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(6)

 

 一方、軽子を間一髪救った呂嗚流は、彼女が無事なことを確認した後、ジョギングウェアに着替えて走り始めた。


「待って~」


 一瞬遅れて椙子が追走した。


「気持ちいいね」


 2人は笑顔で並走した。


 世界一のロックスターと世界一の美女が並んでのジョギング、もしその姿を誰かに目撃されたら世間は放っておかない。

 パパラッチの餌食になるのは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、2人にその心配はなかった。

 何故なら、彼らが走っているのは美家の敷地内にあるジョギングコースだからだ。

 誰の目も気にする必要がないのだ。

 2人は一時間ほど走ってシャワーを浴び、ダイニングルームに向かった。


「おはようございます」


 プールの水を飲んで性格が変わったのか、軽子が明るい声で2人を迎えた。

 嫉妬深く意地悪だった昔の面影は跡形もなく消えていた。


「バッハのコンチェルトでよろしかったですか」


 軽子の問いかけに椙子は微笑みを返した。

 ダイニングには、『オーボエ・ダモーレ・イン・Aメジャー』の軽快なバイオリンの調べが流れていた。

 そして、愛のオーボエと呼ばれるオーボエ・ダモーレの豊かな低音の旋律が始まった。


「この曲大好きなの」


 椙子が笑みを浮かべた。


「俺も好きだよ」


 クラシックへの造詣が深い呂嗚流が頷いた。


 それを合図にするように2人は見つめ合い、顔を近づけた。

 しかし、唇が触れようとした時、「お食事のご用意が整っております」とシェフが(うやうや)しく頭を下げた。


「またあとでね」


 椙子のウインクに、呂嗚流もウインクで返した。


 搾りたてのフレッシュジュースが2人の前に運ばれた。

 椙子にはオレンジを、呂嗚流にはグレープフルーツを。

 そして、今朝敷地内で採れたばかりの新鮮な野菜が彩り鮮やかに皿に盛られて運ばれてきた。


 椙子は真っ赤に熟したプチトマトを一つ口に入れた。

 呂嗚流はレタスにレモンを絞り、それを音を立てて食べ始めた。


「食物繊維がいいんだよね」


 独り言に頷きながら、なおも豪快に食べ続けた。


「黒トリュフのスクランブルエッグでございます」


 パンプキンスープと見間違うようなペースト状になったスクランブルエッグに黒トリュフがアクセントをつけていた。


「おいしいわね。それに、トリュフの香りがたまらないわ」


 椙子の顔が綻んだ。


 それを食べ終えると、メインが運ばれてきた。

 椙子の前にはサーモンステーキが、呂嗚流の前にはシャトーブリアンのレアステーキが置かれた。

 それぞれに自家製朝採れ野菜のソテーが添えられていた。


 デザートはフルーツヨーグルトだった。

 もちろん、椙子にはオレンジを、呂嗚流にはグレープフルーツが運ばれてきた。


 食後に、椙子はストレートティーを、呂嗚流はエスプレッソを口に運んだ。


 飲み終わってリビングに移動した椙子に呂嗚流が話しかけた。


「2人でバンドをやらないか」


 突然の提案だった。


「バンドって……」


「君がピアノとバイオリンとドラムを担当し、俺がギターとベースを担当する。そして、歌は2人でっていうのはどうかな?」


 椙子の楽器演奏レベルの高さに驚いた呂嗚流はバンド構想を温めていた。


「ミュージックビデオを作ろうと思うんだ」


 呂嗚流はプランを説明した。

 それぞれの楽器を個別に演奏した映像を重ねていき、あたかもバンドとして演奏しているように編集するのだという。


「髪型や化粧、衣装を変えた3人の君がピアノとバイオリンとドラムを同時に演奏し、同じく髪型や化粧、衣装を変えた2人の俺がギターとベースを同時に演奏する。そして、更に別の格好をした2人がデュエットする。面白いと思わないか?」


「つまり4人のわたしと3人のあなたが同時に演奏して歌を歌っているような映像になるのね。まるで一つのバンドのように」


「そういうことだ。バンド名も決めている」


 軽子に持ってこさせたメモ帳にペンを走らせて、それを椙子に見せた。


『美ロックス』と書かれていた。


「いい名前だろう」


「素敵ね」


 椙子はウットリと呂嗚流を見つめた。


 * *


 するとそこでいきなり場面が変わり、椙子とは別の女が現れた。

 しかし、ただの女ではなさそうだった。

 その正体は……、



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