第十五話 間女の蛇島
白目を剥いて意識を失っているレヴィ様の上に重なるような形で梓さんが倒れております。梓さんもまた意識を失っているのか反応はありませんね。
直前まで戦っていたので、気絶の原因には外部的要因と予想されると思いますが、腐っても一級の冒険者です。私の言葉にショックを受けながらも攻撃はしっかりと交わしていたようですね。
その後、精神的ショックに耐え切れずに気絶したようですが。
「これは予想外でしたね」
驚いて戦いを止めるか、私に詰め寄ってくるの二択だと考えていたのでこのような展開になるとは思っていませんでした。
なんというか、メンタル弱くないですか?
私が非童貞ってだけで普通、気絶します? というより出会ってからそれなりに長い付き合いの梓さんにまで童貞だと思われていたのは、悲しいですね。
「私が非童貞というのはそれほどショックなのでしょうか」
「あの旦那……」
「はい?」
ピラ美様が私の疑問について答えてくれました。価値観が変わったこの世界では男性は基本的に愛する者以外と性行為を行わないそうです。童貞を護る事が高潔な行いだと認識しているようですね。
風俗店で働く男性のような例外はいるようですが、基本的には男性は貞操を大事にしているそうです。なので、結婚していない私が非童貞である事が信じられないと強く訴えてきましたね。
気絶した二人の目線に立って発言したからか、私を非難するような口調でしたよ。
性別を逆転して、元の世界の倫理観で考えると……彼女たちの主張も分かる気はしますね。
「旦那は誰に初めてを捧げてたんですか?」
「お兄さんの事だから誰でも良かった、なんて事はないわよね」
ピラ美様とチン代様のお二人が次に気になるのは私が初めてを捧げた相手のようです。返答次第では尻軽男として扱われそうですね。
「もちろん、愛する人ですよ」
これは嘘偽りではありません。将来を見据えて交際していた女性としたのが初体験です。今の世界のように童貞の価値は重くありませんでしたが。
「あ、はい」
「かわいそう」
はっきりと私が応えると気絶するお二人に同情の眼差しが向けられていますね。レヴィ様と梓さんの発言を考えれば同情する気持ちはよく分かります。
愛する人と性行為した、という私の言葉はレヴィ様と梓さんのお二人にチャンスない。そう宣告したのに等しいからです。
「まぁ、私の愛する人は───もうこの世にはおりませんがね」
付け加えるように呟いた声は小さなものですが、ピラ美様とチン代様には届いたようで、お二人とも驚いた表情でこちらに振り返ります。
「え!」
「それって……」
何か言いたげに口を開いた二人。
「痴話喧嘩は済んだかい色男!!」
ですが、空気を読まない部外者が二人の言葉を遮るように口を挟みます。それも仕方のないこと。あれだけ騒いでいれば注目は集めますからね。
声がした方へと振り返るとアビス教の信者を表す特徴的な白のローブに身を包んだ女性が肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべておりました。
日本人に多い黒色の髪。髪型はツーブロックですね。世界が変わる前であれば、この髪型をしていた男性もいましたが、今では性的な目で見られるとかいう訳の分からない理由で、減りました。女性のうなじが見えるのと同じような意味合いでしょうか?
「なら、次はアタイの相手をしてくれないか?」
おっと、髪型について考えている暇はなさそうですね。
身体にまとわりつくようなねちこっこい視線に思考をキャンセルしました。彼女から向けられる視線は蛇に巻き付かれたような感覚に陥りますね。縦に細い蛇のような黒い瞳がそうされるのでしょうか?
見たところ彼女がチェリーボーイラブのリーダーのようですね。後ろに控えるアビス教の信者たちは軍隊のように従順で、口を挟むことなく私たちを見据えています。その視線がいやらしくなければ特に言うことはなかったのですが。
「どちら様で?」
一先ず、気になる事を尋ねるとしましょう。彼女たちがアビス教の信者である事、パーティー名がチェリーボーイラブである事は分かっています。
ダンジョンの探索中に自身の性癖を叫ぶ異常者であるという事も。ですが、それだけですね。残念ながら目の前にいる女性が何方か心当たりがありません。
調べたつもりでいましたが、このような女性はいましたっけ? いえ、性別が逆転しているからですね。私が調べた情報から照らし合わせると目の前の女性の正体が浮かび上がります。
「アタイを知らない!?とんだモグリの冒険者がいたもんだよ!」
「すみません、それほど高名な方とは存じませんでした」
「ならその耳で聞いてしっかり刻む事だ」
ハッハッハッと豪快に笑った彼女は蛇のように長い舌で唇を舐め、捕食者のような獰猛な笑みで告げます。
「アタイは蛇島 凛月。別名───『間女』の蛇島さ!」
世界が変わる前。彼の悪名は冒険者たちの間に広まっておりました。手癖の悪い彼が狙うのは決まってパートナーがいる女性。それも自分より弱い冒険者を狙っての犯行と、タチが悪い。
彼が幾度と女性関係でトラブルを起こして尚、冒険者として活動出来るのはアビス教がバックについていたからです。ダンジョンの利権に大きく関与しているアビス教には政治家であっても逆らう事は出来ません。
彼は言うなれば、虎の威を借る狐。アビス教の権力を傘に着て横暴な態度を取る悪質な冒険者。世界が変わり、性別が変わり、常識が変わっても尚その悪質さはそのまま。
「アタイは人の男を寝取るのが大好きでね」
自慢するようにこれまで数々の男を犯してきたと、豪語する彼女は多くの冒険者から恨まれてきた事でしょう。ですが、バックにアビス教がついている事で泣き寝入りするしかなかった。
「次のターゲットは色男、あんたって訳さ」
「そうですか」
「そこで寝てるのは英雄様だろ? 起きた時に愛する男が犯されているのを見たらどんな表情をするだろうねー」
その光景を想像したのか醜悪な笑みを浮かべています。
理解できない性癖をお持ちのようで。自己完結するのであれば私から言うことはありませんでしたが、私を巻き込むようであれば覚悟はして頂きましょう。
「蛇島様と仰いましたね」
「そうさ、良く覚えておきな。それがあんたを犯す女の名前さ。涙に濡れながら刻むといいよ」
───私は正義の味方ではありません。
秘密結社『faceless angel』のボス。どちらかと言えば悪人です。
「申し遅れました。私の名前は早乙女 夏樹と言います」
───ですので、くだらない正義感などは私にはありません。
悪事を働く蛇島様が許せないから戦うつもりはありません。
「出来ればその名を良く覚えておいてください」
───私が戦う理由は単純。存在が気に入らない。それだけです。
「あなた方を殺す死神の名前です」
───さ、手癖の悪い蛇の狩猟と参りましょう。




