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山形堂の帳場。差し出された証文と釦を前にしても、宗右衛門は落ち着いた様子で椅子に腰掛けていた。
「……この釦、確かにうちの仕立てに使っているものです。ですが、いつどこで落ちたかなど、我々にわかるはずもないでしょう」
宗右衛門は証文にも目を通さず、どこか遠巻きな物言いを続けた。
「千円というのは、確かに大金です。ですが、これは……古い書き付けですな。うちが実際に借りた証拠にはならない」
啓太郎が口を結んだまま釦を見つめている。晴臣が何か言いかけたとき、ふと、玲の様子が変わった。
まるで風が止んだような静寂のなか、玲の身体がわずかに揺れ、ゆっくりと顔を上げた。その目にいつもの色はない。
「……宗右衛門……」
その瞬間、帳場の空気が張り詰める。宗右衛門の顔色が、さっと青ざめた。
「おまえ……まだ逃げるつもりか」
玲の声ではなかった。低く、苦しげに、どこか遠くから響いてくるような声。
「わしが死んだあの夜……おまえは、確かに庭にいた。証文の話をするために呼んだのだ……それを、おまえは振り払った……」
宗右衛門が椅子をきしませて立ち上がる。
「……やめてくれ……」
「振り払った、その手で……わしを……」
玲の身体ががくりと揺れた。晴臣がすぐに支えると、玲は目を伏せ、肩で息をしていた。
その場に、重い静けさが広がる。
宗右衛門は立ったまま硬直し、顔をゆがめて口を開いた。
「もう……やめてくれ……!」
汗が額から滴り落ちる。
「最近、夜中に……妙な音が聞こえるんだ。戸を叩く音、庭を歩く足音……誰もいないはずの背後で……気配がする」
手が小刻みに震えていた。
「夢にも出る……あのときの、あの目で、じっとこっちを見て……!」
ついに、膝をついた。
「……あの夜、揉み合いになって……金を返せと言われて。けど、あの金があれば、店をもっと大きくできると思った…………だけど、あいつは足を滑らせて……頭を……俺は、そんなつもりじゃ……!」
息が詰まるような沈黙のあと、宗右衛門は机に顔を伏せた。
「……申し訳ありませんでした……許してくれ……頼む……!」