5話 親子
『え?』
周囲には小さな広場。
車の走る音。
さっきまで俺は戦場にいたのに……
ザワザワ……
近くには俺を指差す子供や凄い形相でまくしたてるように電話しながら子供の手を引く女性。
……日本?
なんで今?
どうして帰った?
いや、そんなこと考えてる場合じゃない!
通報されてる!
周囲からは完全に人がいなくなっていた。
俺は剣と盾を持ち、スヴァルにやられた傷と返り血で汚れていた。
『はは、道理で。こりゃ不審者だな。』
公衆トイレに駆け込んだ俺は血と煤に汚れた顔を洗い、鎧を脱ぎ捨てた。
幸いセンドールの鎧は軽装で、革鎧を強引にバッグのように纏めた。
パトカーの音を背に、俺は走った。
見慣れた道だ。
でも、違う。
道が増えている。
母とよく来たスーパーの見た目が変わっている。
人の服装や携帯もどこか変わっている気がする。
そうか10年ぶりなんだ……
たどり着いた。
10年ぶりの実家は変わっていないように見えた。
呼び鈴を押した。
「はい?」
『えっと……』
「マ、マ……た、だ……っ」
「え?」
なにを言うべきだろう。
今更帰って……?
なにを思ったのか、玄関から母さんが出てくる。
涙が浮かぶ。
久しぶりに使った日本語。
明らかに年を取った母と疑いの目。
それら全てがもう戻らないと言っているようだった。
何か言わなきゃいけないのに、罪悪感と緊張で声が出ない。
「ごめんなさい、まちがえました。」
見せたくない、変わり果てた自分を。
だらしない無精髭も。
声変わりした低い声も。
人を殺した汚い手も。
「……ねぇ!ねぇ待って!光なの……?」
「――っ!?」
「やっぱり!そうなんでしょう!」
背中が温かい、抱かれている。
今更駄目だ。
俺はもう2人の子供と胸を張れない。
でも、ごめんなさい。
「ママ、ごめんなさい。やっとかえりました。」
「大丈夫、良かった。本当に。」
甘えてしまってごめんなさい。
俺は立っていられなくて、その場に座り込んだ。
***
あの後、俺は母さんに連れられ風呂に入った。
全部は説明できない。
そもそも俺自身分かっていないことが多すぎたから。
信じられないだろうが、違う世界にいたと説明した。
俺は説明のため魔法を使おうとしたが、魔法は発動しなかった。
エトナの言うように精霊がいないということだろうか。
分かりやすいことができないため、俺には信じてもらうしかなかった。
まあそもそも10年ぶりの日本語、初等教育歴2年の男にまともな説明は出来ないが。
そして、母さんが電話したのだろう。
すぐに父さんは来た
「光……?」
「ただいま、その……キャッチボールしたいな。オレ、楽しみにしてたんだ。」
「――っ、あ、ああ!……ああ!やろう!」
久しぶりに抱いた父さんは子供みたいに泣いていたけど、多分俺もそう変わらなかったと思う。
***
スパンッ!
リズムよく音が響く。
30分も経てば俺も慣れ、父さんのグラブにボールが飛ぶようになる。
「いい球だな。」
「力は自信あるよ?畑、たがやしてたんだ。」
「凄いな。昔父さんも、うちの小さい庭でトマトとナス育ててたんだぞ?ほとんど母さんが面倒見てたけどな?」
「ダメじゃん。」
あれから忙しかった。
行方不明者は7年経つと死亡認定されるらしい。
失踪宣告の取り消しだとか言っていたか?
そこから本人確認のDNA鑑定だとか、住民票だとか。
とにかく書類や質問に追われた。
俺にはただ、ここじゃない何処かにいて、そこで農業や狩猟で生活していたと伝えた。
俺は夜間中学に通い出した。
夜の街が明るいのはなんだか新鮮で、文明の魅力を感じた。
「パパ……父さん、俺さ……」
「ん?」
「はたらくよ。俺でもバイトとかできると思うんだ。」
「その気持ちだけで嬉しい。でもな、お前はまだ帰ったばかりだ。せめて1年くらいはゆっくりしたらどうだ?」
「ありがとう。でも、やりたいんだ。俺は大丈夫だ。」
「そうか……」
スパンッ!
スパンッ!
スパンッ!
スパンッ!
「光!」
「なに?」
「大きくなったな。」




