第二十七話 クソ猫
「困りましたねー」
通話を終えたスマホを胸ポケットに入れて、ため息を吐くと我慢していた言葉がついつい出てしまいました。
胸の内にだけで留めておくつもりでしたが、事が事だけに抑えきれなかったようです。私もまだまだ未熟だと再確認出来ましたね。
「さて、どうしたものか」
三十分ほど前に桐生院様から連絡があり、ルカさんが依頼内容と異なる人物を殺したとクレームが入りました。
桐生院様のご依頼で産業スパイとして入り込んでいた従業員二名を秘密裏に消す手筈だったのですが、何を勘違いしたのかルカさんは消す予定の従業員ではなくその上司を殺してしまったのが今回のクレームの内容です。
いえ、この話はそこまで重要ではなかったですね。お怒りのお言葉は頂きましたが、元々消す予定ではあったらしいのでお小言だけで済みましたし。
私にとって悩みの種となっているのは、依頼を失敗したルカさんに対して部下の一人が殺意を抱いている件ですね。
桐生院様からのクレームは私の元だけで留めていたつもりでしたが、どのルートで仕入れたのか知りませんが私の部下が今回の失敗を耳に入れたようで、先程私の方へ連絡が入りました。
その内容は『ボスの顔に泥を塗るような部下は組織にいらない』という……些か過激なものではありますが、裏の世界で生きる者からすればそれは決して間違いではないでしょう。
特に我々のように後ろめたい事に手を染めている者たちは、一度の失敗で全てを失うなんて事はざらにあります。
これまで裏の世界で地道に積み重ねてきた信頼と実績が、ルカさんのミス一つで全て消し飛んでしまうところだった。そんなギリギリの状況だと、部下は思ってしまったようですね。
今回に限った話しで言えば、ルカさんが依頼を失敗しても大事にはならないという確証がありましたので、ルカさんを派遣しました。そうでなければ、私も彼女に頼みませんよ。
依頼を実行するのは部下ですが、責任は全て私にありますからね。適材適所を見極め、誰に依頼を任せるかその判断が重要です。
通常の依頼であれば私はルカさんにこのようなお仕事は任せません。彼女がターゲットとなる人物の見分けが出来ない事を知っているからです。
なので私がルカさんに依頼をお願いする時は、彼女の頭でも理解出来るような簡単なものと決めております。
それでは何故、今回の桐生院様のお依頼でルカさんを派遣したのか? 答えは単純です。桐生院様からのご指名だったからです。ルカさんを名指しで依頼してきておりました。
間違いがないように先に弁明しておきますが、桐生院様も我が組織に失敗しろ!と思って依頼を頼んだ訳ではありません。
桐生院様がルカさんをご指名したのは、彼女の能力を知りたかったからです。たびたび問題を起こすルカさんを私たちが重宝する理由を知りたかったようですね。
組織のパトロンからすれば、なんでこんな危うい存在を組織に置いているんだと思うのは当然の疑問です。桐生院様はご自身の目で見極めるつもりでルカさんをご指名した。
その結果、始末するターゲットを間違えるという大失敗。
桐生院様から届いたクレームの内容は依頼の失敗よりも、ルカさんを組織に置いておく事への懸念がほとんどでした。
間近で接して桐生院様も頭を抱えたでしょうね。ルカさんは掴みどころのない性格ですし、気まぐれで動くので私でも手を焼いております。桐生院様も電話口で『宇宙人だろあいつ』って貶していました。
それでも私たちの悲願でもあるアビス教打倒にはルカさんの力が必要不可欠です。
正確にはルカさんが所持する魔道具の力ですが、彼女以外に使いこなせる者がいないのでルカさんの存在が重要なのは変わりませんね。
強大な敵───世界最大の宗教組織『アビス教』。打倒する鍵はそう。
「全ての要となる魔道具───『腐 心』」
有する能力は精神汚染。
人の欲を刺激し、自制心を無くさせる能力と言えば分かりやすいでしょうか?
アビス教に在籍する信者の多くは心の拠り所を求めて入信している者が殆どです。早い話、心が弱い。だからこそルカさんが所持する魔道具は効果的に力を発揮します。
ただ、この魔道具の厄介なところは所有者に対しても能力を発動するという点でしょうか? 敵だけでなく所有者すら破滅されるという陰惨極まりない特性を持っております。
調べたところ、ルカさんの前に数人の所有者がいたようですが全て自身の欲に溺れこの世を去っております。
所持するだけで心が傲り、ふとした事で欲が刺激される。心の自制心は欠如し、理性なき行動を強いられる。私ですら30分所持するのが限界でした。並の精神力で耐える事すら出来ません。
心の中が蝕まれていくような不快感は忘れたくても忘れられませんね。
さて、ここでクイズです。
所持するだけで心の自制心を奪う悪魔のような魔道具、これをルカさん以外の部下が所持するとどうなるでしょうか?
答え。私が襲われます。
所持した瞬間から理性というストッパーが外れますからねー。時間が経てば経つほど精神は汚染され、まともな思考すら出来なくなります。
その結果、普段であればボスと部下という関係性や忠誠心からくる自制によって踏みとどまっている部下の性欲は天元突破し、発情した動物のように見境なく私を襲う獣へと成り果てます。
タチが悪いのは私以外の男を襲わないという点ですね。やはり好みはあるのか、誰でもいいというわけではないのか襲う相手はしっかりと選んでいるようです。ふざけた話ですね。
自制心の塊だと豪語する幹部ですらこの有様。結果として対アビス教において有効ではありますが、ルカさん以外には使いこなせないという結論に至りました。
というより、なんでルカさんは魔道具の影響を受けていないんですかね?
所持していない時も普段と同じ言動だったので、頭が可笑しいとしか言えない行動が平常運転だった事に戦慄した覚えがあります。
出来る事なら魔道具のせいであって欲しかったです。それはともかくとして。
「嫌な未来が視えましたね」
脳裏に浮かんだ一つの光景。
そこには首だけとなったルカさんの頭を持った部下が、狂気の笑みを浮かべ満足そうに報告している姿がありました。
「このままでは、ルカさんが殺されてしまいますね」
組織にとって扱いの困る問題児ではありますが、対アビス教の切り札を今失う訳にはいかないですね。それに、大義の為であれば些細な事は受け入れると心に決めました。
仕方ないと思いながら、ひとまずルカさんにその場から離れるように連絡を入れましょう。スマホから連絡先を選びルカさんに電話をすると、直ぐに繋がりました。珍しいですね。
「もしもし。ルカさん聞こえますか? 早乙女です」
直ぐに返答はありませんでした。10秒、20秒と声が聞こえない事に不安が目覚めた時に苦しそうな声が私の耳に入りました。
「今、オナニー中にゃからもっといい声で囁いて欲しいにゃ」
死んでください。




