第3章 びりびり魔電磁気学
図書館での研究を重ね、魔法についての基本的な知識を整理していたリリスは、新たな仮説にたどり着いていた。
この世界の魔法の仕組みは以下のように理解されている。
1.魔力と呪文:
魔力を持つ者が呪文を唱えると、精霊を呼び出し、精霊がその指示に従って物理現象を引き起こす。
2.魔石の性質:
魔力を魔石に貯めることができるが、時間が経つにつれて少しずつ魔力は減少する。魔石には「魔力を入れる側」と「魔力が出ていく側」が存在し、方向性が重要とされる。
3.導魔性金属:
魔力を伝達する金属素材として知られているのは、ミスリルとオリハルコン。
4.魔法陣魔法:
呪文の代わりに、特殊なインクで模様を描いた紙や板に魔力を流すことで魔法を発動させる「魔法陣」という方法が存在する。魔力が魔法陣の模様に沿って伝わることで、呪文と同じ現象が起こる。
リリスはこれらの性質を整理しながら、自分の仮説をまとめていった。
「魔力って、もしかして電気と似てる?」
リリスはノートに仮説を次々と書き込み始める。
•ミスリルは、電気で言うところの導体に相当する?
•魔石は電池やコンデンサーのような役割を果たすのでは?
•魔力の流れを制御するために、不純なミスリルが抵抗として働く可能性がある。
•仮に強魔磁性体と呼ぶものがあれば、それでコイルを作れば、電磁気学のような法則が見出せるかもしれない。
さらに、リリスは精霊についても考えた。魔法の発動には精霊が関与しているが、彼らの存在や働き方は複雑すぎて、現段階で仮説を立てるのは難しい。
「精霊はおそらく複雑系…でも今は精霊の仕組みを無視して、魔力の流れに集中しよう」
リリスの胸は期待と興奮で高鳴っていた。
この仮説を検証するためには、実験が必要だ。リリスはさっそく魔導工学の実験室を訪れ、材料を調達することにした。この学校は生徒の自主性を尊重しており、適切な手続きさえ踏めば、実験用の資材を貸し出してもらえる。
実験に必要なミスリルやオリハルコンでできた素材、魔石や魔力測定器を山ほど抱えて実験室を出るリリスに、実験室の先生からは、「こんなにたくさん借りるなんて、何を研究するんだい?」と尋ねられたが、リリスは曖昧に笑って「魔法の流れについて、ちょっとした実験を」とだけ答えた。
リリスは借りてきた材料を自室に持ち帰り、机の上に広げた。ノートには実験の手順や仮説がびっしりと書き込まれている。
「まずは、ミスリル線を使って魔力がどのように流れるかの確認だねー」
リリスはミスリル線を魔石に接続し、魔石魔力測定器で魔力を観測する。次に、不純なミスリルを間に挟み、流れに変化があるか測定した。
「やっぱり…抵抗がある!」
結果を見て、リリスは嬉しさに声を上げた。不純なミスリルが魔力の流れを阻害していることが明らかになり、彼女の仮説が一部正しいことが証明された。
「次は、魔コイル…!」
興奮が止まらない。リリスはノートに記録を取りながら、次の実験の準備を進めた。
リリス・アストリアは、机の上に広げた実験器具を見つめ、静かに息を吐いた。その瞳には、わずかな疲労と、それ以上の興奮が宿っている。
「さて……ここからが本番である」
目の前にあるのは、オリハルコンにミスリルを巻きつけた奇妙な装置だ。これに魔電流を流し、実験を進める。リリスは慎重に魔力を込めた。瞬間、オリハルコンが微かに振動し、そこからランダムに落ちていた粉が、見事に磁力線のような軌跡を描き始めた。
「よっしゃ……成功!」
声を上げて、思わず拳を握りしめる。これで魔コイルを使った魔磁石が完成した。リリスは自作のノートに詳細な記録を書き込み、次の実験へと進む準備を整える。
──次は、この魔磁石を使って、魔電流と魔磁力、それに力の関係を調べる。
リリスは、頭の中で手順を繰り返し確認した。これは、彼女が元の世界で学んだマクスウェルの法則とフレミングの左手の法則の魔電磁気学のアナロジーを証明するための重要な実験だ。
実験を進めると、魔電流を流した瞬間に周囲に魔磁場が発生するのが確認できた。さらに、魔磁場が変化すると魔方電流が生じ、その魔電流の向きと魔磁場が直交する場面では、魔導体に明確な力が働いた。
「……魔電流、魔磁場、そして力。ちゃんと成り立ってる」
リリスはうなずきながらノートに書き込む。その手は早く、次々と新しい知見を記録していく。しかし、満足感に浸るのも束の間、彼女の眉間にしわが寄った。
「でも……これ以上進めるには、やっぱり正確な測定器が必要なんだよねー......」
現在、魔力測定器と呼ばれるものは、魔電圧を測定する役割しか果たせない。魔電流を測る機械がないのだ。リリスはペンを置き、しばらく考え込んだ。
「誰か……魔電流を測れる測定器を持ってる人はいないのかな」
ふと浮かんだのは、魔導工学科の授業で聞いた話か、元のリリアの記憶だったか。確か、セス・ヴェルナーという研究者は、魔力の流れを測定しているという話があった。
「あー、授業うけたことない先生だな......」
少し逡巡したものの、結局リリスは席を立った。今の状況を打破するには、彼の力を借りるしかないのだ。
「とりあえず、魔導工学塔に行こう!お願いするのはタダ!」
リリスは自分を奮い立たせるように言うと、研究材料のメモを抱え、急ぎ足で部屋を後にした。果たして彼女は、無事に測定器を借りられるのだろうか──。
期待と不安を胸に、リリスの足音が寮の廊下に響く。
そして、最悪のファーストコンタクトを果たしたのであった。




