第5章 ぴりぴりセカンドコンタクト
リリス・アストリアは、魔導工学科の講義を終えると、足早に教壇のほうへ向かった。授業を終えたばかりの先生に、何とか話を聞いてもらおうという魂胆だ。
「先生、私、こんな研究をしてるんですけど……お金くれ……一緒に研究してくださいませんか?」
そう言ってリリスは、満面の笑顔を浮かべて手元のレポートを差し出した。相手を見上げる彼女の目には、希望の光が宿っている。とはいえ、内心は打算だらけだった。
──先生たちは研究室を持ってるし、立派な予算もあるはず。17歳の女の子が真剣にやってるって思えば、少しくらい出してくれないかな……。
しかし、現実は甘くなかった。
ある先生はリリスの話を聞いたあと、柔らかい笑顔で首を振るだけだった。研究内容に目を通すことすらせず、「面白い着想ですね」と軽く流される。別の先生は一応レポートを手に取ったが、数ページを読んだところで「うーん……」と曖昧に唸り、結局、断りの言葉を口にした。
──え、そこ分かってないのに断るか!?
心の中で突っ込みたくなるも、リリスはぐっとこらえた。断られる理由の一つが、自分の成績だということも薄々分かっていたからだ。
「やっぱり普段の授業、もうちょっと頑張っとくべきだったか……」
ため息をつきながら、リリスは廊下に腰を下ろした。レポートを抱えた手が妙に重く感じる。このままだと私は、『異世界科学無双、俺つえー気持ちいいー(ただし投資してくれる人はいないから実現しない)』になってしまう。
──はあ。これでダメなら諦めよう……。
そう覚悟を決めて、彼女が最後に向かったのは、以前、実験器具を貸してくれた老齢の先生、カシウスだった。
「カシウス先生、この前は実験器具を貸していただいてありがとうございました。それで……その……こんな研究をしてるんですが、予算が足りなくて……」
リリスは正直に事情を話した。先生の優しい微笑みに甘えてしまったのだ。カシウスは、手渡されたレポートを丁寧に捲り始めた。
最初は和やかな表情だった彼の顔が、次第に真剣になっていく。その様子を見ながら、リリスはふと考えた。
──白い髭がすごい……サンタクロースみたい。
不安と緊張が入り混じる中、やがてカシウスが静かに口を開いた。
「これは、精霊を使わない魔力の利用方法の研究じゃな」
「あっ!?」
リリスは思わず声を上げた。確かにそういう見方もできる。自分では考えもしなかった視点だった。
「そ、そうです!」
初めて建設的な意見をもらい、リリスの心に火が灯る。
「面白い......。だけど、わしの研究テーマとは少し外れる。残念ながらわし自身は力になれない。しかし……」
カシウスはにっこりと笑うと、羽ペンを取り出し、手紙を書き始めた。
「この手紙と、そのレポートを持って、セス・ヴェルナーのところに行ってみなさい」
「……え?」
その名前を聞いて、リリスは頭が真っ白になった。
──なんかすごく聞いたことある名前が来たな……。いや、過去の自分の悪行のせいで、この前すげなく断られたんだけど!?
リリスは唖然としながらも、差し出された手紙を受け取った。カシウスの優しげな笑顔の前で、ただ首を縦に振るしかなかったのだ。
──これは……やばい予感しかしない……。もしかして私、悪役でも令嬢でもないのにこれから断罪的な感じで死ぬの?
リリスは、カシウス先生から預かった手紙を握りしめながら、再び魔導塔の最上階に向かった。階段を上りながら、頭の中ではセス・ヴェルナーの冷たい視線が蘇る。
──前回、あんなに冷たくされたのに……本当に大丈夫なのかな……?
手紙を持っているとはいえ、不安が募る。けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。金、しいては研究のために覚悟を決めたリリスは、セスの部屋の前に立ち、ノックを始めた。
「……ヴェルナー先生、いらっしゃいますかー?」
返事はない。もう一度叩く。さらにもう一度。
──なんで出ないの!
苛立ちを抑えながら何度もノックを繰り返すと、ようやく扉が少しだけ開いた。そこから顔を出したのは、案の定、軽蔑の色を隠そうともしないセス・ヴェルナーだった。
「君、また来たの?懲りないね」
氷のように低く冷たい声が響く。けれど、リリスは一切怯まず、手にした手紙を扉の隙間にねじ込んだ。
「カシウス先生からの推薦状です!中身を読んでください!」
セスは驚いたように手紙を受け取ると、無言で扉を閉めた。その場に取り残されたリリスは、小さく深呼吸をする。
──絶対に読んでくれる。カシウス先生の名前があれば無視はできないでしょ!
しばらく待つと、扉が再び開いた。今度は、セスが明らかに嫌そうな顔でリリスを部屋に招き入れた。
「……まぁ、カシウス先生の頼みなら、一応話だけは聞いてあげる」
「ありがとうございます!」
リリスは慌てて部屋に入り、机の上にレポートを広げる。彼女の目はキラキラと輝いていた。
「以上が、魔電磁気学の基礎理論です!オリハルコンとミスリル線を使った実験で、魔磁場の存在を確認して、動力を取り出せることを確認しています。さらに、この理論を応用して、魔導コンピュータを作るための構想も立てています!」
そう言ってリリスは、図や式がびっしりと書き込まれたページを次々にめくる。
「でも、問題は予算なんです。必要な魔石の購入と、魔導インクの開発を進めるには資金が必要で……どうしても支援をお願いしたいんです!」
プレゼンを終えたリリスは、少し息を切らしながらセスの反応を待った。セスは黙ったまま、資料に目を通している。その顔には驚きと戸惑いが混じっていた。
──本当にこの子が考えたのか……?
数週間前まで自分に付き纏っていたあの「リリス」とは、まるで別人のようだ。けれど、正直アイデアそのものは魅力的だった。
──精霊を使わない魔力の利用方法か……これが完成すれば、僕の研究とも大いに関係がある。打算あってのことだとしても......結果だけ掠めとれればそれでいい。
セスは心の中で悩みながら、ちらりとリリスを見た。彼女の目は真剣そのものだ。
「……条件がある」
「条件?」
「僕もこの研究に共同研究者として関与し、権利を得る。それを了承するなら、予算を出してもいい」
リリスは一瞬、ぽかんとした表情になった。しかし、すぐに理解すると、目を輝かせて飛び上がった。
「よっしゃ!ありがとうございます!」
その場で思わず小さくガッツポーズをするリリス。
──これで人の金で研究ができる!
胸の中で打算まみれの歓喜の声を上げながら、リリスはセスに深々と頭を下げた。この瞬間、二人の共同研究が始まったのだった。




