲睦まじく寄り添って過ごした。
長い年月が過ぎた。
坊ちゃんは無事、侯爵家を継いで立派に勤めを果たしている。お嬢様は同じ派閥の侯爵家に嫁いだ。娘も侍女としてついていった。それぞれ結婚もして孫も産まれた。
マリアベルとその夫は、自然が豊かな領地に引っ越して穏やかな老後を過ごしている。その傍らにはいつも、エルザがいた。
日差しの強い初夏の日。
すっかり年老いて寝たきりになったマリアベルが、おなじくヨボヨボになったエルザを呼んだ。
「もう侍女を辞したあなたに頼むのもどうかと思うのだけれどね、あなたにしか頼みたくないの」
そういって、自分が死んだ後の整理を頼まれた。
報せを送りたい場所、世話になった人たちの名簿、貴重品のカギの場所や番号、墓守や教会への手配。
「それとね、」
思い出したように、震える指が部屋続きのクローゼットルームのドアを指す。
「そこの一番奥に古い箱があるから、死んだらそれを身につけさせてちょうだいね」
クローゼットルームの奥には、大事そうにしまわれた木箱があった。
中には、汚れた古い子供用のマフラーと、右のリボンが取れた小さな手袋が入っていた。
「ああ」
それだけ呟いて言葉が出ないエルザに、マリアベルがかすれた声で笑う。
「大事な大事な、愛する家族からもらった、宝物なのよ」
奥様、これは夏に身に着けるには暑すぎますわ。
そうエルザが震える声で告げたが、聞こえないふりをされた。
夏真っ盛りの日、マリアベルが天に還った。望み通りのマフラーを身に着けて、手袋は小さかったので手元に置いて棺に納めた。
そして、その次の夏に、エルザの命も尽きた。ちょうど、マリアベルの部屋が片付き、葬儀の参列者への礼と墓守への連絡事項を終えた後、エルザ自身の身辺整理が終えた頃だった。
亡くなる少し前にエルザは娘に語った。
本当は、両親と同じ罪で裁かれるはずだったのを、奥様が許したことで免罪となった事。
彼女の下で働くことで、世間から白い目で見られるのを防いで、在学中に学んだ事を活かした仕事につけた事。
下級メイド時代に、自分に悪さをしようとした使用人に奥様が圧をかけて辞めさせていた事。
全部、エルザが後になってから前侯爵様や夫から教えられた話だった。
「ありがとう、おねえちゃん」
死ぬ間際、エルザはそう呟いて微笑んだという。




