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 アメリカ国防省からレンタルした超音速ステルス戦闘機『F22ラプター』が日本の領空から出ようとしていた。

 しかし、その機内にフランソワはいなかった。

 彼は機外にいたのだ。


 寒い!


 口唇をカタカタ震わせながら、フランソワはその時を待っていた。



「発射!」


 パイロットがアイコンにタッチすると、無弾頭の精密誘導ミサイルが轟音と共に海を目がけて飛び出した。

 フランソワはミサイルに縛りつけられていたが、猛烈なスピードに耐えながら、同時に海中で生き延びるための準備をしていた。


 ミサイルが猛スピードで海中に突入した瞬間、フランソワの首に変化が起こった。

 エラだった。

 それも、超深海にあるアトランティス大国の入口まで多段階変化をする特殊なエラが出現していた。

 浅層海、中深層海、漸深層海、深層海、超深層海と、深さが増すごとにエラの構造が変化し、適応していくのだ。


 ん? 


 水圧が半端ない。

 耳鳴りがどんどんひどくなってきた。

 フランソワは肉球で鼻をつまんで耳から空気を抜いた。


 そのうち、暗くて何も見えなくなった。

 太陽の光が届かなくなったのだ。


 どれくらい潜ったんだろうか? 


 400メートル以上の深さになっているのは間違いなかった。

 目のレンズを赤外線用に切り替えた。


 おっ、


 見慣れない魚が近づいてきた。


 ひょっとしてデメニギスか? 


 頭の中が丸見えだ。


 なんだこりゃ!


 珍しい深海魚に遭遇して興奮したが、それも束の間、体がブルブルと震え出した。


 うっ、寒い! 


 水温が5度を切っていた。

 慌てて防寒用の皮膚層と脂肪層を新たに造り出した。



 もしかして……、


 そうだった。アトランティス大国の深海牧場が見えてきた。

 マッコウクジラが飼育されている牧場だ。

 ダイオウイカをうまそうに頬張りながら、時々牧場内に設置してある酸素吸入スペースで潮を吹いている。


 その様子を見ていると、見慣れた一頭が近づいてきた。

 昌代(まさよ)だ。

 富裸豚がペット用としてプレゼントしてくれたクジラ。


「入口まで連れて行っておくれ」


 燃料が切れて停止したミサイルを体から切り離し、昌代の背ビレにつかまった。



 ほどなくして、昌代がクリック音を発した。

 入口に着いたことを教えてくれたのだ。


「ありがとう」


 昌代のつぶらな瞳にキスをすると、彼女は喜んで一段と高い周波数のクリック音を発して去って行った。


 *  *


「フランソワ様ではないですか」


 入国警備隊長が驚きの表情で迎えた。


「どうなさいました?」


 フランソワは彼に耳打ちした。


「えっ!」


 今度はのけ反るようにして驚いた。


「事は急を要します。今すぐ覇王様の許へ連れて行ってください」


「わかりました」


 返事をするや否や警備隊長は迎賓館までの道を完全封鎖するよう部下に命じた。

 そしてフランソワを助手席に乗せて、衝突防止装置付き自動運転電気自動車でぶっ飛ばした。


 *  *


 フランソワが駆け込むと、迎賓館では盛大なセレモニーが行われようとしていた。

 富裸豚覇王が自己中駄王と眠優王を出迎え、これから記念撮影が行われようとしていたのだ。

 何十人ものカメラマンが今か今かと待ち構えていた。


 この中に自己中駄王の側近がいるに違いないので、必死になってそいつを探した。

 あの時受像機に映った側近の顔を思い出して、目を皿のようにして探した。

 しかし、見つけることはできなかった。


 どこにいるんだ……、


 その瞬間が迫る中、動悸が激しくなった。

 もし奴を見つけられなかったら富裸豚が暗殺されてしまうかもしれないのだ。

 尋常ではない恐怖がフランソワに襲いかかっていた。


 どこだ……


 富裸豚の正面に立つカメラマンたちに目をやった時、司会者がマイクの前に立った。

 すると、サングラスをかけたカメラマンの口元が緩んだ。


 こいつだ!


 確信したフランソワが一歩踏み出した時、司会者の声が耳に届いた。


「最高の笑顔をお願いします」


 そして「スマイル♪」と呼びかけると、3人が白い歯を見せた。

 その瞬間、自己中駄王の側近がフラッシュをたいた。


 危ない! 


 フランソワは横っ飛びになり、富裸豚の顔の前に右前足の肉球を突き出した。

 その途端、会場が騒然となり、声が飛び交った。


「なんだ、この犬は?」

「どこから出てきたんだ?」

「早く片づけろ!」


 3国のシークレットサービスが駆けよって銃を構えた時、富裸豚が(かば)うように抱きかかえた。


「フランソワ!」


 呼びかけたが、返事はなかった。

 それどころか、体の色が変わろうとしていた。

 紫色に変色し始めたのだ。


「しっかりしろ!」


 富裸豚が抱きかかえたまま走り出した。


「医者を呼べ! 大至急呼べ!」


 富裸豚が走り込んだのは迎賓館内にある救命救急集中治療室だった。

 すぐさまフランソワは蘇生ベッドに寝かされたが、今にも絶えてしまいそうな息になっていた。


「毒が全身に廻って、99%の細胞が死んでおります」


 医師は手の施しようがないと強く頭を振った。


「何を言うか! 諦めるな! 成功するまで諦めるな!」


 富裸豚は医師を叱咤激励した。し続けた。


 すると遂にその声がフランソワの耳に届いた。

 その時、薄れゆく意識の中に呂嗚流の顔が浮かんできた。

 彼は富裸豚と同じことを言っていた。


「諦めるな!」


 あぁ、呂嗚流様……、


 フランソワは彼に救いを求めた。

 しかし、ふ~っと気が遠くなり彼の顔がぼやけてきた。


 あ~、もうダメ。

 呂嗚流様、僕は弱い犬でした。

 お許しください。


「ダメだ。諦めるな! 死ぬ気で頑張れ!」


「でも、もうほとんど死んでいます」


「バカヤロー、お前は世界一の名犬なんだろ。弱音を吐いてどうする!」


 呂嗚流の檄が飛んだ瞬間、ぼんやりと影が浮かんだ。


 誰だろう? 


 遠ざかる意識の中でその影を見極めようとした。

 すると、その影に光が当たった。


 あっ、椙子様だ。


 間違いなく椙子様だった。

 輝くような笑みを浮かべていた。

 弱気の虫はたちまちどこかに逃げていった。


 死んでたまるか! 

 椙子様に会うまでは絶対に死ねないんだ。


 力を得たフランソワは最後の力を振り絞って生き残った1パーセントの細胞に喝を入れた。


 こんな毒に負けてたまるか! 

 僕は、この僕は、名犬フランソワだ!


 すると、細胞が分裂を始めた。

 1パーセントが2パーセントに、そして、3パーセントにと、ゆっくりとではあるが正常細胞が増えていった。

 更に、それを加速させるかのように脳内で見守る椙子様が鞭を振るった。


「分裂しなかったらお仕置きよ!」


 鬼のような形相でフランソワの細胞を叱咤激励し続けた。

 すると、恐れをなした正常細胞が我先にと分裂を始め、黒紫色だった体が徐々に淡い藤色になり、それが元の白色へと変化を始めた。


 *  *


 その変化を見ていた富裸豚が、まだ目を見開かないフランソワに声をかけた。


「スリー、ツー」


 すると、


「ワン!」


 ひと声吠えたフランソワが目を開けた。


「良かった!」


 富裸豚はフランソワをひしと抱きしめた。


 *  *


 その時、いきなり場面が変わった。

 美しい女とカッコいい男がマイクに向かっていた。



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