第7話 マスコットは、まだいない!
市内の病院から公共交通機関を使い十数分、最寄りのバス停から徒歩二分。
老人ホームの隣のマンションのエレベーターから地下基地へとたどり着き、ディスキプリーナは大きなため息をついて、購入したばかりのソファに腰を下した。
一方、笛奈はパイプ椅子を置いて、背もたれを抱きかかえるように足を組んで座る。
制服のスカートの中が、見えてしまうのも気にしない豪快な座り方だ。
「まあ、そう気落ちするな。準備期間が増えたと思えばいいさ」
笛奈は彼女なりに、計画頓挫して悩む総統の気遣った。
少しディスキプリーナは驚き、肩の力を抜いて首を左右に振った。ソファに深く座りなおして、まだ飾りのない基地の天井を見上げた。
「実は……計画が先送りになって、少し安心しておるのだ」
「ほう。そりゃ以外だ。なんでかな?」
微笑を浮かべるディスキプリーナの意外な回答を聞き、笛奈はリラックスして尋ねる。
「うむ。それはな。マスコットの制作がうまく行っておらんでな。 魔法少女誕生させるのが難しかったのだ」
「ん~? マスコット? マスコットというと、野球場とかで軽業を見せてくれるアレか?」
よくわからん。と腕を拱く笛奈。
「それもマスコットだがそうではない! 魔法少女の運命に導くマスコット。戦う少女の小さい相棒じゃ!」
「おお! わかった、わかったぞ。ディスキプリーナが見てるテレビまんがで、周囲を飛んでたりするヤツだな」
「そうじゃそうじゃ。わかったか?」
嬉しそうに手を叩き、分かったと喜ぶ笛奈。
先ほど球団マスコットなどとボケた答えを出したと思えないくらい、すぐに理解した様子の笛奈を見て、ディスキプリーナはほくそ笑む。
門前の小僧習わぬ経を読む。
笛奈は着実に魔法少女のアニメの知識を仕入れており、染まりつつあるとディスキプリーナは内心喜んだ。
「アレを作るような技術があればいいのだが、残念ながら怪人も作れん。吾輩は情報収集用に調整されておるからな。あまり複雑な改造や制作はできんのじゃ」
「作れないのか?」
「一応、そこらの動物で改造実験してみたのだが……」
「したのか……?」
笛奈の声色が変わる。普段、豪快かつ気楽で鷹揚な彼女だ。怒れば確かに大声を出すが、それは圧のない声である。このような低くドスをきいた声などださない。
ディスキプリーナは己よりはるかに弱者である笛奈の声に身震いした。
「ま、待て! 失敗したのじゃ」
「失敗?」
笛奈の声に、あきらかな怒気が帯びる。
彼女が何に怒っているのか、さすがのディスキプリーナも察する。笛奈は殺し合いも辞さない殺伐とした世界の人間だ。そのような人物ではあるが、自然や動物に一定の敬意を払っている。
愛護や環境保護とは違う。
それは自然信仰に近い。
信仰は怖い。
つまり怖い。
ディスキプリーナは慌てて言い訳を並べ始める。
「違うのじゃ! 違……違っていてな! 失敗といっても、動物は死んでおらんぞ! あと、なんかグロくなってキシャーモケケピロピロー! みたいなことにもなっておらん。そそそう、ただこう、なんかうまくいかなかっただけじゃ!」
「……本当か?」
睨む笛奈、狼狽える総統。
「本当、本当! 記録を見せてもよいぞ! そりゃ数日不自由な思いをさせたかもしれんが、決して痛いこともしてない……」
疑いの目を向ける笛奈。
「いや注射の一本くらいはしたかも……したかなぁ? してないと思うけど」
「嘘つけっ!」
「はい、しました!」
「それでっ!」
「あ、安心せい! 動物たちは原状回復し、自然に返した。偽装悪の組織は優しさを失ったら、偽装では無くなってしまう! 信じるのじゃ!」
問い詰めるような笛奈の目に負け、ディスキプリーナは悪の組織が偽装であることを認めてしまった。
言質を取ったところで、笛奈は総統の改造実験を許した。
「まあ、俺様たち人間も脛に傷を持つしそう強くも言えん……だが趣味半分ってのが腹立つ。しかし……」
息を呑むディスキプリーナ。総統の威厳もなく、笛奈の言葉を待つ。
「原状回復したならいい。……で、他にマスコットのアテはあるのかい?」
ホッと胸を撫でおろすディスキプリーナ。
笛奈は何かを飲み込むように、帰り道にコンビニで買ったコーラを開けて飲む。
どうやら笛奈は、マスコット計画そのものに反対ではないようだ。
ディスキプリーナは気を取り直し、威厳を取り戻す。……ように努力する。
「わ、吾輩のなななっちゃんもよこすのじゃ。うむ……一応じゃが、マスコットになるアニマルマシンを買うという手がある」
投げ渡されたオレンジジュースのペットボトルを受け取り、開けながら驚きの発言を放つ。
「売ってるんかよ。異次元すごいな」
笛奈は飲もうとしていたコーラから口を離し、ジュースを飲むディスキプリーナの横顔を見る。
視線はそらせたまま、一口だけ飲んだジュースの蓋を閉める。小さい彼女は一度に多く飲めないのだ。
「うむ売ってる。素体とはいえ買ってすぐ用意もできるし、正直言えばリリカの怪我はすぐにも吾輩の力で治せるのだが……」
「だが?」
リリカの怪我を治さない理由を短く尋ね、コーラを飲み干す笛奈。
「病院で治療を受ける前ならばいいが、今から吾輩が治すと周囲に異変が知られてしまう」
怪我の診断結果が、すでに出てしまっている。
医者も、両親も、事故関係者も、保険会社関係も、怪我の程度知っているのだ。
ここで急に治ってしまっては何事だと大騒ぎになり、リリカが注目の的になってしまう。
「魔法少女の正体がいずれバレるという脚本だとしても、計画初期から疑われるような事態にはしたくないのじゃ」
「脚本って言っちゃったよ、もう、この総統」
なんちゃって悪の組織を結成して魔法少女を育成するという自作自演をしている以上、脚本があるといえばあるのだが、笛奈は改めて言われて頭を抱えた。
「とりあえずリリカは退院後、リハビリが要らない程度の治療するし、マスコットはもう仕方ない。吾輩が買ってくるのじゃ」
「そうか、頼んだ」
「うむ、自腹じゃ」
「そうか……おい、泣くな。あとでパフェ奢るぞ」
落ち込み涙を拭く総統ディスキプリーナを、人類最強の女が慰める。
自腹購入が痛くて、マスコットを【買う】という手段を後回しにしていた事情を笛奈は察した。




