第7章 だるだる課外実習
ある日の進捗報告の際、リリスは授業の一環で課外学習に参加することになったと悲しい顔でセスに告げた。
「来週から一週間、森で魔物討伐の実習なんです。なので来週は実験ができませんし、進捗報告もありません……。」
セスは面倒くさそうに眉をひそめた。
「......ほんと、こんな時間の無駄な行事に何の意味があるんだか。」
「仕方ないですよ、授業の一環ですから。それより先生、驚いてないということはもしかして?」
その言葉を聞いた瞬間、セスは深くため息をついた。
「……そうだよ。僕もその引率に駆り出される羽目になった。非常に面倒だし、何より外に出るのは大嫌いなんだ。」
「え、引きこもりなのに珍しいですね……!?」
リリスは目を丸くして驚いた。その反応に、セスは額を押さえながらぼやき始めた。
「仕方がないんだ。僕は学術成績と研究成果を評価されて飛び級で学園を卒業したんだけど、そのせいで年齢的にまだ若手扱いされる。だからこういう体力系の雑用を押し付けられることが多いんだよ。」
「えっ、ヴェルナー先生って飛び級してるんですか?」
リリスは驚いてセスを見つめた。いつも研究室にこもり、達観したような態度と話し方のセスが、実は25歳だと知り、リリスの中で彼に対する印象が少し変わった。
「知らなかった?君も他の子みたいに僕の年齢から結婚相手として追いかけ回してたんじゃないの?」
「あれは単に若気の至です。忘れてください。それにしてもそんなに若いのにこれだけの研究成果をだしているんですねー。はー。」
リリスの率直な言葉に、セスは少しだけ目を細め、照れくさそうにそっぽを向いた。
「そんなことない。ただ、僕は必要だと思ったことをやっているだけだ。」
セスが素直に褒められることに慣れていない様子に、リリスは少し微笑んだ。一方で、セスの年齢を知ったことで、彼を少しだけ意識する自分に気がつき、戸惑いを覚える。
「つまり次の実習、先生も来るんですね。何だか急に楽しみになってきました!」
リリスがそう言うと、セスは疲れたように頭を振った。
「多分移動だけで疲れて何もできない。僕はとても憂鬱だ。」
そう言いながらも、どこか彼の表情には、リリスとのやりとりを少しだけ楽しんでいるような雰囲気が漂っていた。
リリスは、学園の外れにある鬱蒼とした森を見上げ、浅く息を吸い込んだ。そこは、魔獣討伐の実習が行われる場所であり、一週間の課外授業の舞台となる場所だった。険しい木々が生い茂るその光景を前に、彼女は少し緊張した面持ちで立ち尽くしていた。
──ただの授業。いつも通り、やるべきことをやればいいだけ。
自分にそう言い聞かせながら、リリスは教員の指示に従って他の生徒たちとともに進み始めた。森は薄暗く、ところどころで聞こえる魔獣のうなり声が不安を煽る。
今回の引率には、聞いた通りセスも参加していた。普段は研究室に引きこもっている彼が、列から少し離れた位置でだるそうに生徒たちを見守っているのだから、どこか不思議な感じがした。
実習は順調に進んだ。角のあるウサギ型の魔獣や、隠密魔法を持つ狐型の魔獣を一匹ずつ討伐し、生徒たちは確実に成果を上げていった。リリスも与えられた課題をこなす中で、改めて自分の魔法技術が向上しているのを感じた。
しかし、実習も終わろうとする最終日。やや弛緩した空気の中で、突如として事態が変わった。
森の奥にある洞穴に、巨大なドラゴンゾンビの姿が確認されたのだ。通常の生徒たちの手に負える相手ではなく、引率の教師たちでさえも生徒を連れての戦闘を避けるべきだと判断した。
「全員、隠密魔法を使って撤退するぞ!」
教師の指示が飛び、生徒たちは次々にその場から姿を消していった。しかし、その中でリリスの友達が一人、恐怖に足をすくませ、隠密魔法を崩してしまう。
「……!」
友人の姿がドラゴンゾンビの赤い瞳に映った瞬間、愚鈍に見えたその巨体が俊敏に飛びかかってきた。
「危ない!」
リリスは迷うことなく、自分の隠密魔法をその友人にかけ直し、自身の姿を晒して叫んだ。
「大丈夫、早く逃げて!」
自分に向かって迫るドラゴンゾンビを前に、なぜかぼんやりと受け入れてしまう自分がいた。周囲の声も、何も聞こえない。これでいいのだ、と思った。
しかし、その刹那――
「バカか君は!」
低い声とともに、眩しい光が辺りを包んだ。視界が開けると、そこにはセスが立っていた。彼は自身の強大な精霊を召喚し、圧倒的な魔力でドラゴンゾンビを冥界に送りかえしたのだった。
「逃げろって言ったろ!」と怒鳴るセスの背中を見ながら、リリスは安堵しつつも涙がこぼれそうになるのを感じた。遠くから引率の先生の「全員無事かー」と言う声が響いてきた。
リリスは、学園の中庭にある噴水の縁に腰掛けていた。実習から学園に戻り、ひと段落したものの、胸の奥には複雑な感情が渦巻いている。友人を守れた安堵感と、セスに助けられたことへの感謝、そして少しの自己嫌悪――それらが混ざり合い、どうにも落ち着かない。
そこへ足音が近づいてきた。見上げると、噴水の向こうにセスの姿があった。やや疲れた表情を浮かべながらも、相変わらず冷静な雰囲気をまとっている。
「……先生!」
リリスは立ち上がり、小走りで彼の元へ向かった。
「実は先生、めちゃくちゃ強かったんですね。助けていただいて、ありがとうございました!」
少し照れたように頭を下げるリリス。しかし、返ってきたのは冷たく鋭い視線だった。
「礼を言われるようなことじゃない。それより――」
セスは一歩近づき、そのまま厳しい声を低く落とした。
「あのとき、どうして自分を犠牲にしようとした?」
リリスははっと息を呑んだ。そして少し考えて言った。
「それは……あの子には、帰る場所があるから......」
口を閉ざすと同時に、沈黙が二人の間を包む。しかし、次に聞こえたセスの声は怒り混じりのものだった。
「あのねえ、君がいなくなったら、開発中のモーターと発電機と、魔獣対策の電気柵とコンピュータ、それにその他の数え切れないほどの計画はどうするの!」
リリスは驚いて目を見開いた。
「僕には君が絶対に必要なんだ。君がいなかったら、僕の研究はすべて中途半端で終わる。だから、二度とあんな無茶をするな!」
その必死な言葉に、リリスの目に涙が浮かぶ。なぜかはよくわからなかった。
「……ごめんなさい。もう二度と、あんな無茶はしない...と思う。」
声を震わせてそっと返事をする。
そのやり取りが終わると、セスはふとため息をつき、疲れたように肩を回した。
「それにしても……こんなに体力を使うのは久しぶりだ。もうヘトヘトだよ」
「引きこもっているからですよ、先生」
リリスがくすくす笑うと、そこへ元気一杯のカシウス先生が通りかかる。
「ああ、セス君、君も衰えたものだ。あの程度で疲れ果てるとは、研究室にこもりきりの成果が見事に現れているのお!今度一緒に鍛錬でもするかの!」
カシウス先生のからかいに、セスは深いため息をつきながら返す。
「……ほんと、余計なことばっかり面倒事が増える」
しかし、そんな彼の表情には、どこか安堵の色が浮かんでいた。リリスはその様子を見て、また少しだけ彼との距離が縮まった気がした。




