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(3)

 

 窓の傍に立った呂嗚流は雲海を見つめながらしばし考えた。

〈この犬に成功の秘訣を伝授する意味があるのだろうか〉と。


 もちろん、ただの犬ではないことはわかっている。

 それに、世界一の美女の愛犬であることもわかっている。


 とはいえ、犬であることに変わりはない。

 秘訣を教えても実践できるはずはないのだ。

 やはり意味はない。


 そう結論付けた時、機体が揺れて、エアポケットに入ったかのようにストンと落ちた。

 すると、あの時の姿が思い出された。

 顎が外れて腰が抜けたみっともない姿だった。

 もしあのままの状態が続けば人前に出ることはできず、歌だって歌えなかったはずだ。


 それをこの犬が救ってくれた。

 頭にコブはできたが、外れた顎は元に戻った。

 こうしてHONDAジェット・エリートで日本へ向かえるのもこの犬のおかげなのだ。

 偶然の出来事だったとはいえ、恩を受けたまま礼を失するわけにはいかない。

 それは俺の流儀に反する。


 心を決めた呂嗚流は、すぐさま振り向いてフランソワに目を向けた。


 *  *


 固唾を呑んで呂嗚流の動きを追っていたフランソワに彼の声が届いた。


「秘訣を知りたいか?」 


 その瞬間、クイックモーションで二度頷いた。


「わかった、教えてやる。『成功するまで諦めない』というのが第一のポイントとすると、第2のポイントは『独自性を磨く』ということだ」


「独自性ですか?」


「そうだ、独自性だ。オンリーワンと言い換えてもいい」


 それを聞いて嬉しくなった。

『ワン』という言葉が大好きだからだ。

 思わず吠えたくなったが、ぐっと堪えて次の言葉を待った。


「ナンバーワンは競争の中で生まれる。勝つか負けるかの勝負だ。だから、競争に負ければ誰かに取って代わられる。しかし、オンリーワンは違う。唯一無2である限り、存在を脅かす者はいない。言葉を変えれば」


 なんだろう? 


 フランソワは脳の引き出しを片っ端から開けて答えを探したが、行き着く前に呂嗚流の声が耳に届いた。


「『無競争を生みだす』と言い換えてもいい。そのためには、」


 今度は即応した。


「誰かと同じことはしない」


 呂嗚流は満足げに頷いた。


「そうだ、その通りだ。『流行を追わない』ことだ。これが第3のポイントだ」


 流行……、


「人は流されやすい。易きにつきやすい。何故か? それは、大きな流れに乗った方が楽だからだ」


 そして、音楽業界の変遷について語り始めた。


「ロックン・ロール、ブルース、ハード・ロック、プログレッシヴ・ロック、ヘビーメタル・ロック、パンク・ロック、サザーン・ロック、ディスコ・ミュージック、ソウル、レゲエ、ボサノヴァ、ヒップホップ、ラップ……、

 過去数十年の間にブームが起こり、そして萎んでいった。

 その中で数多くのミュージシャンがデビューしたが、そのほとんどは短期間で消えていった。

 残ったミュージシャンはほんのひと握りだ。

 1パーセント未満と言ってもいいだろう」


 栄枯盛衰、淘汰、厳しい世界だ。

 しかし、そんな中でも呂嗚流は生き残ってきた。

 いや、勝ち残ってきたのだ。

 フランソワは尊敬の眼差しで彼を見つめた。


 すると、呂嗚流が純金製のラックから一枚のレコードを取り出し、表紙をフランソワの方に向けた。

 すると、顔が映った。

 しかし、なんか変だった。


 ん? 


 よく見ると、表紙の大部分に銀紙が貼られていた。


 銀紙? 


 首を傾げるフランソワの目を誘導するように、呂嗚流がアルバムタイトルを指差した。


『Look at yourself』


 あなた自身を見なさい? 


 でも、よく見えない。


 鏡だったらよく見えるけど、銀紙じゃあ……、


 更に首を傾げると、呂嗚流が助け舟を出すように声を発した。


「自分の姿を見るんじゃないんだ」


 えっ? 

 だって、あなた自身を見なさいって……、


 困惑していると、呂嗚流が帯に書かれた日本語を指差した。

対自核(たいじかく)』と書かれてあった。

 バンド名は『Uriah(ユーライア) Heep(ヒープ)


 対自核? 

 自分の核に向き合う?


 更に困惑した。


 しかし、そんなことに構うことなく呂嗚流はアルバムジャケットからレコードを取り出し、ターンテーブルの上に乗せた。


 自動で針が下りると、重いドラムと(ひず)んだギターとオルガンの独特のリフが始まり、ハイ・トーンのヴォーカルがかぶさった。

 かなりヘビーなロックだった。


 曲が終わってレコードを取り出した呂嗚流は、真剣な表情でフランソワに向き合った。


「目に見えるものに囚われてはいけない。それは表面に過ぎないからだ。大事なのは目に見えないものを見ることだ」


 そして、表紙の大部分を占めている銀紙を指差した。


「自らの核と対峙(たいじ)しなければならない。それは、本質と言い換えてもいいだろう。顔や体という表面ではなく、目には見えない内面と向き合うことが大事なんだ。この銀紙に映すのは、顔や体ではなく己の心なのだ」


 そして、こう告げた。


「『内面と真摯に向き合う』が第4のポイントだ」


 う~ん、


 唸ってみても、よく理解できなかった。

 難しすぎるし、哲学の講義を聞いているみたいだ。

 しかし、なんとしても理解しなければならない。

 そのためにも記憶の引き出しにしっかりしまい込まなければならない。フ

 ランソワは己の海馬に4つのポイントを叩きこんだ。


 ①成功するまで諦めない

 ②独自性を磨く

 ③流行を追わない

 ④内面と真摯に向き合う



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