第九話 占い
───思考が停止しています。
それは私だけではありません。レヴィ様の慟哭にも近い叫びを聞いたピン美さまもチン代さまも、そして影に潜む梓さんも一様に固まっています。
今この場で動いているのはレヴィ様、ただ一人。宝石のような煌めきを持つ碧眼からは涙が溢れ、頬を伝って地面に落ちていく。弧を描く口元は引き攣っており、無理に笑おうとしているが分かりました。
涙を流しながらも笑みを浮かべて、まるで縋るように一歩足を進める。その異質さに、無意識のうちに後退していました。
私が後退すると、生者を見つけたゾンビのようにゆっくりした動きでまた一歩、レヴィ様が足を進めます。直感的にですが、彼女に捕まってはいけないと本能が訴えかけてきます。
殺される?いえ、違いますね。体が震えるような悪寒は生命の危機に対してではありません。この場合は貞操の危機とでも言いましょうか。
涙に濡れる碧眼から、ほんの微かにだけ情欲が見えます。今は理性が抑えているようですが、何かの拍子に感情が爆発するような事があればどうなるか、簡単に想像がつきますね。
いやはや、本当にこの世界はイカれていると実感します。何かの選択肢を間違えた途端に、犯される自分が想像出来てしまう。以前の世界だったらなかった危機感です。
「ワタシは、生まれ変わっても君を愛していた」
紡がれる言葉は私にとって空虚なもの。
知りもしないモノを押し付けられても心はまるで動かない。この人はいったい何を言っているんだと皆が思っているでしょう。
チラリと視線をピン美さまとチン代さまに向けると、ゆっくりと私たちから離れていくのが見えます。これから起きると予想される出来事に巻き込まれない為ですね。可能ならば私もそちら側に回りたい。
その望みは……叶わないですね。
彼女の視線の先にいるのは、私です。他の者など眼中にないのでしょう。
「君と初めて出会った時、本能的に分かったよ」
「何をです?」
「君こそが前世で会った、運命の人だと」
レヴィ様は頭が可笑しいと、決めつけるのは早計でしょうか? 私には前世の記憶などありません。そんなモノは一切ない。彼女の主張は否定出来ます。けれど、世界が変わった事例もある。
ありえるのでしょうか?前世の記憶を持って生まれる事など。考えた事ありませんね。
何かヒントはないかと記憶を遡ると、興味本位でした占いが脳裏に浮かびました。当たると評判の凄腕占い師さんとかで、部下から勧められて私もやる流れになりましたね。
占いのような非科学的なモノを信じてはいませんでしたが、その占い師は私の心を読んだかのように、私が求める解答をしてきました。いえ、事実あの方は私の心を読んでいたのでしょう。誰も知るはずのない、部下すら知らない私の過去を言い当ててきたのですから。
私がその占い師を先生と呼ぶようになったのは、未来を占って貰ったのがきっかけですね。その占いによって私は危機を逃れる事が出来た。
部下が先生を信じる気持ちが少しは分かりました。部下もまた先生の占いによって命を助けられた。世界に蔓延っている偽物ではなく、本物の占い師だと、そう確信しました。
『あなたの前世を解答いたしますゾ』
先生の言葉が脳裏に過ぎります。
何のきっかけで前世を占う流れになったかは覚えていません。それほど些細な事だったと思います。
前世など知ったところで意味はない。占って貰ったのはただの娯楽。真に知りたい未来についての話の前の息抜きでした。
『あなたの前世はゾウリムシです!』
先生にそう言い渡された梓さんが膝をつく光景は面白かったので強く記憶に残っていますね。『嘘だろ先生!!!』と、先生の膝に縋り付くクマのよう梓さんと、慈愛の眼差しで『あなたはゾウリムシ』ですと更に畳み掛ける先生。爆笑した覚えがあります。
先生、ボスの前世も言い当ててください!なんてムキになった梓さんに背を押されて私も前世を占いましたね。そう、確か占いの結果で出た私の前世は。
「私の前世はメジロだった筈です」
先生にそう言い渡された時はなんの鳥か分からなかったですね。誰でも知ってるようなメジャーな鳥ではなかったので。
それはゾウリムシも同じですが、虫と鳥であるならば鳥の方がマシですよ。崩れ落ちる梓さんにマウントとる、なんてやり取りが昔ありましたね。
もう同じようなやり取りを梓さんとは出来ないだろうと、変わり果てた世界に対して嘆いていると、私の言葉を聞いたレヴィ様が目を見開き驚いています。おや?
『前世で番だった者と夏樹くんはまた出会う事になるゾ』
───また、占い師の言葉が脳裏を過ぎりました。信じるに値しないと聞き流した、先生のお言葉。
「覚えていたのかいmein Schatz!」
歓喜に震えるレヴィ様を見て、思わず頭を抱えます。
───そんな事ってあります?




