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第6幕:呂嗚流と椙子(1)

 

 モルディブでのレコーディングは順調に進んでいた。

 世界一のロックスターである呂嗚流の歌と演奏にミスはなかったし、初レコーディングで緊張していた椙子も独特な雰囲気に慣れるにつれて高い演奏技術を発揮し始め、ファーストテイクでOKが出るようになった。

 そのため、最終日を待たずにレコーディングが終了した。


 しかし、2人だけの時間に浸る暇はなかった。

 音のバランスや奥行、迫力などを調整するミックスダウンやジャケット写真の撮影などが残っているのだ。


 それに、発売後のプロモーションも練らなければならない。

 特にこの曲の場合は単にヒットさせればいいだけでなく、使命を果たさなければならないのだ。

 銀神に導かれて椙子が辿り着いた使命を。


 先ず、プライベートジェットで向かった先はロンドンだった。

 ミックスダウンをするために誰もが驚くようなスタジオを借りていたのだ。

 アビーロードスタジオ。

 あのビートルズが8年間の間に200曲以上を録音したスタジオ。

 そして、そのスタジオの前の横断歩道を4人が歩いた写真でも有名になったところ。

 そこで最終調整が行われるのだ。


「こんなすごいところでできるなんて……」


 建物の前に立った椙子は、これが現実のこととは思えなかった。

 実は、ビートルズの大ファンだったのだ。

 特に『アビーロード』と名付けられた実質上の最終アルバムは殊の外気に入っていた。

 その中でも、ジョージ・ハリスンが歌った『Something』や『Here Comes Sun』の優しい歌声が大のお気に入りだった。


「俺はジョン・レノンが歌った『Come Together』とポール・マッカートニーが歌った『Oh! Darling』が最高だと思うね」


「うん、わたしもポール・マッカートニーは大好き。『Yesterday』なんてたまらなく好き。ねえ、もしかしてポールに会えるかな?」


 そんなことはあり得ないとわかってはいたが、口に出さずにはいられなかった。

 でも、何故か呂嗚流は否定しなかった。

 それだけでなく意味ありげな笑みを浮かべて囁いた。


「強く思ってごらん。必ず伝わるから」


 *  *


「信じられない」


 ロンドンを発ってニューヨークへ向かうプライベートジェットの中で椙子の興奮はまだ続いていた。

 本物のポールに会えたことが現実のこととは思えなかった。


「長い付き合いだからね」


 呂嗚流はさり気なく言ったが、椙子にとっては奇跡以上の出来事だった。


「やっぱりあなたって凄いわね」


 夢見る瞳で呂嗚流を見つめた。


「それに、あんな約束をしてくれるなんて」


 プロモーションへの協力を快諾してくれたことにも興奮を隠せなかった。


「彼はとてもいい奴だからね。それに、君の使命に共感してくれたんだよ」


 椙子は、二つ返事でOKしてくれて手を握られた時の感激を思い出した。


「嘘みたい……」


 呂嗚流にもたれかかって彼の手を握った。


 空港に着いて向かったのは、マンハッタンの東部だった。


「ここだよ」


 目的地に着いてリムジンを降りた椙子は思わず見上げてしまった。

 それほど高くそびえる建物だった。

 国連事務局ビル。

 39階建てだという。

 その横には白くて横長いビルがこれまた威容を誇っていた。


「国連って……」


 椙子は次の言葉が出てこなかった。

 余りにも場違いな気がしたからだ。

 ここでアルバムジャケットの撮影をするなんて何かの間違いではないかと思った。


 しかし、間違いではなかった。

 ビルの中に入った呂嗚流は、なぜ国連で撮影するのかを静かに語り始めた。


「人類は何度も大きな過ちを繰り返した。

 侵略を重ねて殺戮(さつりく)を続けた。

 血に飢えた独裁者たちがこの世を汚し続けた。

 しかし、第一次世界大戦が終わった時、このままではいけないと国際連盟を立ち上げた。

 それなのに、設立を提唱したアメリカが上院の反対で参加できなくなり、革命直後のソビエトや敗戦国のドイツも参加できず、骨抜きとなった国際連盟は『戦争の防止』という目的を果たせなくなった。

 そのため、第2次世界大戦を防ぐことができなかった。

 また間違いを繰り返すことになったんだ」


 そこで大きく息を吐いて天井を見上げた。

 その目には悔しさがにじんでいるように見えた。


「第2次世界大戦が終わった時、今度こそ平和な世界を作り上げなければならないと、機能不全だった国際連盟の反省を踏まえて国際連合を設立した。

 今では世界のほとんどの国が参加するまでになった。

 それでも戦争は終わらない。

 世界規模の戦いには至っていないが、あちこちで紛争が起こり、侵略が行われている。毎年多くの人が犠牲になっているんだ」


 そして、対立する2つの陣営が国連安保理事会を機能不全にしていると嘆いた。


「政治家たちは本気で平和な世界を作ろうとしているのだろうか? 俺は疑問に思うことがある。自国の利益を最優先して、協調による平和や安全の構築を後回しにしているとしか思えない」


 大きく首を横に振った。

 しかし、このままにしておくわけにはいかないと強い決意を漲らせた。


「俺は政治家でも役人でもないから国連の場で発言することも行動することもできない。それでもやれることはある。平和を願い反戦を訴えることはできるんだ」


 それを実践してきたミュージシャンの名を挙げた。

 ピート・シーガー、

 ピーター・ポール&マリー、

 ジョーン・バエズ、

 ボブ・ディラン、

 ビートルズ、

 ジョン・レノン、

 ジョージ・ハリスン、

 ローリング・ストーンズ、

 ジミ・ヘンドリックス、

 ブルース・スプリングスティーン、

 スティング、

 ニール・ヤング、

 それ以外にも数多くのミュージシャンが声を上げたと力説した。


「『ペンは剣よりも強し』という言葉があるけれど、『歌は武器よりも強し』と俺は思う。独善に立ち向かう力があるからだ。抗議する力があるからだ。人々を動かし気持ちを一つにする力があるからだ」


 そして、「俺は信じる、音楽の力を」と言い切って椙子の背中を押した。

 アルバムジャケットの撮影をする場所へ移動するという。


「どこへ行くの?」


 詳細を聞かされていない椙子の声が緊張で震えた。


「行けばわかるよ」


 呂嗚流は椙子の肩を優しく抱いた。



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