00「プロローグ」
恒星間入植船「Phage-No.χ」が漂う空間には、音がなかった。外の世界は冷たく、暗い。それでも、この船の中には命が生きている。
Phage-No.χ――人類が最後に作り上げた巨大な鉄の箱。
かつて地球が滅びかけたとき、限られた人々だけがこの船に乗り込み、宇宙へと旅立った。「新天地を目指す」という希望に胸を膨らませていた者もいただろう。けれど、それは遠い過去の話だ。
この船で生まれ育った「漂流世代」にとって、入植船はただの牢獄である。外に出られる希望など見えないまま、生活は延々と続くだけだった。
制御室の冷たいガラス越しに、ウプシロンは深い霧のような感覚を覚えていた。未来の断片が左眼に映し出されるたび、その瞳に黄金の光が宿る。
ウプシロンは「未来を知る」存在。だが、その力は、彼女を苦しめる呪いでもあった。
どの未来を見ても、終わりがある。新天地などたどり着けない未来ばかりだ。それでも、この船に生きる全員を導くことが彼女の役割だった。
「今のままでは、この船が壊れる……」
ウプシロンは呟き、制御端末に向かう。
冷たい金属のパネルが光り、船内の状況が浮かび上がった。その中には、深刻な問題がいくつも記録されている。
『再生処理プラントの機能低下を検知――』
再生処理プラント。空気や水、食糧など、人々の生命維持に欠かせない施設だ。それが壊れれば、この船にいる誰一人として生き残れない。
「未来を見ている私が、何もできないなんて……」
自嘲気味に呟きながら、ウプシロンが立ち上がる。彼女の冷たい表情には、それでも使命感が滲んでいた。自分が動かなければ、この船にいる全員が滅びる。その事実だけが、彼女の心を突き動かしている。
しかし、Phage-No.χの中には、そんな危機感すら持たない者たちもいた。特に「漂流世代」の若者たちは、この船の狭い世界しか知らない。地球の青空や緑の山々の話を聞いても、それは「遠い過去」にすぎなかった。
『俺たちはただの荷物だ。未来なんて、どこにもない』
そんな諦めが船内には広がっている。だからこそウプシロンは、諦めずに動き続ける必要があった。それがたとえ、何度も同じ未来を繰り返し見るだけの「呪い」であっても――。
冷たい鉄の箱の中、未来を信じる者と、信じることを忘れた者たちの物語が今、動き出す。滅びゆく人類が目指すのは、新たな故郷か、それとも――。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
本作『滅びの種』は、私にとって初めてのSF長編作品となります。科学技術や人類の未来をテーマにした作品を書きたいと長らく温めてきたアイデアを形にすることができ、とても嬉しく思っています。
実は当初、センシティブな描写を含む可能性を懸念し、大人向けのミッドナイトノベルズにも投稿していました。ですが、物語を執筆していく中で、今のところそういった描写は皆無です(笑)。そこで改めて、小説家になろうに投稿し直すことを決めました。こちらのサイトでも、多くの方に物語を楽しんでいただければと思います!
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