第2話 悪の組織 タイダルテール
『昨日、午前8時ごろ、東京○○市において悪の組織を自称するタイダルテールの怪人カラテパンチ男を名乗る男性に、園児バスが襲われましたが、魔法少女スコラリス・クレスキトちゃんの活躍により撃退されました。この事件での怪我人はありません』
「いるぞっ! ここに怪我人が一人っ!」
世界の支配を狙っているとされている悪の組織、タイダルテールの地下基地最深部。
まがまがしく朱く暗い部屋で、壁に設置された大画面モニターが夕刻のバラエティーニュースを放映していた。
これを見ていた怪しい鬼面の少女が、モニターへ剥ぎ取った仮面を叩きつけいきり立つ。
怪人カラテキック男……のアバターを操っていた少女だ。
中学生くらいに見える肉体年齢の割にやや背が高く、鋭い目つきは睨みつければ対峙する相手を射貫いてしまう印象だ。
しかし、どこを見ても怪人などではない。
見た目は凛々しくも可愛らしい少女であった。
「くっそ~っ! なんなんだよこのアバターってヤツは! 半端にダメージがフィードバックされて、痛いじゃ済んでねぇぞ……」
モニターに当たって跳ね返った仮面を拾い、ぶつくさと文句をいう少女。
園児バスに撥ねられた怪人は、地球には存在しない技術で作られたアバターである。
少女が長年の人生で経験した対戦相手を忠実に再現し、アバターとして遠隔操作できる……のだが、ダメージが幾ばくかフィードバックするという問題があった。
「まったく、なにが活躍だ。俺様は魔法少女なんかに負けてねぇっ! 園児バスに負けたんだ! あとカラテパンチじゃねぇ! カラテキック男だ!」
少女は世界最強の人間である。
改造などされていない。
長年の修行で世界最強の女となった、ただの人間である。
だが園児バスには負けた。
悪の組織に所属し、怪人を自称しているが、彼は特に改造など受けていない。
人工的に作られた人間でもない。
不思議な力を神から授かったわけでもない。
少女は世界最強だ。
カラテキックの外装は、むしろ足かせ……魔法少女へ対してののハンデである。
彼女がその気になれば、魔法少女が五人いようと敵わない。
だが園児バスには負けた。
その事実を茶化すものたちがいた。
悪の組織の戦闘員、総勢三名である。
「園児バスに負けた。それはそれでどうかと思いますが?」
姿勢正しく椅子に座り、報告書纏めているリーダー格の戦闘員【アー】。
「バスに乗っているのは園児たちだし、実質園児に負けたと言えるんじゃなかろうか?」
ソファに座り、まるで老人のように腰を曲げ、武器のスコップを立て両手を置き、杖代わりにして顎を乗せる戦闘員【ガー】。
「いいね、その解釈。最高に受けるっスよ」
一人で室内をうろうろして、その場の会話のノリに乗ってポーズを決め両手でガーを指差す戦闘員【ペー】。
「うるせぇ! 叩き斬るぞ!」
着ぐるみを脱ぎ捨て身軽になった少女は、近くにあった木刀を持って立ち上がった。
「うるさいぞ! 笛奈!」
少女が戦闘員に襲い掛かろうとしたその時!
仰々しい扉が開け放たれ、威厳のある声が怪人役を務める少女【志太 笛奈】を叱りつけた。
笛奈と戦闘員たちの動きが止まり、視線が声の主に向かう。
大きな扉のほとんどが無駄になるほど、10歳ほどの小さな少女が視線の先にいた。
「ディスキプリーナ総統!」
戦闘員たちが一斉に敬礼した。
悪の組織の総統は、そうとう小さい女の子だった。
黒く長い髪、抱える熊のぬいぐるみ。どこから見ても幼女だ。
しかし驚くなかれ。
彼女こそが、あくのそしきダイタルテールの総統【ディスキプリーナ】である。
「総統、なんの御用でこちらに」
戦闘員アーが、敬礼したまま問う。
小さな総統は、うむと重々しく答える。
「アニメが始まる」
「そんな戦が始まるみたいな言い方で……」
総統のアニメ視聴宣言を聞き、戦闘員ぺーの肩から力が抜けて敬礼が崩れる。
「アニメは御私室でご覧下さいよ」
「こっちのモニタにほうがデカいのじゃ!」
戦闘員アーのご意見など無用とばかりに、家庭的なリモコンを操作して、大画面モニター画面を切り替える。
『緊急少女隊! GOTOバトルフィールド!』
アバンタイトルとともに、爆発音が鳴り響き、5色の少女戦士たちが物陰に隠れていく。
絶え間ない爆発の中、遮蔽物を利用した見事な前進。匍匐前進。可愛らしいその姿があまり映らない。
なかなか斬新な主人公たちである。
そんなオープニング映像に食い入るディスキプリーナ総統。
その愛らしい後ろ姿、微動だにしない。
「では、我々もそろそろ帰るとするか」
「今日の飯はなんじゃろうなぁ」
「みさよさんの尻が恋しいぞ」
戦闘員アー、ガー、ぺーの三人は、マスクを脱いだ。
マスクを脱ぐと、戦闘員らしい黒い全身タイツが萎んでいき、煙となって消え去ってしまった。
代わりに部屋の壁にある三つのロッカーから、三人の老人が姿を現れた。
その三人ともが、齢百を数える老人である。
地下深くに建設された悪の組織タイダルテール本部基地。
その地上は老人介護施設。
戦闘員はその介護施設の入居者たちであった。
しかし、老人と侮ってはいけない。
彼らは三人とも、旧日本軍で第二次世界大戦を戦い、生き残った士官と兵士たちだ。
むろん肉体は老い、そして衰えている。
だが、総統から与えられたマスクを被ることによって、全盛期の肉体をアバターとして取り戻すことができる。
それぞれが刀、銃剣、スコップを装備しており、警官数人を相手にしても負けない。
無論、若返った状態でなければ、走ることすら危険なご高齢の方々である。
──悪の組織はそのような老人を扱き使うのだッ!
これはまごうことなき悪の組織である!
悪の要素がかろうじて一つ見つかってよかったッ!
いやよくない!
カラテキック男の本体である笛奈が、自分でケガの手当を終えるころ、アニメも終わってディスキプリーナ総統が声をかけてきた。
「今日も強かったのぉ、魔法少女は」
「は? まだまだ弱いぞ。俺様が隙を見せなかったら……」
「小夏……いや、クレスちゃんのことではないわ! 緊急少女隊のことじゃ!」
一瞬、総統は魔法少女の本名を言いかけた。
そう。
悪の組織は魔法少女の素性を、完璧に把握しているのだ。
なにしろ魔法少女を創ったのは、悪の組織なのだから──。
「なんだ。アニメの話かよ」
アニメの感想を聞かされるのか、と笛奈が身構えた時、ディスキプリーナの表情が曇る。
「それに比べて、この世界の者たちはなんと弱いことか」
「この世界……俺たちが弱い、か」
感想ではなかった。しかし、それはアニメの感想より、あまり聞きたくない愚痴の類であった。
目を逸らす笛奈に対し、ディスキプリーナの目が追う。
「そう。世界最強のカナキャタクリズミクリィ。お前もな」
怪人役をこなす少女。人類最強の志太 笛奈。組織でのコードネーム【カナキャタクリズミクリィ】は、幼女総統の一言を受けて、かつての自分を思い起こす──。




