(2)
その頃、正気に戻った玉留が飛び起きた。
「ここはどこ?」
「美家のゲストルームでございます」
秘書の声だった。
見ると、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「そうだったわね。椙子さんに会いに来たのだったわね。でも」
玉留の表情が一気に暗くなった。
椙子が呂嗚流とハネムーンに行ったことを思い出したからだ。
それでも、なんとか気分を立て直そうと無理矢理笑みを浮かべたが、何かがおかしいことに気がついた。
この部屋に何かが欠けているように思えたのだ。
ハッとして周りを見回したが、探しているものを捉えることはできなかった。
「フランソワは?」
秘書は眉間に皺を寄せて力なく首を振った。
「えっ、何かあったの?」
秘書は何も答えず、横に立つ軽子に顔を向けた。
軽子は薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「軽子さん、フランソワはどこにいるの?」
つかみかかるように問い詰めると、軽子がシラッと言い放った。
「渦と共に去りました」
「渦? 渦って何?」
意味がわからない玉留は混乱して気が動転したが、軽子は玉留の動揺をまったく気にしていないかのように淡々と答えた。
「椙子様と呂嗚流様のご結婚に悲観したフランソワはプールに身を投げたのです。運悪く排水中だったため、渦に巻き込まれて下水道へ流されてしまいました。可哀相に、今頃は海の藻屑かと」
「そんなバカな……」
一瞬涙ぐんだ玉留だったが、次の瞬間、毅然とした表情になり、秘書に命じた。
「フランソワは不死身よ。絶対に死んでいないわ。至急捜索を開始しなさい」
秘書は玉留専属捜索隊に出動を要請した。
緊急であることを伝えると、即座にU-125A捜索救援機とUH-60J救難ヘリコプター、そして、US-2救難飛行艇が5編隊になって玉留のプライベート飛行場から飛び立った。
それは、海上自衛隊に引けを取らない捜索体制だった。
「太平洋をくまなく探しなさい」
秘書に命じた玉留は、自らの心にも強く言い聞かせた。
必ず探し出してみせる。
フランソワは絶対に生きている!
* *
時間は無限のように長く、終わりのないように思えた時、じりじりとして待っていた玉留に朗報が飛び込んできた。
「発見しました」
「生きているのね」
確信した玉留は期待を込めて捜索隊長の返事を待った。
「それが……」
隊長の声が曇った。
発見したのはフランソワではなくロープだというのだ。
「ロープ?」
軽子の悪行を知らない玉留は捜索隊長の報告に首を傾げた。
「変な形で海に浮いていたのです。何かを縛ったような形のまま浮いていました。そんなものが海に浮いているのは余りにも不自然な気がしたので引き上げました。すると、毛が3本ついていました。それを迅速DNA判定機で調べた結果、フランソワ様のDNAと一致したのです」
「それで、その近くにフランソワは?」
「見つかりませんでした。影も形もありませんでした」
「そう……」
玉留はガクッと肩を落とした。
プールの排水溝に吸い込まれてからもう何日も経っていた。
今見つからないということは、最悪のケースしか考えられなかった。
「ですが」
捜索隊長が不思議なことを口にした。
「ロープが見つかった海域から東側を捜索している時に、今まで見たことのない光景を目にしたのです」
「何? 何を見たの?」
「それが……」
「早く言いなさい」
玉留が受信機に噛みついた。
「シャチが直径1キロの円を描くようにグルグルと回っていたのです。それも、何十頭という数で」
玉留はその光景を頭に描いたが、意味するところは何もわからなかった。
「その円の中に何があったの?」
「それが……」
また捜索隊長が口ごもった。
「じれったいわね。何があったのよ!」
玉留の雷が落ちた。
「何もありませんでした。肉眼でもレーダー探査でも、何も見つからなかったのです」
「そんなわけないでしょう。何かあるからシャチがいるんでしょう。なんにもない所にシャチが何十頭も集まるわけないじゃない」
「そう思うのですが……」
消え入りそうな捜索隊長の声を聞きながら、玉留は困惑した。
もう打つ手はないのだろうか……、
玉留の目に涙が溢れ、鼻水が垂れてきた。
ティッシュを鼻に当ててチンと噛もうとした時、捜索隊長の声が耳に届いた。
「念のために超小型探査ロボットを投下しておきました」
その瞬間、玉留の顔がパッと明るくなった。
「やるじゃない。よく気づいたわね。何かわかったらすぐに報告して」