第三十話 ド正論
「レヴィ様、それは……」
レヴィ様の発言の意図が読めず、聞き返そうとする私の声を遮るようにピンポンと、エレベーターが到着を告げました。
「話はまた後にしよう」
「そうですね……必ず」
最上階に着くと同時に感じた重圧は戦闘が楽観視できない領域に踏み入っている事を意味します。
聞きたいことは山ほどありますが、今は思考を切り替えて事を治める事を優先しましょう。
エレベーターを出て直ぐの扉を開ければ目的の部屋に入れます。最上階はビルの持ち主である桐生院様の特別仕様でペントハウスとなっており、ワンフロア全てが一部屋となっています。
桐生院様曰くこの部屋はプライベートのものではなく、仕事や接待の時にだけ使っているとか。
私が桐生院様と内密な話をする場合はこの部屋に通される事が多いですね。今回のような表立って頼めない依頼の話であったり金銭的な話が多いですかね。
他にも私に意中の人がいるかどうかとか、桐生院様に対して好意は持っているかどうかとか、ワンナイトする気はあるかどうかとか、体だけの関係を築く気はないかとか……後半に関しては完全に私情ですね。
私の記憶違いでなければ桐生院様はこの世界の女性にしては珍しく、男性と結婚されていた筈です。子供もお二人いたかと……。
既婚であるにも関わらず夫以外の男性に手を出そうとするのはどうかと思いますが、世界が変わる前であれば度々耳にする事ではありました。性欲とは嘆かわしいものですね。
それはともかく。
「開けますね」
「ワタシの方は準備は出来ているよ」
扉の施錠をカードキーで解除し、レヴィ様に声をかけると既に準備は出来ているようでした。ダンジョンで使用する愛武器は室内で不向きと判断したのか、短槍を召喚して右手に持っておいでです。
どのような状況であっても戦えるように複数の魔道具を所持するという冒険者の基本は、Sランクになっても大事ということですね。
さて、この先に待ち受ける光景が如何なものか。外からでも聞こえる破壊音に既に胃にダメージがきておりますが、この場で足踏みしてても何も変わりません。
覚悟を決めて扉を開けると、壊れた家具やヒビの入った壁、割れた窓ガラスなど見たくもないものが沢山目に入ってきます。
桐生院様様が直々に足を運んで選んだというご自慢の壺も、今や見る影もないほど無惨に割れて……あれ、数億円するんですよね。
壁に飾ってあった絵画も破けていますが……あれも同じく数億円の品物。
胃に蓄積されていくダメージに嗚咽感が込み上げてきます。この惨状だけで組織のお金がいくら飛ぶか……。
いえ、それ以上の損害もありえます。組織の金銭的支えでもあるパトロン、桐生院様に捨てられる事すれ覚悟する必要があるでしょう。
───選択肢を間違えました。
これならばルカさんを見殺しにした方が良かったのではと、胃に感じる痛みからついつい思ってしまいます。
いえ、いけない考え方です。
組織にとって最重要なのは人材。優秀な人材がいなければ組織は動きません。ルカさんを救うという選択は決して間違いではないと。
そう思いたい私の目に全裸で逃げ回るルカさんの姿が入ってきました。ブインブインと独特な動きで動く、男性器を模したアダルトグッズを右手に持って。
「mein Schatz ワタシはどっちを止めたらいい?」
「そうですね」
私たちの視線の先にいるのは全裸で逃げ回るルカさんと、それを追い回す双剣を持つ少女と、その少女を追いかける瓜二つの顔の少女、その二人を更に追いかける見覚えのない眼鏡の女性。
───なんですか、この状況は?
双剣を持っている少女は珠魅さん。その後を追いかけているのは珠里さんですね。
一卵性の双子らしくお二人の顔は彼女たちの両親ですら見分けられないほど瓜二つです。大きくぱっりとした翡翠色の瞳、目の下の泣きぼくろ、特徴的な犬歯まで全く同じ。
見分けのつかない私に気を使ったのか髪型を変えてくれたお陰でどうにか私も判断する事が出来ます。
ライトグリーンの髪を右側頭部で纏めて、サイドテールにしているのが珠魅さん。同じくライトグリーンの髪を左側頭部で纏めて、サイドテールにしているのが珠里さんです。
はい。変えるならもう少し分かりやすくして欲しかったですね。なんで同じ髪型なんですか?左右の違いだけではたまに間違えそうになりますよ。
オマケに服装も統一しているんですよね。黒いショートパンツにニートソックス、グレーのフード付きのパーカー、履いているブーツまで一緒ときました。
お二人が着ているパーカーには組織の名前となっている顔のない天使のロゴが背中の部分に入っており、その下に『ILOVE BOSS』という頭の痛くなる文字の羅列が並んでいます。
服装であったり髪型であったりで、見分けやすくして欲しかったのが本心ですね。お二人からしたらそういった周りの反応を楽しんでいるみたいなので、言っても聞かないでしょうね。困った話です。
「一先ず、双子を追いかけている眼鏡の女性をお願い出来ますか?見たところ冒険者ではないようですので」
「分かったよ」
ルカさんを追いかける珠魅さんを追いかける珠里さんを更に追う眼鏡の女性という構図ですが、一人だけ明らかに遅れています。ゼェハァと苦しげに息を吐いている様子から、運動に慣れていないのも分かります。
その手には拳銃が握られているので一般人ではありませんね。桐生院様と繋がりのある裏の人間といったところですか。
おそらくはこの部屋の管理を任されている人物でしょう。銃口は常にルカさんを狙っている珠魅さんに向けられているので、護衛も命じられている可能性が高いですね。
ですが、見たところ冒険者用に作られたものではありませんね。冒険者用にカスタマイズされたものならともかく、ただの拳銃で組織の中でも上澄みの珠魅さんを撃ち抜くのはまず不可能。
壁や床に銃痕が残っていたのは彼女が外した痕という事でしょう。諦めずに珠魅さんを狙って追い続けるのは立派ですが、万が一にも銃弾が珠魅さんに当たるような事があれば……危険ですね。もちろん珠魅さんではありません。この眼鏡の女性がです。
珠魅さんがその気になれば一思いに殺せる。眼鏡の女性はその程度の存在でしかありません。拳銃で狙っても尚生きているのは珠魅さんにとって取るに足らない存在だから。
言い方を変えれば眼中に無い相手。それが万が一、珠魅さんの目に邪魔者として映ればどうなるか……。
彼女が桐生院様と繋がりがある可能性を考慮するとルカさんたちを止めるよりも、女性の保護が最優先ですね。余計な事をさせない為にレヴィ様に抑え込んで貰いましょう。
私が思っていたよりもルカさんは元気でしたしね。
「流石はレヴィ様……お見事です」
横にいたレヴィ様が動いたと思えば、既に眼鏡の女性を床に押さえつけておりました。手に持っていた拳銃も取り上げる抜かりなさ。暴れて怪我しないようにと考慮して、威圧までしていらっしゃいます。完璧な仕事ですね。
お次は私のお仕事です。この騒動を治めなくては。ひとまず。
「無事で何よりです、ルカさん」
といっても無傷という訳ではありません。全裸で逃げ回るルカさんには幾つかの傷がお見受けします。ルカさんの身体能力自体が高いので上手く避けたのか傷自体は深くないようなので、出血は少なめ。
壁を蹴ったり家具を押し倒しながら必死に逃げている様子から、この惨状の生みの親が誰かを察しました。
「なんでにゃー殺そうとするんだにゃー!」
ルカさんの抗議の声を示すように腰から生えた尻尾がピーンと伸びていました。私の興味はルカさんの小さな胸や形の良いお尻ではなく、彼女が持つ魔道具の方へ向いてしまいます。
珍しいですね。所有者に寄生するタイプの魔道具ですか。噂には聞いておりましたが、現物を見るのは初めてですね。
服を脱いで確認するなんて事はしないので、装飾のように身に付けていると勝手に思っていましたが、身体の一部として機能しているように見受けられます。猫耳同様でしょうね。
「なんで殺そうとするかって!そんなもん自分で分かれや!」
「珠魅ちゃん落ち着いてや!」
縮地法と呼ばれる技術でルカさんとの距離を一息に詰めた珠魅さんが剣を振るいますが、驚く事に腰の辺りに生えた尻尾が剣を弾きました。
私が思っていた以上にあの尻尾は硬度があるようですね。『痛いにゃー!』と声を上げていたので、痛み自体はあるようですが。
さて、魔道具に対する興味は尽きませんが一旦置いておくとしましょう。
尻尾によって剣を弾かれて驚いた珠魅さんが一瞬固まった隙に、珠里さんが後ろからしがみついて押さえ込んでくれています。
これならゆっくりお話する事が可能でしょう。
「なんでウチの事を抑えるんや!やるならあっちやろ珠里!」
「うちはボスに珠魅ちゃんを止めるようにってお願いされとんよ。どんな事情があるにせよ、うちはボスのお願いを優先するわ」
お二人から向けられる忠誠に心地の良さを感じますが、度が過ぎればそれは組織にとって毒となる。そうならないように上手くコントロールしなければなりません。
まずはこの場を治めて、ルカさんと珠魅さんのお二人の蟠りを解消致しましょう。
「そのボスを蔑ろにしてるんがあの猫やろうが!ボスと通話しながらオナニーするようなイカれた奴やで!
こんなアホが幹部?それでいて組織で幅を利かせてとる?ふざけんな!こんな存在を許しとったら組織だけやない!ウチたちにとって何より大切なボスすら低く見られるんやで!許せるんか!なぁ珠里!」
「許せへん。殺そう」
騒動を治める為に三人の元へ向かう足が珠魅さんの言葉に思わず止まります。
すみません、ルカさん。弁解しようとしましたが言葉が出てきません。
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