第50話 業を授ける者
スコラリス・クレキストの誘導と、エティーズ・ルテティアの治療が適切に行われ、完全に三人の舞台となった公園でカラテキック男はこれからが本番だと宣言した。
警察の退避が始まり、若干ではあるが規制線の確保が難しくなる。
これを期にテレビ局が無理な侵入と撮影を始め、ヘリか遠距離からの撮影からやや中距離での映像が放送され始める。
もっとも低画質でいいならば、スマホや防犯カメラやLIVEカメラからの映像をネットで配信しているものがおり、テレビの有利さはその映像品質と人によってはいらないというアナウンサーの実況くらいである。
後日になれば、ドライブレコーダーからの映像も配信されていくことであろう。
「黒くて黒い陰鬱な沼!」
戦線に戻ったエティーズ・ルテティアは、さきほど効果があった足場に泥濘を作る魔法を仕込むが、カラテキック男は滑るように魔法の泥の上を移動していく。
しかもスコラリス・クレキストのハート・アングルスを叩き落とし、時には反撃に転じるほどだ。
「な、あの足場でなんで!」
エティーズ・ルテティアこと姫子は、若年ながらいくつもの武道を収めている。
ほとんどの武道は足場が平坦でしっかりしていることを想定している。
むろん、戦場を想定してさまざまな対処が為されている武術も、古来からあったがそのほとんどが失伝していた。
「エティーズちゃん! 一緒に力を合わせて戦おう!」
「ええ、そうね!」
小細工はいらないと判断し、二人の魔法少女は合流して攻撃に転じた。
撃ち込まれるハート・アングルスに紛れ、エティーズ・ルテティアがカラテキック男に負けない打撃を繰り出す。
その正当で正確な格闘攻撃を、カラテキック男は笑いながら捌く。合間にスコラリス・クレキストが無手勝流な攻撃を挟んでくる。
それだけならばカラテキック男も軽く対処できるが、このタイミングで的確な追撃をエティーズ・ルテティアが叩き込んでくる。
これには驚くカラテキック男。
「なるほど……。白が抑え、青が隙を作り、白が正しく攻撃するか」
アドリブで技を出してタイミングを合わせる流れは、スコラリス・クレキストが優れている。
そして武道を修めているエティーズ・ルテティアは、しっかりとした攻撃を適切に打ち込む。
カラテキック男を操る笛奈は、ここから遠く離れた場所でほくそ笑んだ。
先達として後進の成長はとてもうれしい事だ。
そして警察相手に、少し本気を出していて良かったとも思った。
これが今までの怪人のつもりでいたら、何もできないで倒されていただろう。
止まらない連撃に、カラテキック男はじりじりと追い詰められていく。
しかし本当に追い詰められたと魔法少女たちは思っていない様子で、連撃を止めようとしない。
二人の攻撃が上下に振り分けられているが、すべてがなんなく捌かれている。
「覚えておけ! 古来よりカラテは多対一を想定している!」
一見すれば滑稽にも見え、なんの動きなのかわからない型を見せるカラテキック男。
吸い込まれるようにその流れに巻き込まれ、スコラリス・クレキストの攻撃は押し返された。
隙を突いたつもりのエティーズ・ルテティアは、蹴りを綺麗に捌かれてバランスを崩し大きく体を崩す。
手をつき低く身を構え直すエティーズ・ルテティアを飛び越えて、スコラリス・クレキストが飛び蹴り放つが、ふわりと上に流されてくるくると回り斜め後方へ流された。
ただ構えを変えるだけで、それが三方からの攻撃を誘い、捌き、受け流す型だった。
「くっ! 私たちに講義でもしているつもりなの?」
「はっ! 講義だと? ちがうな。いいことを教えてやろう」
一連の攻撃をすべて受けきったカラテキック男は、低い構えのまま交互に足を交差させつつ後退していく。
知らない人がみれば大げさなガニ股に見え、この歩法は決してかっこいいとは言い切れない。
無骨でもあまりに自然な動作すぎて、誰かが後ろから見えない紐で引っ張っているかのようで付け入る隙がなかった。
「これは授業だ。業を授けると書き、授業だ。同時に敵を倒すという業も授けることになる! 倒さねば、倒されるという業だ。この業を授けてやろう!」
勝負事の常であり業の実践であるとばかりに、カラテキック男の攻撃が繰り出された。
一気に形勢が逆転し、二人同時に押し込まれていく。
むしろ二人が互いに邪魔となり、不利になっていく。
「どうしたどうしたぁ! 仲良しお遊戯は終わりかぁっ?」
いつでも押し返せたのだと言わんばかりに、カラテキック男の動きが加速していく。
ついていくのが精いっぱいになればなるほど、魔法少女同士の動きが互いに邪魔になる。
「っ!」
「エティーズちゃん!」
と、そこでエティーズ・ルテティアが転んだ。
さきほど彼女自身が仕込んだ黒い沼、【黒くて黒い陰鬱な沼】に足を取られたのだ。
「自爆とは笑えるな……なんだと!」
笑おうとしたカラテキック男が驚いた。
転んだエティーズ・ルテティアを、スコラリス・クレキストが助け起こそう……という振りをしてカラテキック男の足元に向けて投げ飛ばしたのだ。
「そこっ!」
よく滑る黒い沼の上を滑走し、エティーズ・ルテティアの足払いがカラテキック男を横転させた。
一瞬のアクシデントから、一瞬の逆転劇。
転倒しそうになったカラテキック男は、中段横受けの体勢を取る。
中段横受けとは、空手でよく見る受け流しの動作である。
腰に当てていた手を反対の引手の下に差し込んで、胸の前を捻りながら拳を肩の高さに戻す受けの動作だ。
倒れるのに、なぜ打撃の受けをするのか?
それはスコラリス・クレキストが、倒れるカラテキック男を殴りつけてきたからだ。
スコラリス・クレキストの攻撃を捌くと同時に、倒れる方向に向かって横受けをすることで腕の横全体で受け身を取ることができる。
受け流しと空手式の横受け身を、カラテキック男は同時に繰り出した。
スコラリス・クレキストもエティーズ・ルテティアも、ありきたりな型をつかった実戦的な動きには驚いた。
特に武道の経験のあるエティーズ・ルテティアにとって、打撃を受ける技で転倒の受け身をするとはまさしく常識外であった。
だが、それ以上にスコラリス・クレキストの感性は優れていた。
拳を受け流され、彼女もいっしょに倒れるかに見せた……が、自分から跳んで回転を加えカラテキック男の袖を巻き込んでいく。
「とりゃーーーーっ!」
「なんだとーっ!」
受け流し技を横受け身と同時に使ったカラテキック男の常識外以上に、スコラリス・クレキストは受け流された反動をそのまま全身で増幅させた。
受け身を取って衝撃を全身へ逃がしている最中のカラテキック男をムリヤリに引き起こし、高く上空へと投げ飛ばす。
投げとはいえない運動エネルギーの嵐に巻き込まれ、カラテキック男の身体が舞い上がる。
「うっそだろーっ! 肩抜けるぞ、こんなのーっ!」
カラテキック男を操る笛奈は、スコラリス・クレキストの魔法強化ありきな埒外すぎる投げ技に衝撃を受けた。
しかし、カラテキック男をも然るもの。
全身の関節を捻って空中で体勢を立て直す。
物理の法則に反しているが猫はできるので、笛奈もアバターの機能ありきでできる。生身ではできない。
「やるじゃないか! 魔法少女ども! だが投げ飛ばしたくらいではなぁっ!」
どんなに高く飛ばされようと、カラテキック男は地面に軟着地できる。
落下中にも何度も身体をひねり、足から静かに幹線道路へ着地し──
怪人カラテキック男は園児バスに撥ねられた!
辰島 辰五郎(78)が運転する園児バスは、ちょうどカラテキック男の着地地点に通りかかったのだ。
いくらカラテキック男が高い位置から着地できようとも、落下地点を変えることはできない。
間が悪かった、としか言いようがなかった。
拳銃弾を捌き、攻撃魔法を弾く気を纏おうとも、単純な質量と運動エネルギーには効果が薄い。
腕や身体の回転ではバスを捌ききれないし、纏う気とて接触を阻むことはできても物理的な運動エネルギーの譲渡が肉体にされてしまう。
結果、カラテキック男はアスファルトの上を転がって行き、「止まれ」の標識にぶつかって止まった。
これを近くのビルの上で見ていた総統ディスキプリーナは、しばし呆然としたあとにコマンドワードを叫んだ。
「………………回収!」
直後、倒れているカラテキック男の身体が、ボカーンという煙幕多めの爆発によって高く空に舞い上がった。なおこの煙幕に、セメント粉は混ぜられていない。
「これで勝ったと思うなよー! マジでバスさえなきゃ──」
負け惜しみを言えるくらい、カラテキック男は結構元気だった。
しかし戦えるほど元気ではなかったので、ディスキプリーナの判断は間違っていない。
おかげで滑稽な悪役の撤退シーンとなり、新宿を恐怖のどん底に陥れた怪人としては、なんともしまらない退場となった。
最近、猫が空中で身体を捻って足から着地できる運動の原理が解明されましたね。
くの字に曲げた体の上半身と下半身を互いに逆方向へ回すとかいう…なんだ猫やっぱ液体か?




