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 フェラーリが横付けしたのは、正に、中世のお城のようなシャトーだった。

 貴族の館と呼ぶにふさわしい風格があった。


「サンテミリオンの中でも、特別なワイナリーなの」


 サンテミリオン? 

 ボルドーじゃないの?


「ボルドー地区の中に多くのエリアがあって、その中の一つがサンテミリオンなの。ボルドーの中でも特別なエリアの一つよ。何故なら、サンテミリオン、メドック、グラーヴ、ソーテルヌの4地域だけに許された独自の公式格付けがあるからよ。それが〈グラン・クリュ〉なの。優れたワインを生みだす特別な畑のことよ」


 そこで玉留は自慢げに蘊蓄(うんちく)を傾け始めた。


 サンテミリオンは古代ローマ時代に起源をもつ街で、8世紀頃から修行僧らによってワイン造りが始まり、今では5,500ヘクタールの土地に1,000のシャトーが密集する有数のワイン産地となっている。


 そのため『千のシャトーが建つ丘』と称されるようになり、1999年にワイン産地として初めて世界文化遺産に登録された。


 そのこともあって、人口わずか2,000人ほどの街に年間100万人の観光客が押し寄せている。


 主なブドウ品種はメルロで、それを主体としてカベルネ・フランやカベルネソーヴィニヨンをブレンドしてワインが造られる。


 その味は重厚でありながらも柔らかくて滑らかでふくよかで、ボルドータイプの赤ワインが苦手な人でも飲みやすいことで知られている。


 滔々(とうとう)とまくし立てた玉留はそこでツンと鼻を持ち上げた。


「そのサンテミリオンの中でも最上級に位置する葡萄畑がここなの」


 渡されたパンフレットには『シャトー・リッチ・ウーマン』と記載されていた。


 なるほど、そのまんまね、



 館の中に入って、テイスティングルームに通されたフランソワに赤ワインが振舞われた。

 当たり年と言われる2015年のワインだった。

 スワリングをして香りを立たせ、そっと鼻に近づけた。

 そして、一口含んで舌の上で転がし、噛むようにして飲んだ。


「トレビアン♪」


 華やかな芳香と豊かなコクを感じさせる素晴らしい出来栄えだった。


「長期熟成タイプだから、これからどんどんおいしくなるわよ」


 玉留の口から楽しそうな鼻歌が漏れた。


「寝かせれば寝かせるほど価値が高まるから10年未満のものは出荷しないことにしているの。だから、今飲んでいる2015年のワインはまだ1本も出荷していないの。来年の秋に満10年を迎えるから、少しずつ準備を進めているところなの」


 そして、ロマネ・コンティほどの値段はつかないが、ペトリュスに負けない評価を得る自信があると言い切った。


 ペトリュスか……、

 HONDAジェットで飲んだペトリュスはうまかったな。

 でも、リッチ・ウーマンも確かにうまい。


 いい勝負だと、フランソワは思った。


「ところで、世界一のワイン生産国はどこだと思う?」


 リビングに移動しながら玉留が訊いてきた。


「それは当然フランスでしょう」


 誰でも知っているようなことだったので、なんでそんな質問をするのかわからなかった。


 しかし、意外な答えが返ってきた。


「違うのよ。フランスじゃないの」


 えっ? 

 ウソッ!


「イタリアなの。2位がフランス、そして、3位がスペイン」


 そうなんだ~、


「今、いろんな国でワインへの関心が高まっているの。だから、フランス以外の世界各地に素晴らしいワイナリーが誕生しているの。それを放っておく手はないわよね」


 彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「で、生産量の多い国にワイナリーを持つことにしたの。有望なワイナリーを一気に買収したのよ。イタリア、フランス、スペインに加えて、アメリカ、オーストラリア、アルゼンチン、南アフリカ、チリ、ドイツのワイナリーを買収したの」


 凄い! 

 でも、ワインってそんなに儲かるの?


「一般的にワイン製造業の利益率は10パーセントに届かないことが多いのだけど、あたしの所は30パーセントを超えているのよ。何故だかわかる?」


 う~ん、どうしてだろう? 


 う~ん、儲からない理由を薄利多売とすると、儲かる理由はその反対だから……、


 う~ん、厚利少売(こうりしょうばい)かな?


「ピンポン! あなたって凄いわね。その通りよ」


 感心したように頷きながら、またメモ帳にペンを走らせた。

 見ると、『選択と集中』と書かれていた。


「経営には規模を求める経営と価値を求める経営の2つがあるの。規模を量、価値を質と言い換えてもいいわ。あなたの言う通り、規模(量)を求めると薄利多売になるの。逆に価値(質)を求めると厚利少売に行き着くの。経営者はどちらを選択するか決めなければならないのよ。あたしは価値経営を選択し、それに集中したの」


 なるほど。


「テーブルワインや中級ワインには手を出さないで、最高級ワインだけに絞ったの。だから徹底的に味にこだわって、ラベルデザインにこだわったの。そして納得できないワインは1本も出荷しなかったの。何故だと思う?」


 えっ? 

 また質問? 

 う~ん、評判を得るため?


「またしてもピンポンよ。専門用語で『レピュテーション・マーケティング』というのだけど、お客様からどれだけ良い評判をいただけるか、ということを基準にした活動のことで、逆に言うと、評判を落とすことは絶対にやらないという宣言でもあるの」


 なるほど。


「評判は信用になり、信用は崇拝になるの」


 ん? 

 難しくなってきたぞ。


 フランソワは脳細胞に喝を入れた。


「言い換えるとね、評判を聞きつけて新規に購入してくれたお客様が『これは間違いない』と確信して、定期的に買っていただける固定客になり、そして『これじゃなきゃダメ!』っていうファンになっていくということなの」


 そうか、そういうことか、


「これはとっても大事なことだから、メモに書いておくわね」


 玉留はペンを走らせた。


『評判は信用になり、信用は崇拝になる』

『新規客→固定客→ファン』


 なるほど。


 メモを受け取って礼を言ったフランソワだったが、フヮ~~、といきなりあくびが出た。

 集中しすぎたせいか脳が限界に達していた。


 それに感づいたのか、「ちょっと休憩しましょう」と玉留はフランソワの頭を撫でた。


 * *


 するとそこで突然場面が変わって若い男女が映し出された。

 何やら別れを惜しんでいるようだった。

 何があったのだろうか?



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