21「機械仕掛けの亡霊」
ガンッ――!
鋼鉄の拳が防護服の腕に直撃し、ライアンの身体が弾き飛ばされた。
「クソッ……!」
衝撃が肩から背中にかけて広がり、呼吸が乱れる。
床を転がるようにして体勢を立て直すが、すぐ目の前には振り下ろされるプラズマブレードの煌めき。
「ライアン、防御フィールドを作動させなさい!」
ウプシロンの鋭い声が響く。
反射的に防護服に備わった反重力機能を起動させると、展開されたエネルギーフィールドが刃を弾き、青白い火花が散った。
しかし——。
自律型素体のパワーが異常に強い。
振動がスーツ越しに伝わり、次の瞬間にはライアンがシールドごと壁に叩きつけられた。
鈍い衝撃音が響き、全身の感覚が一瞬だけ鈍る。
「チッ……どいつもこいつも、クソみてえに強ぇな!」
息を整える間もなく、オートノームの駆動音が耳に届く。
振り向くと、無機質な銀色の装甲に包まれた機械兵士が、再び動きを加速させていた。
目の部分にあたるユニットが、不規則に赤く点滅している。
「システム異常……」
ウプシロンが右義眼の網膜を通してホログラムを展開し、オートノームのデータにアクセスを試みる。
しかし、彼女の指先が止まった。
「いいえ、これは……外部信号による強制的な再起動ね。制御権を奪われている可能性があるわ!」
ライアンが叫ぶ。
「制御を奪われただと……ふざけんなっ‼︎」
その言葉に応じるように、オートノームが低く唸るような電子音を発しながら、ライアンへ向かって加速する。
「クソッ……!」
ライアンは反射的に回避しようとするが、狭い通路では身のこなしに限界がある。
鋼鉄の腕が一直線に迫り、躱しきれないと悟った瞬間――ウプシロンが素早く腕をかざし、空間に不可視の干渉波を生み出した。目には見えないはずの衝撃波がオートノームを押し返し、僅かに動きを鈍らせる。
彼は瞬きもせずに、その異様な光景を見つめた。
「……なんだよ、それ」
「振動共鳴を応用した拡張技術。でも、オートノームが相手だと長くは持たない」
「わっかんねえ! もっと分かりやすく教えろ!」
ウプシロンは一瞬だけ沈黙し、僅かに首を傾げた。
「コントラバスの弦を弾くと音が出るでしょ? 私はその振動をコントロールして、弦を弾かずに音楽を奏でられる。でも、強すぎるとすぐ壊れるし、相手によってはまったく響かない」
「……なんなんだよ、コントラバスって。俺はクラシック派じゃねえんだ。他に例えはねえのかよ⁉︎」
ウプシロンは眉をひそめ、一瞬考え込む。
そして、小さく息を吐くと、静かに言った。
「水に小石を投げると波紋が広がるわよね? 私はその波紋を操って、物を動かしているの。でも、オートノームみたいな重い鉄の塊は、岩の上にいるようなもの。だから、波を起こしてもすぐに消えてしまう」
ライアンは眉をひそめたが、何となく理解できたような顔をする。
「……なら、さっさとデカい石でもぶつけて止めちまえ!」
「あいにく、そんな都合のいい手段はないわ」
ウプシロンは視線を動かすことなく、手のひらを僅かに開く。すると同時に、彼女の周囲の空間が微かに震えた。
――波が生まれる。
目には見えないが、そこには確かに「振動の層」が広がっていた。それは周囲の物質が持つ固有振動数を拾い上げ、共鳴の波を増幅させるもの。
ごく短時間のうちに圧縮された振動エネルギーが、オートノームの関節部に集中する。
オートノームの動きが一瞬だけ鈍った。
その四肢が硬直し、足元の床材が微かに軋む。
まるで見えない水の波紋が、機体を内側から揺さぶっているかのようだった。しかし、ほんの数秒――それだけで終わる。
オートノームは強制的に動作を再開し、赤いセンサーライトが閃光のように明滅した。
「……効いてはいるけど、限界ね」
その直後――彼女の背後で、金属を擦るような駆動音が響いた。
「――植物野郎! 後ろだッ!」
彼が叫ぶよりも速く、二体目のオートノームが低く唸るような音を発しながら、全身のモーターを最大稼働させて突進。ウプシロンが振り向く間もなく、その衝撃が彼女の身体を貫いた。
鈍い音とともに、ウプシロンの身体が金属壁へと叩きつけられ、鋼鉄の装甲板をえぐるように崩れ落ちる。
ライアンの目の前で、彼女の身体が折れるようにして床に崩れ落ちた。
「……ッ!」
息を詰める。
ウプシロンの背中には深い裂傷が走り、そこから銀色の血液に似た液体が床に広がる。彼女のラテックス製の人工肌は破れ、内部の構造がむき出しになっていた。
「おい……」
ライアンは反射的に駆け寄るが、オートノームの赤い目が彼を射抜く。
まだ戦闘は終わっていない。
だが――。
ウプシロンは床に伏せたまま、微かに唇を動かした。
「……まだ……動ける」
ゆっくりと、折れた人形のような身体が微かに動く。
腕を震わせながら床に手をつき、ぎこちない動作で上半身を起こすが、壊れたラテックスの隙間から冷たい機械の光が覗いた。
ライアンが言葉を発する前に、ウプシロンの指が宙をなぞる。
ホログラムが瞬時に展開され、黄金のデータが奔流のように左眼へと流れ込む。
「制御信号を解析中……」
彼女の声は、驚くほど冷静だった。
オートノームは一時的に動きを止め、赤く明滅する瞳の奥で処理負荷が上昇していることを示していた。ウプシロンが内部プロトコルに干渉し、暴走の停止を試みているのがわかる。
「……くそ、今のうちに――」
ライアンが立ち上がりかけた、その瞬間。
――ピピッ。
オートノームの眼光が一瞬だけ不規則に点滅し――次の瞬間、急激に加速した。
「……ダメ、また上書きされた!」
ウプシロンの警告が響くと、彼は身を屈めて即座に反応。
「つまり、止められねえってことか?」
彼女は短く息を吐き、ホログラムを操作しながら言った。
「これは単なる暴走じゃない……何者かが、この船内のシステムに介入している」
「ハッキングかよ……」
ライアンは奥歯を噛み締めた。
オートノームが再び攻撃姿勢を取る。
ウプシロンはそれを一瞥し、彼に向かって言い放つ。
「時間を稼ぎなさい。私が制御解除を試みるわ」
「チンタラやってる時間はねえからな!」
ライアンは舌打ちし、辺りを見回した。
オートノームを真正面から相手取るのは、明らかに無謀すぎる。
(何か使えるものは――)
その時、視界の端に工業用レンチが転がっているのが見えた。おそらく、この区画の保守点検用に放置されていたものだろう。
「……これなら」
ライアンはレンチを素早く拾い、バランスを確かめながら持ち直す。
派手な武器ではないが、これでも関節部を狙えばダメージを与えられるかもしれない。
「――いいぜ、かかってこいよ」
オートノームの関節部に狙いを定めながら、ライアンはじりじりと間合いを詰めていく——。
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