第八話 客と商人
「レヴィ様は何故、私の事をmein Schatzと呼ぶのですか?」
「おかしな事を聞くね。mein Schatzはmein Schatzじゃないか」
「そうですか……」
戦いも一段落ついたところで、小休憩を挟む事になりました。丁度いい機会だと思いましたので以前から気になっていた事を尋ねてみましたが、私が求めている返答は返ってきませんでしたね。
着ぐるみのせいで表情は読めませんが、首を傾げるような仕草から心底不思議に思っているのが分かります。
私はそんなにおかしな事を聞きましたか?会う度にmein Schatz、mein Schatzと呼ばれるのは小恥ずかしいものがありますよ。というより私の宝物なんてそう何度も連呼するような言葉ではないでしょう。
「mein Schatzと呼ばれるのは嫌いかな?」
「いえ、レヴィ様にそう思って頂けているのであれば光栄です。ですが、何故私をそう呼んで頂けるのか疑問でして」
「……君はもう忘れてしまったのかい?」
「はい?」
初めて聞く、レヴィ様の悲しそうな声でした。
私が忘れてしまった?記憶の海を潜りレヴィ様との初めての出会いから遡りますが、全く覚えがありません。なんだったらレヴィ様は初対面の時から私の事をmein Schatzと呼んでいました。
その当時は必要がないと判断してドイツを勉強していなかったので、何の意味か分かりませんでしたね。調べて意味を知って余計に混乱したのを覚えています。
それはさておき、レヴィ様は何の事を仰っているのですか?
私と彼女の始めて出会いは良く覚えております。創作物のように危険な場面を助けて貰ったとか、道端でぶつかった運命の出会いとか、そんなにドラマティックなモノではなく、客として来店したレヴィ様に、商人として対応した……そんな始まりです。
それ以上でもそれ以下でもない。需要と供給に基づいた経済的な関係でしかありません。
加えて、私はレヴィ様の事を既にご存知であった為、他の冒険者に売るような商品はリストから外しておきました。特に薬などは政府や警察に見つかれば一発でアウトですからね。
それもあって彼女に提供したのは、私や部下が手に入れて必要ないと判断した───言い方はアレですがゴミとなった魔道具や包帯等の必需品です。
使い方次第では活用方法は思いつきますが、上位互換の魔道具を持っていたので私たちには不要でした。そんなゴミみたいな性能の魔道具でも、初心者なんかは欲しがったりするんですよね。
なので商品としての価値はしっかりとあります。単体では活用出来ませんが、魔道具同士を組み合わせると本来の性能以上を引き出せるものなんかもありますからね。
レヴィ様が私が提供するリストからお買上げした物も、そのような商品でした。質のいい商品とは言えない……それでもレヴィ様は満足気に魔道具を購入して行きました。
何度も何度も、この魔道具は私が入手したものかと確認してきたのは、不可解ではありましたね。私が違法に入手したものか確認していたのでしょうか?しっかりと肯定すればそれ以上は何も言わなかったですし、まぁいいでしょう。
以上が私とレヴィ様との初めて会った際のやり取りです。ろくな会話はなかったと思います。今にして思えば、らしくないほど緊張していたとは思いますが。
その後も何度か客として私のお店に訪れては、そのうち会話を交えるようにはなりましたね。連絡先を交換したのは始めて会ってから三年が経過した頃です。
交換したといってもプライベートなやり取りをする事もなく、あくまでも商人としてレヴィ様に接しておりました。度々お食事に誘われはしましたが、結局行かずじまいでしたね。
ダメですね。どれだけ記憶を遡っても手掛かりはありません。となると冒険者として会う前?
彼女の素顔すら分からないのに思い出すのは不可能な気がします。部下に調べさせるのも手ですが、厳重なセキュリティがあるとか。危ない橋を渡る事になりますね……はぁ。
「本当に、覚えていないのかい?」
レヴィ様の声が震えています。
今にも泣きそうな程、悲しみに満ちている。
その為でしょうか。私たちから少し距離を取った位置で休憩を取っているピン美さまとチン代さまから責めるような視線を感じます。
目がないのに何故視線を感じるのか疑問でしかありませんが、私を非難しているのは分かりますね。とはいえ、現時点の情報では弁明の術はありません。
適当な事を言う方が傷付ける事がある。なら、素直に伝えるべきですね。
「申し訳ありません。記憶になくて」
変化は劇的。
バッと立ち上がったレヴィ様が着ぐるみの頭を外し、素顔を私たちにお見せになりました。これで思い出せとでも言わんばかりの行動。
その顔に見覚えは───ありません。
私の表情を見て、言葉にしなくても伝わったのでしょう。レヴィ様の顔が悲しみに満ち、とうとう美しい碧眼から涙が零れ落ちました。
「生まれ変わったら夫婦になろうって、前世でそう、言ってくれてじゃないか!」
───はい?




