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燈守ノ書 〜 大正怪異譚  作者: NOA
灯影残し(ほかげのこし)
6/44

 その夜、晴臣と玲は昨夜と同じ離れの部屋に再び結界を張った。四隅には盛り塩、(ふすま)には()を貼り、灯りは行燈(あんどん)がひとつ。呼ばれた啓太郎は部屋の隅で膝を抱え、小さく丸まって震えていた。


 玲が静かに目を閉じ、指を組むようにして手印を結ぶ。晴臣は燈守(とうもり)神社に伝わる言霊の祝詞(のりと)を口の中で小さく唱え、気配を呼び寄せる。

「……御霊(みたま)ましますならば、いま一度、言の葉にて告げ給え……」


 部屋の空気が、ぴたりと止まった。時が凍りついたかのように、音も気配も消え失せる。風一つないはずの室内で、障子が微かに(きし)んだ。


 その瞬間——玲の身に、何かがすっと降りた。

 気配が変わる。空気が重くなり、玲の表情が僅かに歪む。

 玲の口が、静かに開いた。けれど漏れた声は、彼自身のものではなかった。老いた男の、(かす)れた声だった。

「……啓太郎……」

 啓太郎がびくりと身体を震わせた。

「……神棚……証文を……」


 その言葉を最後に、玲の体がぐらりと揺れる。晴臣がすぐに肩を支えると、玲ははっとしたように息を吸い、目を瞬かせた。

 室内に張りつめていた気配が、すっと消える。空気が静かに緩み、灯りの揺らぎも元に戻った。


 沈黙の中、啓太郎は呆然とし、口をわずかに開いたまま動けずにいた。

「……神棚?」

 ぽつりとつぶやいた声は、どこか(ほう)けていたが、次第に確信めいた響きへと変わっていった。

「——店の神棚です。あの奥には、父しか触れない箱があります……!」

 啓太郎は立ち上がり、転げるように部屋を飛び出した。


 その神棚は帳場の奥にあった。御札の脇に、小さな木箱が目立たぬように置かれている。

 啓太郎は踏み台を使って手を伸ばし、慎重に箱を取った。蓋を開けると中には、封をされた封筒がひとつ。

 中から古びた一枚の書面が現れる。紙の縁はわずかに黄ばんでいたが、文字はしっかりと読めた。

「……金壱千円借用。山形屋宗右衛門……」


 場の空気が、静かに沈み込んだ。

 啓太郎は証文を両手に持ったまま、長く息を吐いた。

「……父は、山形堂に金を貸していたんだ。あの店がまだ小さな頃に」

 晴臣と玲は、黙って啓太郎の様子を見守っていた

 しばらくの沈黙ののち、啓太郎は絞り出すように言った。

「……明日、山形堂に行って、話を聞いてきます。この証文を見せて……あの人が、何を言うのか、確かめたい」

 その声は、怒りとも悲しみともつかない、不器用な決意に満ちていた。



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