皆が常民! 2
「ごめんなさい。撮影中でしたか?」
配信中だった見那賀は、後ろから声をかけられて動作中のカメラを持ったまま振り返ってしまった。
はっとして申し訳なさそうに手を合わせる美少女……小桜姫子の可愛らしい姿をネットに大公開してしまった。
ジンバル内蔵型の手持ちスティックカメラを使って、できるだけ自然に歩いていたため、はたからでは配信中に見えなかったのだろう。
突然、映像に映った地元でも話題の美少女を見て、コメント欄では……
:> だれかわいい
:< 美少女が現れるかと思って見てたら美少女が現れた
:> 魔法少女が見れると思ったら地元美少女が見れた
:< 結果オーライじゃん
:> クレスたん遭遇率バカ高な上にこんな可愛い子と知り合いとか、爆発しろ!
:< う゛ら゛や゛ま゛し゛い゛
:> う゛ら゛め゛し゛い゛
:< オレこの子知ってる
「ごめんなさい。またにします……」
「あ、まって! 配信止めるから」
姫子は申し訳なさそうに画角からフェードアウトし、見那賀が配信を切ろうとしたためコメント欄が騒ぎ出す。
:> こいつ俺たちより女を選びやがった
:< 俺たちのことは遊びだったのね!
:> 配信を舐めるな!
:< 一緒に配信すればいいだろおらん!
:> ああ^〜 若い子同士の青い配信を見たいんじゃぁ〜
ややネタ的な反応もあるが、それでもコメント欄は騒がしい。
「うっさいわ」
見那賀は炎上するのも覚悟で配信を切った。
登録者数が減るのも覚悟したが、逆に微増した。
二桁減って三桁増えたような動きだった。
美少女パワーは強い。
「無神経ですみませんでした」
「いいんだよ。配信なんて、遊びみたいなもんだし」
嘘である。
魔法少女が現れる前は遊びだったが、今は趣味の範疇を越えていた。
なにしろたった今電源を切ったスティック型カメラとて、収益を当て込んで買った物だ。
編集用パソコンにコメント読み用のVRメガネ、ポケット型Wi-Fiにその回線利用料などなど。
もしもBANされたり、再生数が激減しては大赤字だ。
それでも見那賀は姫子との会話を優先した。
「ありがとうございます」
自分を優先されて、素直に微笑み礼を言ってくる姫子。
女の子に慣れていない見那賀でも、彼女がいつも優先される側であることを察した。
「そ、それで……なんのようかな?」
「はい。配信を見て、ちょっと実験……いえ応援したいと思いまして……。逆にお邪魔をしてしまいましたね」
「大丈夫です! ぜんぜんそんなことないだす」
姫子は軽い気持ちで声をかけてしまった後悔している様子なので、慌てて否定する見那賀は噛んだ。
「お詫びといってはなんですが、こういうの飲みますか?」
そう言って姫子は見那賀へコーヒーチェーン店の無料コーヒーチケットを手渡した。
姫子の滑らかな指先が触れ、見那賀の顔が熱くなる。
「え、あ、悪いよ」
配信を止めたお詫びと解釈した見那賀は、慌てて返そうとした。
中学二年生では、無料チケットもまあまあの価値がある。
しかし姫子は返そうとする見那賀を押し留める。
「よく見てください。使用期限を」
「あ、今日までだ」
「そして、もう一枚」
「あ、今日までだ」
姫子が見せたもう一枚のチケットを見て、なるほど、と見那賀は得心した。
罪悪感染みた遠慮の心も消えた。
このコーヒーチケット。おひとり様一会計一枚までという条件付きで、今日まで期日だ。
在庫処分とも取れるが、同時に一種のデートのお誘いにも取れる……が、実質は配信を止めたお詫びだろう。
見那賀は勘違いだろうと精神的逃げ道を用意していたが、続く姫子の発言が打ち消してくる。
「あ、できたら配信の準備とか道具もお願いします。一緒にそういう見たりお話も聞きたいので」
やはりデートなのでは! と、見那賀の心臓が跳ねる。
「いや〜。大物配信者になると違うなぁ〜」
走り去る姫子の背を見惚れつつ、見那賀はまいったな〜っと頭を掻いた。
学園で人気の小桜姫子が、配信に興味があるような子と分かって見那賀はちょっと意外に感じた。
そういうのに興味がないというか、軽薄さなんてないと見那賀は思っていたが……。
人によっては幻滅する男子もいるだろう。
……まあそれも勝手にイメージを神聖化して、勝手に幻滅しているだけなのだが。
「……とりあえず、リアルタイム配信で近所を歩くの止めるか」
いつ魔法少女が現れるかわからないので、配信していたがプライバシーの問題や今回のようなこともある。
冷静になり一応、見那賀は反省はした。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
その日の夜は、少し肌寒かった。
姫子が手渡したコーヒーチケットは店舗限定だった。
店舗は駅から少し離れた場所にあり、主要道路に面している。
見那賀は一人用の席に案内されそうになったが、「待ち合わせなので」と断る。
この際、「後からくる子に驚くなよ」という店員へ自慢したくなる気持ちが湧いた。
待ち合わせ時間にはまだ少しあるな、と見那賀はバッグに入れた撮影道具を確認する。
すぐに取り出せるようにバッグを整理していると、けたたましいクラクションと車が何度も衝突するような音が聞こえてきた。
「なんだ、事故か?」
会計を終えたばかりのサラリーマンたちが、野次馬となって店外へ出ていく。
まだ注文をしていなかった見那賀も、勘が働いて配信撮影用道具を持ってそれに続いた。
果たしてそれは大正解だった。
魔女アングザイエティーズ・キスの姿を、見那賀のチャンネルは世界へ配信する一人となった。
なお、コーヒーチケットは無駄になった。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
三度のスコラリス・クレキストとの遭遇。
加えて魔女アングザイエティーズ・キスの登場までカメラに収め、配信したとなれば見那賀のチャンネルは再生数祭りと新規登録者祭りである。
彼の「みんながチャンネル」は、登録者数十万に迫っていた。
もはや中学生の配信者では、トップクラスと言っても過言ではない。
多少、カメラワークが素人で、最高の画角でも画質でなくても、四度も目撃者となれば偶然で済まされない。
魔法少女の関係者ではないかとも疑われ始めてもいた。
「昨日はすみませんでした」
昼休み。
やけに人がいない部室棟の近くで見那賀は、姫子に頭を下げられた。
「いや、あんな騒ぎじゃしょうがないよ」
アングザイエティーズ・キスの騒動だけでも相当の混雑だった。
逃走する車があちこちで接触事故を起こした上に、警察が大勢集まった状態で中学生の女の子が現場へたどり着くのは難しい。
「そ、それにお店にいたおかげで、魔女の映像も取れたし再生数が一晩で六桁もいったし、あー、コーヒーチケットは無駄になっちゃったけどそれ以上だよ! それに魔女の映像も取れたし、近くで生で見れたから!」
大丈夫だったと伝えるため、しどろもどろに良かったことを並べる。
そんな見那賀をじっと顔を見てくる姫子。
「な、なに?」
「……気がつきませんか?」
(これはあれか? 髪型とか違うのに気がつかない男ってやつか?)
見那賀は必死に違いを探したが、すぐに観念した。
「ご、ごめん。わからない、です」
「ふふ、これは宿題ですね」
素直に謝ったのが面白かったのか。
姫子は笑って許してくれた? ようだった?
とにかく見那賀は安心した。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
それから見那賀は時々、姫子に動画撮影を手伝ってもらうことになった。
>: 今日は美少女アシスタントいないの?
<: アシ子ちゃんいないなら帰ります!
>: オレはみんながのファンだよ!それはともかくアシ子ちゃん呼んで!
<: 騙されるな、俺のみんなが! その子は自分が配信者になるときの踏み台にしているんだ!
>: 最近、リアルタイムじゃないのは、アシ子ちゃんのためかな?
決して油断しているわけではないが、素人の撮影である。
ごくごく稀に、姫子が映像に映ってしまうことがあった。
編集でカットしてはいるが、それでも協力者がいることは動画の映し方で視聴者にバレてしまう。
そのため姫子目的で視聴している視聴者もぼちぼち増えてきた。
まだそれだけが目的という人は少なく、荒れることはないがこれも時間の問題だろう。
幸い、姫子の名前を言ってしまうような大ポカはしていないため、辛うじて彼女のプライバシーは守られている。
見那賀は世界が変わった中で、姫子に関わり生活も変わりつつあった。
そんな一週間が過ぎ、待ち合わせのバス停で見那賀が立っていると姫子から連絡があった。
>: ごめんなさい。うちの猫が怪我しちゃって病院へいくの!
◯: 大丈夫だよ。大変だけど、気をつけてね!
<: ありがとう
言葉みじかにメッセージを交わし、スマホをポケットにしまう。
「……さて。じゃあ今日は一人でやりますか」
人の少ない通りだから、久々にリアルタイムで配信をしようと切り替える。
見那賀はスティックカメラだけを取り出し、配信を始めた。
一通りの少ない区域で、うろうろしながら説明のナレーションを付ける。
配信をしながら見那賀は思う。
よく創作界隈……アニメや漫画、WEB小説等では、スマートフォンが普及して話が書きにくいという意見が出る。
たしかに「今まで通りのお話」ではそうだろう。
しかし、「今まで通りのお話」ではなければどうだろう?
誰もがすぐに情報をスマートフォンで掴まえて、それを瞬時に世界へ発信できる。
確かに昭和で流行った伝記物やホラーなどでは、あまりに煩わしくそのメゾットを使えないだろう。
だが、こんな誰でも発信し、キャッチできる世界が当たり前となれば、それに準じた作品が出てくる。
今、現実がそうなっているのだ。
これが三十年前、四十年前だったら、人知れず戦う魔法少女と闇に潜んだ悪の組織という構図だったろう。
だが今は違う。
世界が変わったせいで、創作の世界も変わっていくだろう。
現実が創作に追いついた今、魔法少女モノも増えていくことだろう。
不可思議や謎が、スマートフォンに収められるお話も増えることだろう。
現状の魔法少女騒動は、これら創作の参考となるだろう。
その変えていく一コマに、見那賀も関わっている。
世界のすべての人が関わっている。
いずれ一人称、三人称多元視点という書き方に加え、掲示板形式が発展した「多元ネット称」などという手法が生まれるかもしれない。
すべての人がその場にいるだけで、目撃者で、伝承者で、語り手で、聞き手なんだと、見那賀は確信していた。
見那賀の常民という独特な名前には意味がある。
父親がいうに常民という名は、もともと「じょうみん」と読み、古来は里から出ず常に住む民的な意味だったという。
それがやがて民俗学では、生活を担いながら民間伝承を担う人を指すようになっていった。
彼の父は「大切な日常を守りつつ、人へものを伝えていける人物」になるよう願って名付けた。
「僕の名前の通りなんだ」
皆が常民となった世界で、誰もが変わりゆく世界で舞台にかぶりついている。
それを地元で常に生活している自分が、いや誰かが常民として世界へ、未来へと語り継いでいく。
「大変だ! 魔女がっ! アングザイエティーズ・キスが出たぞ!」
大通りの方で叫ぶ人がいた。
見那賀はやった、チャンスだと駆けだした。
コメント欄の流れが早くなり、視聴者数のカウンターが激しく増加し始める。
変わり果てた世界では、新しい伝承者として見那賀 常民はこれかも活躍していくはずだ。
◇ □ ◇ 魔 ◇ □ ◇
「そうだったらいいですね……。見那賀くん」
駆けつけた人気配信者のカメラを見つめ、黒い魔女は怪しげに笑った。




