第二話
迷宮都市アウレリアの地下深くに広がる、果てなきダンジョン。その第三層「腐敗の樹海」は、通常の新人冒険者が単独で足を踏み入れるような場所ではない。
しかし、巨大クラン「オプス・マグナ」の大幹部がレオンに課した入団テストは、この危険地帯での「希少魔石の単独回収」という、実質的な捨て駒任務であった。
「おい、スラムのガキ。本当に一人でやるつもりか?」
重装騎士のバランが、兜越しに苛立ちを含んだ声を投げかける。元・没落貴族であり、上官の汚職を告発して左遷された過去を持つ彼は、スラム出身の得体の知れないレオンを全く信用していなかった。
「足手まといになるなら、さっさと地上に逃げな。アタシたちはアンタの面倒まで見てられないんだから」
魔銃士のミルも、愛用の銃を肩に担ぎながら鼻を鳴らす。孤児上がりで短気な彼女だが、その視線には微かな懸念が混じっていた。
「……」
その後ろでは、探知士のレイミアが小型魔道具のモニターを見つめ、無言で周囲の警戒を続けている。
彼らはヴィンセントが率いる迷宮探索パーティー。社会から弾き出され、ヴィンセントにのみ恩義を感じている一癖あるメンバーたちだ。今回はテストの「監視役」として特例で同行している。
「ご心配なく。僕は僕の仕事をこなすだけです」
レオンは淡々と返し、ひんやりとした迷宮の壁にそっと触れた。彼の最下級ジョブ【錬成術師】は直接的な戦闘力を持たない。歩きながら、彼は壁の苔や転がっている魔物の骨の欠片に触れ、何かを呟き続けていた。
「さっきから何やってんだあいつ」
バランたちには、それが恐怖を誤魔化すための無意味な奇行にしか見えなかった。
「……来るぞ。大群だ」
前方を歩いていたヴィンセントが、鋭い声で警告した。
次の瞬間、樹海の暗がりから、鋼鉄の皮膚を持つ無数の魔物「甲殻蜘蛛」が湧き出してきた。希少魔石を守る群れだ。その数は数十に及び、単独の新人に向けるにはあまりにも異常な数だった。
「チッ、大幹部の野郎、初めからこのガキを殺す気で群れを誘導してやがったな!」
バランが大盾を構え、ミルが銃口を向ける。
「ヴィンセントさん、どうする!? 監視役の規定を破って助けるか!?」
ミルの叫びに、ヴィンセントは剣の柄に手をかけながらも、レオンの背中を見つめていた。先日の路地裏での戦闘の記憶が蘇る。この少年は、無策で死ぬようなタマではない。
「……おい、ガキ! 意地を張ってないで俺の盾の後ろに隠れろ! 平民の命一つ散ったところで、クランは痛くも痒くもないんだぞ!」
バランが怒鳴る。自己犠牲を強要される理不尽さを知るが故の、彼なりの不器用な気遣いだった。
しかし、無数の刃の脚が迫る中、レオンは足を止め、ゆっくりと振り返った。その双眸には、恐怖の欠片もない。ただ、外道に対する絶対的な冷徹さだけが凪いでいた。
「バランさん。あなたの気遣いには感謝します。ですが……」
その言葉と共に、レオンが指を鳴らす。
パキン、と。迷宮に甲高い音が響き渡った。
瞬間、甲殻蜘蛛の群れの足元――いや、彼らが踏みしめていた「岩肌」そのものが、爆発的に隆起した。
「なっ……!?」
バランが驚愕の声を上げる。
レオンが道中、壁や魔物の骨に触れていたのは奇行ではない。【生命錬成】の力で、無機物の構造を密かに書き換え、不可視の「捕食植物の種」として迷宮中に仕込んでいたのだ。
敵が完全に包囲網の内側に入った瞬間を見計らい、レオンは一気に成長を促進させた。
「グギギ……」
岩肌から無数の茨と強酸性の花が咲き乱れ、鋼鉄の蜘蛛たちを次々と串刺しにし、その装甲を溶かしていく。戦闘の序盤から仕込まれていた罠が、敵の裏をかく決定打となった瞬間だった。
「直接的な攻撃力がないなら、環境そのものを僕の武器に変えるまでです」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した迷宮で、レオンは一人、優雅に歩みを進める。
「危ない!一匹抜け出してきてるぞ!」
ミルが叫ぶ
生き残った魔物が彼に飛びかかろうとするが、その軌道は既に計算済みだ。
「――そこまでだ」
空中で魔物が両断された。ヴィンセントの剣技【境界斬り】だ。概念の境目を斬り裂くその一撃で、魔物は空間ごと真っ二つに分断され、崩れ落ちた。
「見事だ、レオン」
剣を納め、ヴィンセントは静かに微笑んだ。
「大幹部の理不尽な罠を、自らの力と知略だけで打ち破った。お前は今日から、俺たちのパーティーの正式なメンバーだ」
唖然としていたバランも、やがて呆れたように大盾を下ろした。
「……全く、とんでもない新人を拾っちまったもんだ。だが、まあ……あのクソみたいな大幹部の鼻を明かしてやったのは、少しだけ気分がいい」
「やるじゃない、アンタ。ちょっと見直したわ」
「レオン…すごい」
ミルも得意げに笑い、レイミアも小さく頷いている。
「ありがとうございます。ですが、これはまだ始まりに過ぎません」
希少魔石を拾い上げ、レオンは迷宮のさらに深い闇を見つめた。
この腐りきった巨大クランを乗っ取り、全てを正すための、反逆の狼煙が今、静かに上がったのだ。




