皆が常民! 1
見那賀 常民は、鵤木中学校の二年三組に所属する十三歳の男子中学生である。
親しい友人からは、「ツネッター」とか「ツネッタ」と呼ばれるどこにでいる男子中学生だ。
俯瞰して見れば平均的な男子中学生であり、近視眼的かつ色眼鏡もつけて最大限好意的に見れば、やるときはやる勇気のある男の子である。
見那賀は中学二年の五月のある日、世界が変わる予感を覚えた。
「吾輩が休職した八ッ国木先生に代わって、諸君らの担任となる出杉・プ・リーナだ」
十歳くらいにしか見えない少女……女性が、見那賀たちのクラスの担任となった。
「プリン先生ですね!」
クラスの女子で、一番明るい女の子。岸 小夏がさっそく少女のような先生に仇名をつけた。
「プリンちゃーん」
「プリンせんせーい」
「プリンちゃん先生ー!」
「ええい、静かにせんか! では、生徒諸君! 業を授けよう! テキストの68ページを開け!」
クラスのみんなが先生をからかい、見那賀もその中に混じった。
プリン先生は小さい身体を必死にバタバタさせて、授業を開始した。
ここまでだったら、それほど世界が変わる予感は感じなかっただろう。
それが次の瞬間変わる。
「おい、待ていっ! 俺様の紹介が先だろう」
教室の戸を乱暴に開け放って、長い髪をポニーテールにした少女が乗り込んできた。
見那賀は心臓を射貫かれた。
乱入にびっくりしたのもあるが、その荒々しく威圧感を放つ少女に、どこか凜として洗練された気配を感じたからだ。
そんな印象を抱いたあと、彼女が美人であることに気が付いた。
彼女の顔立ちは、あの気配や威圧感に起因していないのだろう。
先に写真や画像を見て、美人という印象を抱いてしまったら見那賀はこんなにも衝撃を受けなかっただろう。
見那賀は世界が変わる予感を覚えた。
しかし、それは正しくもあり、思い違いでもあり、フライングでもあった。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
その日、見那賀少年は区内の総合病院を訪れていた。
日曜日ということもあり、外来患者はほとんどおらず駐車場は空いている。
祖母の見舞いを終え、洗濯物の入ったバッグを片手に駐輪場へ向かう。
見那賀少年はこの日、真に世界が変わる時を目撃する。
「オレはウインドミルアッパー男! この発電量の怪しい風力発電機! きっと【モニュメント】に違いないだろう! がはははぅ!」
しばらく動いていなかった風力発電機の上で、ボクシング選手の恰好をしたマスク男が、妙なことを叫んでいた。
驚きはしたが、まず映画か何かの撮影かと思った。
周囲の状況と反応を見て、そうではないと思ったころ、ボクシング姿の男は風力発電機の上から飛び降りた。
誰もが大惨事を予想したが、起きた惨事は予想外だった。
怪人を名乗るウインドミルアッパー男の放ったパンチが、風力発電機を一撃で破壊した。
ブレードが圧し折れつつ、発電機は駐車場の放置自動車の上へと落ちて爆発、炎上した。
一方、ウインドミルアッパー男は静かに地面へ着地した。
「ほ、本物だ」
なにが本物で偽物なのか、まったくわからないことを言いながら見那賀少年はポケットのスマホへ手を伸ばす。
慌てて取り出したスマホを取り落とし、画面が割れるがそんなショックより目の前の衝撃の方が大きい。
すぐに拾ってカメラ機能を機動し、燃えて黒煙を上げる風力発電機と車を背に、ゆっくりと立ち上がる怪人を撮影する。
SNSで配信しながら、これから起こる事件を見那賀少年は目撃する。
激しく流れていくコメントを追いきることはできない。
「か、怪人だ! 悪の組織の怪人が鵤木病院に現れたぞ!」
:> 怪人w
:< どういうイタズラ配信だよ
:> いやマジだ!あちこちで配信されてる
:< バズりまくりじゃん!
:> 支柱を殴って破壊してる…
:< 人間じゃねえ
これだけでもネットで大騒ぎなのに、もっと世界を興奮させる存在を、見那賀は世界へ配信する。
倒れた支柱に巻き込まれそうになった子供たちを助け、風のように青い少女が走り抜けた。
見那賀の素人撮影は少女の動きを捉えきれなかったが、それによって彼女の速さをより物語るカメラワークとなった。
「な、なんだ! う、うそだろ……」
助けた子供を親元に返し、振り返る薄い青い少女。
印象は強いのに、誰に似てるともわからない不思議な女の子が、短いスカートを翻して怪人ウインドミルアッパー男に相対する。
差し向けられる魔法のステッキ。残光がハート型となって弾ける。
腰のリボンがピンと後ろへ伸びて、星のような光が飛ぶ。
「タイダイテール! あんたたちの人様への迷惑っての考えなさいよ! これ以上やるなら、このスコラリス・クレスキトが許さないから!」
風力発電機を破壊するような怪人相手に、一歩も引くことなく立ち向かう少女は一言で表すなら
「ま、魔法少女……」
見那賀の口からついて出た言葉はあまりに馬鹿らしい。
だがそれ以外の表現がなかった。
そしてそれは周囲の人たちも、配信を見ている人たちも同様だった。
CGとスタントとアイデアを満載したアクション映画でもないとできないような大立ち回りを、魔法少女と怪人が繰り広げる。
助けられた兄弟は、一発でスコラリス・クレキストの名を覚えて応援している。
ネットではまだ名前が表記揺れしているのに。
見那賀は二人の戦いを間近で撮影した配信者の一人となった。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
果たして翌日の月曜日、世界はまったく変わっていた。
朝の8時台から民放で始まる報道バラエティだけでなく、ちゃんとしたニュースですら病院で戦う魔法少女と、破壊活動をしたタイダルテールとなのる組織の怪人について報じていた。
見那賀の父親が読む新聞ですら一面ではないとはいえ、怪人と魔法少女を報じている。
まだ報道を信じていない人も多い。
わかる人は、ネットなどより都合が良かったり自分好みでない内容でなければ及び腰で報道が遅れるテレビや新聞が、大々的に報じているので事実の可能性が高いと気がついている。
だからといって信じられない人の頭が固いわけでもない。
あまりに変革が急激であり、内容が現実味を帯びていないのだ。
通学に見那賀が使うバスの中でも、スマホで魔法少女について報道を見ている人たちがいる。
さっそくまとめ動画など出ていて、見ている人たちもいた。
バスを降りて学校へ向かう緩い上り坂でも見那賀の耳に入る話題は、もちろん魔法少女スコラリス・クレキストだ。
「配信みたぞ! 見那賀! お前ツイてるな!」
「いいなー、ツネッタ。クレキストちゃんを間近で見られたんだろ?」
スコラリス・クレキストの際どい内容の話題をするたび、近くの席の岸 小夏が怪訝な顔でこちらを見てくる。
あまり女子の前で、騒ぐ内容でもないな。と、少しトーンを抑える見那賀。
「驚いたのはボクシング男、いやウィンドミルアッパー男か。あいつもだよ」
「あんなの出てきたら、警察、なんもできねーぞ」
「悪の組織とか日本にあるかな」
話題を怪人へ切り替えたころ──
「うおーっすおはーよっす」
独特な挨拶をしながら、教室に出杉笛奈が入ってきた。
話題の転校生もいつの間にか日常となり、今日に至っては魔法少女の話題で霞んで見え……るはずだったのだが、見那賀は逆に彼女がよりいっそう輝いて見えた。
◇ □ ◇ 汎 ◇ □ ◇
見那賀は同年齢の配信者の中でも、一歩抜きん出た存在となった。
もともとは地元下町の風景を、あちこち歩いて紹介する程度の配信だった。
よくて二桁の視聴者に、再生数が三桁になれば大喜びだった。
それが病院での魔法少女と怪人の一戦は、配信時に三千人の視聴者をスコアし、アーカイブはあっという間に百万再生を叩き出していた。
近いうちに一千万を超すかもしれない。
また、地元の風景を紹介していたのも大きい。
話題の魔法少女が現れた街の紹介だ。
世界中の人が、魔法少女の現れた街を見てみたいと関連動画として開くことがあるからだ。
過去動画もぼちぼち一万再生を出す物もでてきた。
学校でも見那賀は有名になり始めた。
「お前の動画見たぞ!」
「未編集のクレスちゃんの画像クレクレす!」
「ついてるよな、お前!」
学校で他のクラスの生徒や、よく知らない先輩まで声をかけてくるようになった。
実際、見那賀はかなりツいているほうだった。
地元に現れたスコラリス・クレキストとは、高確率で出会っている。
都内でも地元ではない遊覧船ジャックや公園の高品質版偽タイダルテール。それと都外の面踏み蹴り男の時は、現場に居合わせることはなかった。
しかし、乗馬男と火事での被災者救助には、その場を通りかかった。
動画の撮影のため、地元をあちこち移動してるとはいえ、三回も出会えた配信者は彼だけである。
一部では、見那賀を「神」と呼ぶ者までいる。もちろん、この神とは軽い扱いネットミームだが、それでも影響は見逃せない。
伸びていく動画と、増え続けるフォロワー。
収益化も容易に通り、当て込んで機材も買い揃え始めた。
彼の地元を紹介するという二番煎じも大量に増えたが、見那賀の動画再生数は十歩も百歩も抜き出ている。
伸びない配信者だった見那賀の世界も変わっていく。
見那賀が調子にノる以上に、もっと世界が調子にノっている。
──そんな時だった。
「見那賀さんですか? あなたの動画、見ましたよ」
鵤木中学校で一番の美少女……いや、近隣の学校でもトップレベル、いや一番ではと言われる美少女、小桜 姫子が見那賀に声をかけてきた──。




