第五話 金の豚
レヴィリア様───彼女から愛称で呼んで欲しいとご要望があり、私はレヴィ様と呼んでおります。
お客様とは一定の距離感を保つ事を心掛けていますが、私に愛称で呼ばれたいがために億単位のお金を積んできたのと、彼女が高ランクの冒険者であるという二つの理由から承諾した次第ですね。
彼女とはなんだかんだ長い付き合いではあるのですが、愛称を呼ばれたいが為にお金を積んできたのは実は世界が変わる前なんですよ。
貞操観念であったり、男女比が逆転した今であれば男性の価値が上がっているのもあり、大金を積まれてもまぁ納得出来るのですが……世界が変わる前ですと、何故?という疑問がつきません。
私の事を宝物と呼ぶくらいですから好意を抱いている事は分かるのですが、諸々の事情があってレヴィ様からの言動は分かりにくいんですよね。
その要因の一つが彼女の異名ともなっている『金の豚』。これが何かというと、彼女が常に身にまとっている着ぐるみです。金色の豚の着ぐるみです。
見た目は一言で言うとギャングっぽい格好をした金色の豚。アニメ風にデフォルメしておりますが、如何にもな黒スーツを着て背中に銃器を背負っていますし、被り物の頭は口に煙草を咥えていますね。これだけで子供向けのアニメではない事が分かりますね。
この着ぐるみのキャラクターは、何世代か前に流行ったアニメ『金色のブーさん -豚に転生したら最強だった-』に出てくる主人公だったと記憶しております。
レヴィ様はこのアニメが大好きらしくその熱量を間違えた方向に向けた結果、主人公のキャラクターの着ぐるみを着てダンジョンを探索するというイカれた行いをして、悪い意味で名前が広がりました。
彼女が着ているのはただの着ぐるみです。冒険者用に作られた専用の防具ではありません。触ればふわふわとしているだけのただの着ぐるみです。
念の為、補足しておきますがレヴィ様が可笑しいだけで冒険者はダンジョンを探索する際に防具を身に付けます。資格取得の為に専門学校に行けば防具の重要性は嫌というほど教えられますからね。防具の有無で生存率は大きく変わります。
あまりに当たり前すぎて政府が推奨する事柄にすら載っていません。それを踏まえた上で、レヴィ様は防具を付けず代わりに着ぐるみを着てダンジョンを探索するという暴挙行った。悪目立ちするのは当然と言えるでしょう。
冒険者の身体スペックからすれば着ぐるみの重量など大した重荷にはなりませんが、頭を覆う被り物は視野を狭めます。
いつ、どのタイミングでモンスターが襲撃してくるか分からない危険地帯、それがダンジョンです。一瞬の油断も出来ない場所で自ら視野を狭め、動きにくい着ぐるみで戦う。
誰もが早死すると思いました。
そんな皆さまの予想を裏切り、レヴィ様はダンジョンの攻略を進め、その強さから討伐不可能とすら言われていた階層主すら個人で討伐しました。
階層主は私も戦った事はありませんが、この目で見た事はあります。日本神話に出てくる八岐大蛇のように複数の首を持つ竜。一目見て分が悪いと判断して、撤退しました。
勝てない事はありませんが、共に来ていた部下を失う未来が視えたのが大きいです。階層主を倒して得る事が出来る名声とドロップアイテム。それらと部下の命を天秤にかけた時、私にとって大事だったのは部下の命でした。それだけの話です。
レヴィ様の場合は誰ともパーティーを組む事もなく、常に個人でダンジョンを攻略していました。自分の命以外に失うものはない。そして、何より───自身が最強であるという自負。
撤退を決めた私たちとすれ違う形でレヴィ様が階層主に挑み、その数日後にレヴィ様によって階層主が討伐されたという情報が世に出回りました。
軍団や専門チームですら匙を投げた怪物の討伐。言葉にすれば重くないように聞こえますが、それは百年単位で止まっていたダンジョン攻略の進行を意味しております。
幾多の冒険者を葬ってきた階層主が倒された事で、人類は未知の階層へと踏み入れる事が出来るようになりました。冒険者以上に研究者が喜んでいたのが、当時のニュースなどでも分かります。
レヴィ様が成した事は間違いなく偉業です。
この一件を機に彼女の評価は一変。見事なまでの掌返しでしたね。『金の豚』という異名を聞いて嘲笑していた冒険者やメディア関係者も今では、その異名を称賛しレヴィ様の機嫌を伺っています。
一時期、着ぐるみを着てダンジョンに潜る愚者が急増して問題にもなりました。それはともかく。
───『金の豚』レヴィリア・オルフェンス様は現代の英雄である。
良くも悪くも彼女はその見た目から目立ちます。
「それではワタシが受付を済ましてくるのでmein Schatzはここで待っていてくれ」
レヴィ様がダンジョンに入場する為の受付をしに離れていくと、残された私に視線が集まるのが分かりました。
好意的なモノもあれば、嫉妬や嫌悪のような悪意、肌を刺すような強い敵意もあります。これらは、世界が変わる前も感じた事はありましたので、今さら思うことはありません。
ただ、この全身を舐め回すようないやらしい視線だけは慣れませんね。
希少な男性の冒険者というだけで視線を集めるというのに、英雄と親しい関係という事で邪推も混じり、余計に視線を集めているようです。特に下腹部を凝視されている感覚があり、気分が悪くなります。
なるほど……これが女性が感じていた、いやらしい視線ですか。このような視線を毎日のように向けられていたら、今の世界の男性が女性を苦手になるのも良く分かります。
私にとって幸運な事は、レヴィ様の関係者という事で近寄る者がいないという事でしょう。誰だって、英雄の機嫌を損ねるような真似はしたくありません。
「おい!」
「………」
「無視すんじゃねーよ。英雄様のペットだから自分も偉くなったと勘違いしてんのか!」
前言撤回いたします。世界が変わろうと、やはり頭の弱い者はいるようです。
怒声と共に歩み寄ってきたのは二人の冒険者。私が無視した事が気に食わないのか、こめかみに青筋が浮かんでいました。何とも分かりやすいチンピラで。
これが国家資格を得ている冒険者だと言うのだから、面白いですね。
「チン代、男相手に凄んじゃだめよ。ほら、英雄のペット君、縮こまってしまってるじゃない」
「なんだぁ、ピラ美はコイツが好みなのか?」
「そうね、私の好み。何より英雄のペットってのがいいわ」
「はっ!お前とは男の趣味だけは合わねぇな!低身長で華奢な男の方が征服感があっていいだろうが!」
口の悪い女性の方からはまだ微かに怒りは感じますが、連れの女性の言葉に思考が切り替わったのか、何ともいやらしい表情で私を見下しています。
「分かってないわね。そこのペット君は英雄に選ばれた男よ。きっとチンコが大きいに違いないわ」
「そうか!なら良しだ!チンコがデカイに越した事はない!」
何とも下品な会話です。私の下腹部に視線が集中するのもいただけない。
それに私以上に、部下の方が我慢の限界のようですね。足元の影が大きく揺らぐのが見えます。放っておけば目の前の二人を八つ裂きにする事でしょう。
「落ち着いてください。私は大丈夫です」
あえて優しい声を出して、部下を鎮める。その声に反応したのはチンピラ二人組で、それはもういやらしい表情を浮かべています。
「なんだ、覚悟が出来たか!なら私たちに着いて来い!英雄なんかよりすごいところに連れてってやるよ」
「可愛がってあげる」
あなた方に言ったつもりはないと、言葉にしても通じないでしょうね。レヴィ様の知り合いと分かった上で声をかける知恵の足りない者たちです。
自分たちが今どのように見られているかも考えられず、欲望のままに私の腕を掴み連れて行こうとする。ここまでの愚者を見たのは久しぶりです。
「もう一度言います。大丈夫ですので落ち着いてください」
影を見てから言葉を告げ、私の腕を掴むチンピラの手を振り払います。私の想いが通じたのか怒りの感情に呼応して揺らいでいた影が、鎮まっていくのが見えました。
「今さら抵抗する気か!」
「諦めて着いて来なさいよ。気持ちよくしてあげるんだから!」
一応、私は貴方方の命の恩人なのですが……チンピラ程度では分からないのも無理はありません。
良かったですね、貴方方の相手をするのが私で。まだ肉体は残りますよ。
「今日は気分が良いので───顔を貰うだけで済ましてあげますね」
こう見えて私、強いんですよ。




