第二十一話 土下座
欲望に負けて、梓さんとの関係を一つ進める事が決まった訳ですが私達には今やらなければならない事があります。
「少し離れてくれますか?」
梓さんの頭を優しく撫でて、耳元で囁くと小さな声で『うん』と呟いて素直に離れてくれました。お願いをしっかり聞いてくれる、こういう所が可愛いですよね。
それはさておき。
「さ、流石に殴り……すぎ……」
「なら先に言う事があるんじゃない、チン代?」
「はい……申し訳ございませんでした」
タイミング良く、こちらも事が治まったようです。パンパンに膨れ上がった顔でチン代様が謝罪の言葉を述べ、それによってようやくピラ美様が怒りの矛先を収めたようです。
いやはや、意外な力関係ですよね。チン代様の気性の荒らさや言葉遣いから、彼女の方が立場が上かと思っていましたが実際は逆のようですね。
お二人の喧嘩が終わったのを確認してから、チン代様とピラ美様の傍まで歩み寄ります。
「要件を話す前に……そうですね、こちらをお飲みください」
顔のパーツがないとは言え、パンパンに腫れ上がった顔をそのままに話すのも気が引けた為、チン代様に回復薬を手渡します。
そう!私と部下で開発した自信作!どんな傷もたちどころに元に戻す万能薬です!素晴らしきかな回復薬!
「これは?」
「我が組織で開発した回復薬ですね。ゲームのように飲めば傷が治ります」
「……本当に?」
パッと見は栄養ドリンクのような見た目ですが、効能が違いますよ。ですのでグッと飲んでください!ほら、早く。
「え……これを?」
私が手渡した回復薬を怪しんでいるのか、なかなか飲もうとしませんね。何故です!?この画期的な発明品を前にして、何故躊躇うのですか?
「仕方ありませんね!」
一から丁寧に説明しても飲もうとしないので、実力行使に出る事にしました。懐から取り出したのは能力によって仮面となった、チン代様のお顔。それを殴られて膨れ上がった顔に装着します。
「……え?……っ───!!!!」
『仮面作成』によって顔を頂いた場合、痛覚は仮面の方に宿ります。その為、のっぺらぼうになった顔は痛覚がないので、殴られても痛みはないわけです。
逆に仮面を傷付けたりすれば、驚くくらいに泣き叫びます。仮面の状態の場合ですと、痛覚過敏になるらしく、痛みが数倍に膨れ上がるとか。脅しに使える非常に便利な能力ですねー。
さて、面白いのはここからです。のっぺらぼうの状態───痛覚がない状態で顔に傷を負い、仮面をつけて元に戻したらどうでしょう?
正解はこちら。
「いたたたたた!!!!痛い痛い痛い痛い!!!」
のっぺらぼうの時に出来た傷は元の顔へと反映され、痛みが全て一緒に襲ってきます。
元に戻った顔は直ぐにパンパンに膨れ上がり、何とも痛々しい顔になってしまいました。顔を抑えてのたうち回っているチン代様を見てやピラ美様もオロオロしておりますねー。
痛覚がない時は痛がる素振りも見せず、ピラ美様の殴打を受けていましたからね。大した事はないと勝手に解釈していたのでしょう。私の知見ですと、少し殴りすぎなくらいです。
「チン代様、この回復薬を飲むとその痛みもなくなり傷も元に……」
痛みに悶えているチン代様に回復薬を差し出すと、直ぐに手が伸びてきて口に含みました。
やはり極限状態になると人は判断能力が落ちるんですねー。あれほど警戒していたというのに、痛みがなくなると聞くと直ぐに手を出した。
今回に限った話で言えば、その判断は間違いではありません。
飲めば傷が治るなんて、夢のような薬はまだ世に出回っていませんので、不審に思うのは仕方ありません。ですが、その効能は本物です。
回復薬を飲んだ途端、パンパンに膨れ上がった顔は瞬く間に元の厳つめの顔へと戻りました。そこに傷や痛みは一切ありません。綺麗に元通りです。
ショートヘアの茶髪。目つきの悪い栗色の瞳に太めの眉毛。目元の化粧が少しばかり濃いですね。私好みではありません。顔には戦闘で付いたと思われる傷が幾つか。
決して美人ではありませんが、笑えば愛嬌のある顔をされております。黙ったり、眉間に皺を寄せると少しばかり厳つめに見えますがね。
「うそ……」
ぺたぺたと顔を触りながら、先程まで感じていた激痛が消えた事に驚いているご様子ですね。
これが回復薬の力です。やはり画期的なアイテムですねー。私たちが開発した商品に間違いなどないのですよ!
「どうです、梓さん!この商品は売れると思いませんか?」
「売れると思いますけど、多分ボスの写真の方が……」
「売れますか……」
「はい……」
再び、悲しい現実にぶち当たります。
この世界の冒険者は実用性よりも、下半身で物事を考えるようです。何とも汚らわしい話です。こればかりは仕方ないと諦めましょうか。
「ピラ美様」
「はーい」
まだ呆然と立ち尽くしているチン代様は一旦置いておいて、ピラ美様と話を進めます。
皆さまは私が回復薬を飲ませる為にチン代様に顔をお返しになったと考えているでしょうが、違います。回復薬など関係なく、私はお二人のお顔をこの場で返す予定でした。
本来は、彼女たちが魔石の回収に専念し与えた仕事を十分に果たした上で、ダンジョンから無事に帰還できたら、お返しする予定でした。
ですが、私たちがダンジョンへと挑む大元の目的が、レヴィ様が帰られた事で叶わなくなりました。新階層へと踏み入るにはレヴィ様のお力が必要ですからね。
私の偽造したカードでは50階層が限界です。資格を剥奪される前であれば、レヴィ様同様に無制限に進めましたが……。本当に腹正しい限りです。
このまま50階層まで進んでもいいですが、特にこれと言って欲しいものはないですからね。魔道具は充実していますし、パトロンがついたので現状は資金にも苦労していません。
という訳で、ダンジョンには既に用がないので撤退する心積りです。なので、チン代様とピラ美様のお二人をこの場で解放しても良いかと考えました。
「お顔をお返ししますね」
「いいんですかー?」
「はい。仮面を被るように顔につければ元に戻りますよ」
「分かりましたー」
ピラ美様のお顔を返し、軽い説明を言えばその通りに仮面を付けました。チン代様のように傷を負っていた訳ではないので大きなリアクションはないですね。
ぺたぺたと顔を触って、顔のパーツがある事にホッと安堵しているくらいでしょう。ピラ美様もまたこれで元通りです。
髪色は黒、髪型はロングヘアです。特徴的なのは前髪で、目にかからない位置でパッツンと切り揃えています。日本人によく見られるブラウンの瞳は、大きくパッチリとした二重。なんでも整形して二重にしたそうです。
チン代様と違って顔に傷は目立ちませんが、右頬に♂と♀が交差するようなタトゥーが入っています。客観的に見れば綺麗な部類には入るでしょうね。
まぁ、私の部下はやたらと容姿が良い子が多いので、比べると見劣りするというかなんというか。ピラ美様とチン代様は悪くないですね。私が面食いなだけでしょう。はい。
「さて、これで晴れて自由の身です。チェリーボーイラブの件について話なければ、私たちから何かするつもりはありません。お約束します」
「自由……」
「お兄さんともここでさようなら」
「はい。自由ですよ」
念の為、返した仮面に細工をしておいたので、彼女たちを処理するのは容易です。なのでこの場で別れても特に問題はないですね。
お二人の実力を考慮すれば、20階層くらいまでは共に降りた方が良い気しますが、ここまで付いてきてくれたお礼として提案するだけしてみましょうか。
「ピラ美」
「チン代」
名前を呼び合ったかと思えば、顔を見合せ大きく頷くと二人揃って勢いよく土下座しました。そんなに勢いよく頭を地面に押し付けたら痛くはないですか?大丈夫ですか?
声をかけようとする前にピラ美様とチン代様のお二人が口を開きます。
「旦那のチンコで処女を卒業させてください!!」
「お兄さんと出来るなら奴隷にでも何でもなるから、お願いしますー!!」
───それは、これまで見た土下座の中で最も浅ましいものでした。




