第2章 どきどき学園生活スタート
翌朝、リリスは目を覚ました。見知らぬ天井が目に入る。
「やっぱり、夢じゃなかったかぁ…」
昨夜の記憶がじわじわと蘇る。異世界への転生、自分とは異なる新しい体、そして魔法。現実を受け入れるしかない状況に、リリスは小さくため息をついた。
ベッドから起き上がり、鏡の前に立つ。昨日改めて確認したリリス・アストリアの顔がそこにある。軽く整えた髪を後ろでまとめ、魔法使いのローブを羽織る、ルーチン通りの身支度をする。リリスとしての習慣に従いながらも、23歳の自分が17歳の体で学園生活を送るという違和感がぬぐえない。
準備を整えたリリスは、女子寮の食堂へと向かった。
食堂は重厚な石造りで、高い天井にはろうそくのシャンデリアが吊るされている。朝の光がステンドグラスを通して柔らかく差し込む中、学生たちがテーブルを囲んで食事を取っていた。
リリスが目当ての食事を取り、空いている席を探していると、リリスの友人らしき3人組が手を振っているのが目に入った。
「リリス、こっちよ!」
彼女たちの元へ向かい、席に着く。食事を始めると、友人たちは賑やかに話し始めた。
「あの男子生徒、昨日の授業で隣だったの!やっぱり素敵だったわ」
「私、次の舞踏会であの先生と踊りたいわ~」
リリスは最初、どう振る舞うべきか少し戸惑ったが、リリスの記憶を頼りに話に合わせて笑顔で頷く。どうやらリリスは聞き役に回ることが多かったらしい。そのおかげで、特に不審がられることもなく、会話は進んでいった。
「そっか、みんな結婚相手を探してるのか…」
23歳の自分としては、17歳の恋バナを微笑ましく感じる。それでも、リリスとしての振る舞いを崩さないよう努めた。幸い、予想していたような意地悪な同級生はいないようで、友人たちはみな穏やかで優しい子たちに見える。
食堂を出た後、一度部屋に戻って授業の準備を整え、1時間目の教室へと向かう。今日の最初の授業は「星占い学」だった。
講師が星図を魔法で浮かび上がらせながら、各時期における星の配置と星占い魔法の解釈について語る。
「これが今日の星々の配置です。この季節は『ルクスの星』が東に輝き、…」
リリスは講義に耳を傾けながら、頭の中で情報を整理する。この世界には「イリオス」と呼ばれる太陽に相当する恒星があり、空には二つの月が浮かんでいる。昨夜の観察から、どうやら地球ではない別の惑星にいるのは間違いない。
──他の惑星の楕円軌道は確認できるかな?いや、その前に、この星の重力加速度を計りたい。それに、この星の直径や質量も知りたいし、いつか光速も測れるだろうか…。
授業を受けながら、リリスの頭の中には次々と調べたいことが浮かんできた。図書館で星に関する本を読んで、望遠鏡が使えるなら天体観測もしてみたい。そして、この世界の物理法則がどのように働いているのか確かめたい。
「やりたいことがいっぱいあるなぁ…」
そんなことを考えてぼーっとしていたリリスを、隣の学友が心配そうに覗き込む。
「リリス、大丈夫?なんだか元気がないみたいだけど…」
「うん、大丈夫!」
リリスは慌てて笑顔を作った。新しい目標を見つけたことで、昨夜の悲しみは少し薄れた。それでも、不意に込み上げる孤独感を隠しながら、リリスは授業に集中するふりを続けた。
──さあ、今日は図書館に行こう。今はただ、自分ができることを一つずつ進めるしかない。
リリスは、授業をこなしながら図書館に通う日々を送るようになった。寂しさを紛らわすように、本の中に没頭し、元の世界とこの世界の違いを探る試みを始める。
最初に手を付けたのは、単位の比較だった。だが、すぐにその難しさに直面することとなる。
「単位換算はできない…」
メートルという単位を、この世界に当てはめることができなかった。リリスが当たり前に使っていた秒、キログラムといった単位も同様だ。一見すると似たような単位があるようだが、それらが地球と同じ基準に基づいている保証はどこにもない。
「そりゃそうだよね、セシウム原子時計なんてここにあるわけないし…」
1リットルの水の重さを測るにも、1メートルがわからなければどうしようもない。リリスはため息をつきながら、それ以上の比較を諦めざるを得なかった。物理法則については、その変数同士の関係性を見ていくことになるだろう。
次に取り組んだのは、この世界の物理学に関する文献の探求だった。すると驚くべき発見があった。この世界には、すでに「アイザック・ニュートン」と同等の人物が存在し、彼が重力の法則を解明していたのだ。
文献にはこう記されていた。
星々の軌道と日常生活における現象から、距離の二乗に反比例し、物体の質量に比例した力が働くことを示す。この法則は、天文現象のみならず、日常生活の計算にも用いられる。
さらに、この世界の単位系における重力定数も測定済みだった。
「…本当に、同じなんだ…」
リリスは本を抱えたまま、目を伏せる。もう戻ることができないだろう地球と、同じ法則に支配されているこの世界。馴染み深い数式がそこに存在していることが、嬉しいようでいて、同時に郷愁を誘う。気づけば、涙が頬を伝っていた。
力学の次は電磁気学を調べた。しかし、この世界では「磁石」という存在そのものがほとんど知られていないことが判明する。
「つまり、ファラデーはまだ、いない…?」
文献をいくら読み漁っても、電気や磁気に関する研究は見当たらなかった。日常生活の中を見回しても、電気をエネルギーとして活用する技術は一切存在しないようだった。人々が使う動力源は、人力、水力、魔法、もしくは魔力を閉じ込めた「魔石」と呼ばれる物質ばかりだった。
「…つまり、電気の利用はほぼゼロってことか」
幸い、この世界では錬金術が魔法によって発展しており、リリスは電池のようなものを作れる可能性はあるかもしれないと考えた。しかし、それは元の世界の知識をそのまま移植するに過ぎない。
「私がやりたいのは、そういうことじゃない」
リリスはノートにペンを走らせながら、ふと手を止める。
──私が本当に知りたいのは、この世界独自の力、「魔法」についてだ。
魔法とは何か。それがどのように作用し、なぜ存在するのか。仮説を立てて、実験して、検証し、新しい理論を作りたい。元の世界の科学の方法論を、この世界の魔法に適用する。それが、自分のやるべきことだ。
そう決意したリリスは、それ以降、文献探しを魔法に関するものに絞るようになった。
魔法の基本理論や歴史、実践的な魔法の使用方法に至るまで、関連する本を片っ端から読み漁った。その中でわかったのは、その使用には個人の「魔力」と呼ばれるものが必須だということだった。
「魔力って、エネルギーの一種?それとも物質なのかな…」
次第に、リリスのノートには仮説や疑問がびっしりと書き込まれていく。この世界の人々にとっては当たり前の魔法の現象も、リリスの目には謎と可能性に満ちた未知の領域だった。
目標が明確になるにつれ、リリスの心には少しずつ前向きな気持ちが芽生え始めていた。寂しさを埋めるだけではなく、自らの手で新しい理論を築く。それこそが、父から教わった科学の精神を、この世界で生かす方法だと確信していた。
今後は毎日12時に1話ずつ投稿します。




