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燈守ノ書 〜 大正怪異譚  作者: NOA
灯影残し(ほかげのこし)
3/42

 その夜。離れの部屋に泊まることになったふたりは部屋の中の様子を伺う。

 玲がぽつりと呟いた。

「……ここ、(よど)んでるね」

 晴臣は頷くと、灯りを手に取って裏庭へ向かった。

 蔵の影になっている地面に、何かが落ちていた。


 それは、細工の美しい金色の小さな(ぼたん)だった。

 拾い上げた瞬間、晴臣の脳裏に、激しい声が流れ込んできた。それは釦の記憶。


『……だから貸しは返せと言ってるんだ……!』

『もう少し待ってくれ……わしだって……!』

 怒鳴り声、もみ合う気配——

 そして、何かが倒れ、鈍い音が響く。

 袖口から、釦がひとつ、はじけ飛んだ——


 晴臣は部屋に戻ると小さな包みを取り出した。

 部屋の四隅へと歩み、それぞれに塩を盛り、酒を一滴ずつ垂らしていく。所作は丁寧で、迷いがない。


 中央に戻ると、背筋を正し、凛とした声で告げた。

 「この場を清め、まことの御霊(みたま)をお迎えする。()しきもの、立ち入ることなかれ」

 空気がぴんと張りつめ、塩の盛られた四隅が、わずかに光を帯びたように見えた。

 玲は静かに座し、手を組んで目を閉じる。

 深く息を吸い、胸の奥から言葉を紡ぐ。


「——()けまくも(かしこ)御霊(みたま)よ、此処に結界張りて、言霊(ことだま)を捧ぐ。(とお)つ世より続く(ちぎり)のまにまに、今宵ひととき、此方(こなた)へ降り給え。見えずともよし、触れずともよし、ただ、心残りの声あらば、響かせ給え……」


 室内の空気が微かに震え、蝋燭(ろうそく)の火が細く、長く揺れた。

 何かが、音もなく、部屋の隅から忍び寄ってくる。

 ——その瞬間。

「……けい、たろう……」

 低く、しわがれた声が空気を這った。壁の向こうか、天井の裏か、それとも耳の奥か。どこからともなく、声だけが漏れ出てくる。

「……あれを……けい、たろう……わしは……すま、ぬ……」


 玲がかすかに身じろぎした。掠れた声には、苦悩と後悔の気配がにじんでいた。

 何かを伝えようとした、そのとき——

「にゃあ」

 障子がわずかに開き、白猫がずかずかと入ってきた。

 空気が変わる。盛り塩の上を風がなで、気配はふっと途絶えた。

 玲が目を開け、浅く息をつく。晴臣は立ち上がり、猫を一瞥(いちべつ)すると背中を軽く伸ばした。

「……君、空気読もうか」

 猫はふたりの間で堂々と丸くなり、毛づくろいを始めた。

「“あれ”とは何か。啓太郎さんに関わるものだろうか……」

 まだ真相には遠いが、ひとつの手がかりが見え始めていた。


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