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(2)

 

 その日のうちにフランソワは機中の犬となり、日本に向かった。


 密約を交わして一緒に乗り込んだ男が世界一カッコいいロックスターの露見呂嗚流だと知って一瞬驚いたが、それで怯んだりはしなかった。


 こちらには世界一の美女〈美椙子〉という切り札があるからだ。

 彼女に会せるまではこちらが主導権を握れるし、贅沢なもてなしが期待できるだろう。


 ほくそ笑みながら豪華なソファに体を沈めたフランソワはニンマリを止めることができなかった。


 飛行機はカナリア諸島からヨーロッパ、中東、インドを経て、ビジネスジェット機専用ゲートがある羽田空港へ向かっていた。

 乗客は呂嗚流とフランソワと秘書と料理人だけだった。

 そう、この飛行機は呂嗚流が移動するためだけの専用機なのだ。

 その名は『HONDAジェット・エリート』

 世界で最も美しいビジネスジェット機。

 エンジンが翼の上に設置された優雅なフォルム。

 白とアイスブルーの鮮やかなツートンカラー。

 そして、優れた静粛性と広い室内。

 更に、優れた燃費性能による長い航続距離が魅力だった。

 1回の給油で2,600㎞以上飛べるのだ。


 もちろん、一気に羽田へは行けない。

 カナリア空港と羽田空港の距離は13,000キロ弱なので、最低5回は給油しなければならない。


 しかし、それはそれで、決して悪いことではないと呂嗚流は笑った。

 その土地その土地で楽しいことがあるからだという。


 しかし、そんなことに興味のないフランソワは、世界一のロックスターになった秘訣を探り出そうとチャンスを狙っていた。

 シャンパンを飲みながら考え続けた。


 すると、子分になるのが近道だと閃いた。

 それはとても良いアイディアだと確信したが、そう簡単でもないことに気がついた。

 彼は世界一のロックスターなのだ。

 おべんちゃら(・・・・・・)を言って近づいてくる輩はわんさかいるし、なんとか取り入ろうとする下心を持つ者は掃いて捨てるほどいるはずだ。

 だから、そいつらと同じレベルと思われたらオシマイになる。


 では、どうする? 


 必死に考えると、母犬の顔が浮かんできた。

 そして、乳飲み犬だったフランソワの顔を舐めながら、優しく諭すように語った言葉を思い出した。


「相手を知ること、よく知ることが大事なのよ」


 更に、こう言ったのをよく覚えている。


「質問上手になりなさい。

 聞き上手になりなさい。

 そうすれば、相手は心を開いてくれるわ。

 よく覚えておくのよ、『聞き上手は話し上手』という言葉を」


 幼くして離れ離れになった母犬の顔を思い出して涙が出そうになったが、それを必死に堪えて彼女の教えを実践することにした。

 呂嗚流の自尊心をくすぐる質問をするのだ。


 フランソワは彼に向き合った。


「呂嗚流様、何故あなたはロックスターとして大成功したのですか?」


 すると彼は一瞬怪訝な表情になったが、すぐに穏やかな目になってフランソワを見つめた。


「どうして成功したと思う?」


 これは予想外だった。

 まさか質問を返されるとは思っていなかった。


 困惑してしまったが、ここでレベルの低いことを言うわけにはいかない。

 そんなことをしたらバカにされるだけでなく、今後まったく相手にされなくなる可能性があるからだ。


 ママ~、


 瞼の裏で見守る母犬に助けを求めた。

 すると、「落ち着いて」という優しい声が聞こえた。

 彼女は微笑んでいた。


「大きく深呼吸をするのよ。そして、心の声を聞きなさい」


 フランソワは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。

 すると心臓の鼓動が落ち着き、穏やかな気持ちになった。

 目を瞑って心の声に耳を傾けると、何かが聞こえたような気がした。

 一心に耳を傾けると、今度はハッキリと聞こえた。

 頷いて目を開けた。


「成功するまで諦めなかった、からですか?」


 呂嗚流が頷いた。


「その通りだ。

 ほとんどの人は自分の夢を途中で諦める。

 自分には無理だ、できっこないと弱気になり、成功への努力を止めてしまう。

 自分を過小評価してしまうのだ。

 しかし、成功者は違う。

 どんなに失敗しても、どんなに挫折しても、どんなに妨害に遭っても、絶対に諦めないのだ。

『自分はできる』と信じ続けられるのだ。

 だから成功するまでやり続けることができる。

 こんな言葉を知っているかな?」


 彼はシャンパンを一口飲んでから、確信に満ちた声を発した。


「継続は力なり。努力は裏切らない」


 しかしその途端、彼はフランソワから目を離し、何かを考えるような表情になって立ち上がった。



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