第十九話 災難
一階層ごとに存在するボスエリアは、階層ごとに雰囲気が違います。36階層に存在したとされるボスは『白狐』と呼ばれており、白い狐の姿をしていたとか。
白狐が倒され36階層が解放されたのは今から70年ほど前。私は戦った事はありませんが攻略するまでに結構かかったそうですけ。
白狐のその姿を隠す為か、この階層のボスエリアは雪に覆われています。これまでレンガ造りの道が続いていたと思えば、そのフロアに踏み込んだ瞬間に銀世界に変わる。
加えて、この雪は本物であり触れれば冷たい。その上、床に積もった雪はこれまでの道と違い、沈み込んでしまうので非常に歩きにくい。
時折、雪の華が風吹、視界を白く遮断するのも厄介ですね。このようにボスの戦いやすいフィールドが準備されているのがボスエリアでございます。
モンスターとのタイマンが行えるとはいえ、冒険者が戦いにくいフィールドですと初見でどれだけやれるか。ボスと戦って亡くなった冒険者が多いと聞いても納得しますね。
「ピラ美さま、お願い出来ますか?」
「任せてくださいねー」
さてさて、予定通りにモンスターの出現しないボスエリアまで到着したのはいいですが、見ての通りこのエリアは雪に覆われています。
お二人とも装備や魔道具によって寒さに耐性があるとはいえ、寝かせる場所としてはあまりに向いておりません。
という訳で、ピラ美様にお願いする事になりました。ここに来るまでの道中でお二人が使う魔道具について共有を受けていたので、この状況にピッタリだと判断したからですね。
ピラ美様から梓さんを受け取ると、私たちから数歩前に出て右手で髪飾りを触ります。その瞬間、虚空から赤色の鉞が出現しピラ美様は大きく振りかぶると、鉞を力いっぱい地面に叩きつけました。
「『ファイアー!!!』」
その声と共に鉞から炎が吹き出し、まるで津波のようにエリアに積もった雪を溶かしていきます。
ボスエリアに積もった雪は特別な細工をしている訳ではないので、ある程度の熱があれば溶ける事は知られています。とはいえ、溶けた水分すら蒸発させる熱となると……なかなかの魔道具ですね。
「こんなもんでいいですかー?」
鉞の柄の部分を肩に置きながら、ピラ美様が私に確認してきました。得意気な表情ですね。自分の実力を見せれて大満足といった感じでしょうか?
「ピラ美、調子に乗るんじゃないぞ!ただ雪を溶かしただけじゃねーか!」
「チン代の魔道具じゃ雪は溶かせないじゃない。適材適所……そして、私の方がお兄さんの役に立てたってわけー」
「ぐぬぬぬ!旦那!水が必要なら私に言ってください!私も活躍できるので」
チン代様が持つ魔道具は大杖で水を生み出し、操る事が出来るとか。ただ、聞いた内容だと出せる量であったり、技量に関してはランク相応。
この先のダンジョンを進むに当たって炎に包まれたエリアはあるので、使う機会はありそうですが……半端な魔道具だと水を操っても炎を消せず蒸発して終わりですからね。
私が持っている魔道具を使った方が早い気もしますが、ここはチン代様を立てるとしましょう。ピラ美様に対して対抗意識があるのようなので、やる気を出してくれる事でしょう。
「そうですか。ではその時はチン代様にお願いいたしますね」
「任せてください!へへ」
左手で鼻があったであろう位置を擦っています。のっぺらぼうな為、顔のパーツがないので分かりにくいですね。
「ここに二人を下ろして頂けますか?」
「はい!」
「分かりました」
床に直接寝かせるのは忍びないので、鞄にしまってあったシートを床に敷いてからレヴィ様と梓さんのお二人を寝かせます。
「起きませんね、英雄様なのに」
「そのようですね」
「お兄さんのお連れさんも……辛そうねー」
「本当ですねー」
気絶してからかれこれ一時間は経過しておりますが、未だに起きる気配はありません。シートの上に下ろした際に苦しそうな声は聞こえましたが、それだけですね。
余程にショックが大きかったのか、私の想定よりもお二人の眠りが深い。体が現実を拒否している、という事でしょう。
「少なくとも50階層くらいまでは、私一人でも行けますが……それ以上となると」
「旦那でも厳しいって事ですか!」
「いえ、モンスターの対応なら可能ですが……ランクの問題ですね」
冒険者は自身のランク事に進める階層が政府によって制限されております。己の実力を過信した冒険者が、身の丈に合わない冒険をして無闇に命を落とさない為の処置です。
大まかなランクの基準は以下の通り。
1~5 Gランク
6~15 Fランク
16~30 Eランク
31~40 Dランク
41~50 Cランク
51~60 Bランク
61~70 Aランク
無制限 Sランク
ピラ美様とチン代様のお二人はDランクですので、40階層までは彼女達の資格で踏み入る事が出来ますが、それ以上は進む事はできません。
今の場所からも遠目に確認出来ますが、巨大な扉が道を妨げているからです。次の階層へと進む階段はこの扉の先にあるのですが、冒険者の資格を読み取らせて、条件を満たしている場合にのみ開く仕組みとなっています。
この扉はどのような技巧で造られたのかは不明なのですが、やたらと頑丈で私やレヴィ様の本気の攻撃でも壊す事はできません。
破壊できない以上、正規の方法で進むしかないのですが、この扉の材質を使って武器や防具を作った方がいい気がしますよね。
ちなみに私と梓さんは冒険者の資格を剥奪されておりますので、正式なランクはありません。
偽装した冒険者の資格でダンジョンへの立ち入りは可能ですが、Cランクに設定しているので50階層以上には進めないんですよね。
ちなみにCランクに設定しているのにも意味はあります。主な要因は組織としての商いの為ですね。ダンジョンの一定の階層ごとに私たちは隠し部屋を造っており、部屋の存在を知る者のみと取引をしております。
現存する隠し部屋で最も階層が高いのが50階層。資格を剥奪されてからは私たちはダンジョンの攻略に熱を入れておりませんので、商売の為に50階層まで立ち入りが出来れば良かった。
ランクが高い方が便利そうではありますがBランク以上にもなりますと、数は絞られ、個人やパーティーの名が広まりダンジョンの職員や場合によっては政府の目にも止まります。
余程の事がなければ偽装した諸々はバレないと思いますが、注目を浴びればそれだけリスクが上がり、組織とって良くない出来事に繋がります。闇商売をしている身としては、目立たずに動けるのが一番です。
「なので、先に進むのであればレヴィ様に起きて頂かないと……ん?」
レヴィ様の名前を口にした時に、彼女が身動ぎしました。呼吸の仕方が先程と変わっていますね。無防備な寝息ではなく、小さな呼吸音へ。これは……わざと息を殺している?
「レヴィ様……起きたのですね」
声をかけるとビクッと跳ねた後、力なく起き上がりました。レヴィ様と顔を合わせましたが、顔色が悪いですね。
「大丈夫ですか?」
「……ワタシの事はいいよ。その代わりに嘘偽りなく答えて欲しい」
「なんでしょう?」
「mein Schatz……君は本当に童貞ではないのかい?」
意識を失う前の記憶はしっかりと覚えているようです。ショックが大きかったのか顔色は青白くなり、体もプルプルと震えています。
出来れば嘘であって欲しいと願う言葉は、蚊が泣くような声で紡がれました。
レヴィ様の心境を考えれば、私に否定して欲しいのは分かりますが……現実は夢や理想よりも厳しいものです。
「はい。私は童貞ではありません」
彼女からの願いでもある、嘘偽りのない返答を返すと……レヴィ様は力なく笑います。そして───。
「おぇぇええええ!!!」
盛大に吐きました。梓さんのお顔の上に。
これって私が悪いですか?




