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食べて、飲む

作者:
掲載日:2026/05/06

小学生の頃、ある試みをした。

今となっては、というか、

当時でもくだらないことなのだが、

消しゴムを飲み込むということだ。


友だちの前でやった。

大変驚かれたし、

一部の友だちは恐れていた。


この行為を経てからというもの、

食べ物ではない、本来飲み込む、

ということを想定されていない物、

を飲み込むということに、

自分の価値の置き所のようなものが、

作られた気がする。


つまり私は、

その行為に強い達成感と幸福感を覚えたのだ。


それからはその行為を繰り返した。

消しゴムから始まったその行為は、

例えばピンポン玉だったり、

ぬいぐるみだったり、

靴紐だったりと、

口に入る程度の大きさの物は、

大抵が私の胃に入ったと思う。


そして、それも奇妙なことなのだが、

私の体には何の異変もなかった。

最初の頃は、

体が変になるのではないか、

とそわそわしていたが、それもなかった。


いつも通りに過ごせるし、

健康診断でも全く問題ない。

体外に便として排出されることもない。


消化されたのか何なのか分からないが、

おかげでその行為を続けられた。


しかし、なぜか、若干、

何も問題ないことに胸が詰まった。


それから大人になっても、

その行為を続けていた。

まるで使命のように。


ただ、さすがに社会的常識が身につき、

これは他人に知られると良くない、

と分かっていたので、こっそりとするようにした。


趣味は趣味なのだが、

人を不快にさせてまでするつもりもない。


そんなある日のこと。


私はいつも通りに自宅で物を食べていた。

一般的な飲食物ではない物のほうを。


その日は変だった。

いつもは食べ終わった時には、

充実感に溢れているのだが、その日は、

全くと言って良いほどに、何も感じない。


それどころかひどく虚しく、途方もなく、


寂しい。


普段そんなことを考えないのに、

もしかして体に不調が?


そう思って病院に行ったが、全く問題ない。

ならば思い違いだった。帰ろう。


なのだが、トイレにあった石鹸。

食べたい。そう思った。

いつもは公共の物は食べないようにしていた。

迷惑がかかるし、申し訳ない。


でもなぜか手が勝手に石鹸へと伸び、

気がついたら食べていた。


独特の匂いと食感、石鹸はもちろん経験済み、

なので、特に思うこともなく、

そのまま食べ切ろうとした。


鏡を見る。

私の顔が映る。


衝撃を受けた。


その顔は楽しくもなく、充実感など微塵もなく、

ただ、絶望と悲しみだけの表情だった。


目は涙で溢れ、まるで何かを渇望するような、

そんな目だった。


唐突に扉が開き、人が出てきた。

個室トイレに人がいたのか。見られてしまった。


その人は石鹸を貪る私を見て、

驚くでも怖がるでもなく、

何も言わず出て行った。


良かった。




  



違う。

今感じているのは疑問と怒りだった。


なぜ何も言わない?

なぜ心配しない?

なぜ見てくれなかった?


自分で思って自分で驚いた。

何を言っている。


見られないようにしていたのにも関わらず、

見てくれなかったことに、怒りが湧く。


そもそもなぜ私はこんなふうになった?


昔を夢想する。





当時私は何もなかった。


つまり、私には趣味も特技も、語ることが何も、

人を惹きつける何かが無かった。


なので私を見る人はいなかった。


寂しかった。見て欲しかった。こんな私を。

誰かに私という存在を認めて欲しかった。


消しゴムが見えた。皆を見る。

人は突飛な行動に目が引かれるものだ。

だから食べた。


そしたら皆が私を見た。

驚くもの、褒めるもの、恐れるもの。

差はあれど、見てくれた。

心底嬉しかった。こんなことで見てくれる。


だから繰り返した。

その理由も忘れてしまうくらい、ずっと。


そうか、そうだった。

私はずっと、ずっと見て欲しかった。

なのにこの行為そのものに何かを見出し、

結局一人でこんなことをしている。


誰も見てなんてくれないのに。


恐らく内心、いつか誰かに気づかれる、

そんなことを期待していた。


自ら他者に接しようとする勇気も度胸もない。

それなのに、見て欲しかったなんて、

傲慢もいいところだ。


それからすぐ、その行為はやめた。

自分がとんでもなく寂しがりで、子供だと、

そう気がついたから。


そう。私に必要だったのは、

奇怪な行為に逃げることではない。


他者と向き合う、接しようとする、

そんな勇気と覚悟だった。

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