第5話 魔法少女誕生……か!?
ゴールデンウイークが終わり、爽やかな朝を迎える鵤木中学校に、臨時の先生が赴任してきた。
「吾輩が休職した八ッ国木先生に代わって、諸君らの担任となる出杉・プ・リーナだ」
彼女は先生というには、あまりにも小さかった。
幼く、胸薄く、軽く、そして可愛いすぎた。
それはまさに幼女だった。
鵤木中学校二年三組の生徒一同は、連休明けの気だるさを、幼女のような先生によって吹き飛ばされた。
教室は騒然となり、生徒たちは周囲の学友とヒソヒソと会話を交わす。
「え? 小学生?」
「歳、一桁っぽくね?」
「先生って言った?」
「今、担任って言ったよね?」
「名前なんだっけ?」
「出杉……プ?」
「プ?」
「プ?」
「プってなんだ」
教室がざわつく。
生徒たちは幼女姿の先生にも驚いたが、ミドルネームのプも気になった。
「出杉・プ・リーナだ」
ディスキプリーナは黒板に名前を書きしるし、胸を貼って偽名を再び言い放った。
それは出杉というには、あまりにもぺたんこだった。
「プリンちゃんだね」
元気そうな短髪の女子生徒が、手を上げてさっそく出杉先生……悪の総統ディスキプリーナの愛称を決めた。
彼女の行動一つで教室の騒乱が収まり、和やかな笑顔に包まれた。
「プリンちゃーん」
「プリンせんせーい」
「プリンちゃん先生ー!」
触発されて悪ノリする生徒たち。
「プ・リーナだ!」
子供っぽく両手を振り上げ怒鳴るディスキプリーナ総統。いや、プリン先生。
「わかりました。プーさん先生ですね!」
「吾輩はハチミツジャンキーなクマか」
お調子者の男子生徒が、各所でアウトラインの愛称を叫んだので、ディスキプリーナは慌ててしまった。
笑いで和やかに、だが騒々しくなる教室。
「ええい、静かにせい!」
プ・リーナ先生がぶんぶんと両手を振り回し、生徒たちを鎮めさせた。
生徒たちがにやけながらも大人しくなると、ディスキプリーナはわざとらしい咳払いをしてみせ教科書を開いた。
「では、生徒諸君! 業を授けよう! テキストの68ページを開け!」
決め顔で決めセリフを言い放ち、授業を始めようとするプリーナ。
その授業開始の合図と共に、ガラリと教室の前の戸が開かれた。
「おい、待ていっ! 俺様の紹介が先だろう」
目つきの鋭い少女が入室してきた。
長い髪は侍のようにポニーテール。女子としては背は高く、凛々しく射貫くような目つき。
彼女が持つ雰囲気と腹に響くような大声、そして急な状況に教室の雰囲気が凍り付く。
「おお、すまん。そうじゃった。転校生の紹介をしよう。笛奈さん。入りたまえ」
「もう入ってんだよ! 全身! まるっと! 全部!」
教室がドッと湧いた。
見た目幼女の教師と、目つきの鋭い少女とのやり取り一つで、教室の冷たい緊張が吹き飛んだ。
少女はズンズンと黒板を横切り、出杉・プ・リーナと書かれた文字の横に、大きく達筆で『笛奈』とだけ書き込んだ。
可愛らしく丸っこいディスキプリーナの字とは対照的だ。
「出杉笛奈だ。よろしく」
ぶっきらぼうな自己紹介。その名字を聞いて、生徒たちは一斉にプリン先生の顔を見た。
「うむ、そうだ。こやつは出杉笛奈。名字からわかるように、実はこやつ、吾輩の妹だ。教師という立場上、贔屓はできんから、諸君らによろしく頼む」
休職した教師の代わりに来た教師。その転勤に同居していた妹がついてきた。というカバーストーリーだ。
当初、まったく無関係という設定にしようという計画であったが、なにかと学校内で相談する可能性が多いので、いっそ姉妹としてしまった。
親しく会話をしているところ見られても、家族だからとあまり話題にはならないだろうという考えである。
「よし、笛奈の席はそこ! えー……神田の隣だ」
教室内後方の空間を指示した後、わざとらしく席順と出席簿を見比べて笛奈の席を決めさせた。
笛奈は端に寄せてあった机と椅子を、軽々と持ってその空間に設置した。
「ねえねえ。笛奈さんのお姉さん、本当に大人なの?」
特殊なツインテールをした女の子が、凶悪な目つきの笛奈に恐れず、ヒソヒソと声をかけた。
授業中のおしゃべりである。
「ああ、遺伝子的な問題なんであまり聞かないでくれ。センシティブな意味と難解さの意味で」
「あ、うん、ごめんね」
女の子は気まずそうに肩を竦めて授業に戻った。
その横顔を半眼で見つめて思う。
──こいつが、一人目の候補か。
笛奈は無関心を装いながら、話しかけてきたツインテールの女の子のパーソナルデータを思い起こす。
神田 凜々花
中学二年 十三歳。
成績は中の下。
チアリーディング部所属。
家庭環境は概ね良し。共働きの両親とペットの犬。学校からちょっと離れたマンションから通っている。
校内で1,2を争うほどのとりわけた美少女であることと、中学生離れしたスタイルの良さを除けば、普通の明るい女の子だ。
──まずは人なりを見る。
魔法少女誕生計画は、ついに始動した。
◇ □ ◇ 人 ◇ □ ◇
二度目の中学生生活初日が終わり、笛奈は自宅として利用している郊外のマンションの最上階へと帰宅した。
隣は戦闘員アー・ガー・ぺーが入居している老人ホームだ。
地下で秘密基地を介して繋がっている。
笛奈は着替えてから適当に冷蔵庫の中の食品をつまみ、小腹を満たしてから地下の秘密基地へと足を向けた。
最上階の専用エレベーターに乗る。
専用エレベータは地下一階と一階と最上階しかない止まらないのに、地下と十階分、合計十一個のすべてのボタンが並んでいる。
それらのボタンを手早く押し、18桁分の暗証番号を入力し、最後に地下ボタンを押した。
最上階専用エレベーターは、地下深くにある秘密基地への専用エレベーターでもあった。
地下につくとエレベーターのドアが開き、ダミーの扉が並ぶ円形ホールがある。
エレベーターから降りると、笛奈は迷わず一つの扉を選んで開き、その先にある通路を突き進む。
やがて行き止まり……その二つ前のドアを開いて入った。
そこは作戦室と呼ばれる部屋で、会議室よりは施設が充実していた。
備えつけの重厚な大型テーブルが部屋の中央に一つ、活動に必要なオペレーター席やモニターや機器類が並ぶ……が、半分の機器は可動状態ではない。
戦闘員ぺーが一人、作戦室でスマホゲームをプレイしていた。
「お前、一人か」
「あ、志太さん? おかえんなさい。ええ、中尉殿と伍長殿は孫やらひ孫やらが来てるんでいないっスよ」
スマートフォンの画面から目を離さず、手を振って答えた。
笛奈はぐるりと周囲を見回す。
「戦闘員組は上での生活があるし、俺様たちも潜入で基地ががら空きだな」
広い基地は大部分が自動で稼働している。異次元の不思議な力のおかげだ。
しかし誰もいないというのは、信頼できないし
「留守番、というかオペレータ要員も欲しいっすね。あとで総統にお願いして……」
人員不足について語り始めた時、作戦室のドアが静かに開いた。
二人が注目すると、そこにはトレードマークのクマの人形をギュッと抱きしめて、渋い顔をする総統ディスキプリーナの姿があった。
苦々しい……心底、苦々しいという表情だ。
「総統。どうされたんで?」
ペーが何事かと、スマホゲームを中断してまで駆け寄った。
戦闘員ぺーには家族がいない。彼は総統ディスキプリーナをからかう時もあるが、孫のように大切にする面もあった。
「まだ計画始動したばっかりなんだし、体調悪いなら一休みしても」
「そうではない」
「じゃ、何があったんで?」
「むう……先ほど学校から連絡があってな」
ディスキプリーナは戦闘員ペーに気遣われ、意を決したように重々しく口を開いた。
「神田凜々花が……リリカが事故で入院した」
「計画頓挫っ!?」
衝撃の計画頓挫!
初手、魔法少女誕生計画は、延期の憂き目にあった。




