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(2)

 

 ここはどこ?


 ゆらゆらと光が踊り、4方の壁に椙子の姿がぼんやりと映っていた。


 銀紙……、


 椙子は銀紙に囲まれていた。


 どうなっているの……、


 訳がわからなくなった。

 それでもじっとしていられず正面の銀紙に触れると、ゆっくりと何かが浮かび上がってきた。


 赤ちゃん?


 そうだった。

 生まれたばかりの椙子だった。


 あっ、ママとパパ、


 零れんばかりの笑みを浮かべている両親の顔が見えた。


 しかしすぐに場面が変わった。


 病院?


 高熱にうなされている幼い椙子がいた。

 その傍らで看病する両親の必死な顔が見えた。


 あの時は辛かったな、と思い出した時、また場面が変わった。


 自転車?


 補助輪を外した自転車にまたがる椙子がいた。

 後ろで支えるパパと心配そうに見守るママの顔が見えた。


 そうだった、

 パパとママのおかげで自転車に乗ることができたのだ。

 その時の喜びが蘇ってきて「ありがとう」と言おうとすると、また場面が変わった。


 トロフィー?


 全国ピアノコンクールで優勝した椙子がいた。

 花束を持った椙子の横には涙をいっぱい貯めて喜ぶ両親がいた。


 そのあとも次々に両親との日々が浮かび上がってきた。

 そしてそのどれもが無私の愛に包まれていた。


 あ~、自分がどれだけ愛されていたのか、


 当たり前すぎて、ありがたいと思ったことは一度もなかった。


 わたしって……、


 何不自由ない今の生活が当たり前と思っていたことが恥ずかしくなった。


 ごめんなさい、

 そして、ありがとう。


 銀紙に映る両親に囁いた瞬間、その姿は消え、見たこともない顔が現れた。


「あなたは誰?」


 銀色の毛で覆われた異様な姿に声が震えた。


「ワシは、ギンガミじゃ」


 ギンガミ? 

 もしかして、銀紙の神様?


「そなたを導く神じゃ」


 厳かな声が聞こえたと思ったら、頬が大きく膨らんで、その口から強い息が吐き出された。

 椙子は目を開けていられなくなった。

「やめて―」と叫んだが、強い息が止まることはなかった。

 絶対に目を開けさせないという固い意志が込められているようだった。


 それが永遠に続くかと思われた時、銀神の低い声が響いた。


「心を開いてよく見るのじゃ」


 すると、瞼の裏に恐ろしい光景が映し出された。

 暴風になぎ倒される電柱や巨木、

 割れて散乱する窓ガラス、

 川が氾濫して2階まで水に浸かる家々、

 崖崩れで潰れる集落……、

 目を覆うものばかりだった。


 しかし、衝撃映像は止まらなかった。

 氷山が崩れ、海面水位が上昇し、島々が飲み込まれて人々が逃げまどっていた。

「あ~水没する!」と叫んだ瞬間、別の地獄が映し出された。


 体温をはるかに超える灼熱が人々を苦しめていた。

 太陽が照りつける中、熱中症でバタバタと倒れていた。


 そんな~、


 息が苦しくなってきた。


「もう止めて!」


 叫んでも、衝撃映像は止まらなかった。

 先祖代々住んでいた場所が砂漠化し、飢えに苦しむ人々が枯れかけた草を口に入れ、泥水を飲んでいた。

 幼い子供はアバラ骨が浮き出し、ハエを追い払う力も残っていなかった。


 そんな悲惨な彼らを武装集団が襲い掛かり、成人した男は皆殺しにされた。

 その上、若い女たちを強奪していった。

 泣き叫ぶ彼女たちを茫然と見送っているのは老女と子供たちだった。

 残された者たちは仕方なく移動を始めた。

 故郷に居場所がない彼らは異国の地に足を踏み入れるしかなかった。


 しかし、そこでも厳しい現実が待っていた。

 人としての扱いを受けることがなかったのだ。

 彼らを絶望が襲った。

 地球環境の悪化と貧困と紛争が世界中の人々を苦しめ続けていた。


 こんなことが……、


 なんにも知らなかった。

 いや、知ろうともしなかった。

 狭い世界でしか生きていなかった。

 自分のことしか考えてこなかった。


 なんてわたしは……、


 銀紙に額をつけて肩を震わせた。


 すると銀神の声が耳に届いた。


「世界に目を向けるのじゃ。そなたの使命を果たすのじゃ」


 ハッとしてその姿を探した。

 しかしどこにもいなかった。

 そしてその声は二度と聞くことができなかった。


 わたしの使命って何?


「教えて! 何をすればいいの!」


 泣き叫んだ瞬間、目が覚めた。


 夢……、


 うつ伏せになったまま眠り続けていたようだ。


 銀紙から顔を上げると、そこには椙子の涙が溜まっていた。


 わたしの使命って……、


 涙の上に指を滑らせた。

 すると、涙が動き出した。

 離れてはくっつき、また離れてはくっつき、ある形になった。


 漢字……、


 ぼんやりと浮かび上がったのは、3つの言葉のようだった。

 最初は1文字で次とその次は2文字のようだったが、はっきりとは見えなかった。


「教えて! この言葉は何?」


 泣き叫んだ瞬間、目が覚めた。


 えっ? 

 今のも夢だったの? 


 何がなんだかわからなくなって、茫然として顔を上げた。


 あれっ? 


 顔に違和感があった。

 手で触ってみると、何かが張り付いていた。

 剥がそうとしたが、しっかり張り付いて取ることができなかった。


 すぐにパウダールームへ行って鏡に顔を映した。

 するとそこには張り付いた銀紙が3つの言葉を形成し、縦に並んでいた。


 これって……、

 もしかして……、

 わたしの使命……、



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