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番外編 へんくつ研究者

「主任、この回路なんですけど……」


「しゅにーん、助けてください~!」


僕ことセス・ヴェルナーの研究室には、ひっきりなしに研究員たちが訪れる。プロジェクトが始まって半年が経ち、僕の肩書きは「主任研究員」。名ばかりだった研究室の引きこもりが、いつの間にか30人以上の研究員を束ねる立場になっている。いや、束ねているというより、皆が僕に仕事を持ち込んでくるだけのような気もするけど。


自分の机に座る暇もなく、次々と課題を解決し、指示を出していく。気がつけば一日が終わるのが常だ。けれど、こんな忙しさの中でも、たまに隙間時間ができる。その時、僕は決まってこの半年を振り返る。


故郷での魔力を精霊を介さずに利用するプロジェクトは、夢のような仕事だ。精霊たちを酷使する魔導具を根本から変える、そんな未来を実現するために選んだ道。この地で生まれ育った僕にとって、故郷の街並みは慣れ親しんだもののはずだった。でも、プロジェクトリーダーとしての日々はまったく馴染めない。


人の上に立つ――それは僕みたいな元引きこもりにとって、本当に困難なことだった。研究者としてなら自信があった。机の上で問題を解くことには慣れている。でも、チームをまとめ、他人の考えや感情に気を配るのはまるで別の話だ。毎日何かしらで悩み、戸惑い、それでも自分を奮い立たせて進んでいる。


だって、この仕事は精霊を救う。それが僕の夢だ。このプロジェクトをやり遂げれば、僕がずっと抱えてきた罪悪感も、少しは軽くなるかもしれない。


……けれど、どうしても心の中に空いた穴を感じる。


多分、それはリリスのせいだ。いや、彼女の「おかげ」か。


本当なら、彼女と一緒にこのプロジェクトをやりたかった。斬新な発想を持ち込み、柔軟に問題を解決していく彼女は、僕にとって何にも代えがたいパートナーだった。でも、あいつはまだ学生だった。飛び級させられないかと真剣に考えたけど、どうやら学業の成績は普通らしい。学園の方針もあって、どうしても一緒には連れてこられなかった。


それでも、あいつからの手紙はいつも僕を支えてくれる。


リリスの手紙には、いつも斬新なアイデアがびっしりと書かれている。そんな彼女の考えに触れるたび、僕は楽しくて仕方がない。それがどんなに忙しい日でも、手紙を読む時間だけは絶対に確保するのが僕のルールだ。


来年には、リリスも卒業する。あいつは身寄りがないと言っていた。だから、僕は卒業したら彼女を迎えに行くつもりだ。


――多分、これは恋とか愛とか、そういうものなんだろう。


最近、プロジェクトが大きくなったからか、財閥の娘との見合い話も持ち込まれている。周りは有力な繋がりを勧めてくるけど、僕はそんなの考えられない。僕が一緒に人生を歩みたいのは、リリス以外にありえない。


だから、卒業の日――彼女を迎えに行く。その時こそ、きちんと伝えるんだ。僕がどれほど彼女を必要としているかを。




あいつの学園卒業の日が近づいてきた。


毎日の仕事に追われながらも、僕の頭の片隅にはずっとリリスのことがあった。卒業の日には迎えに行く――そう決めていた。どう伝えようか、何を話そうか。考えるだけで緊張して、少しだけ幸せな気持ちになった。


でも、そのすべてが一通の手紙で壊れるなんて、思いもしなかった。


ーー旅に出ます。さようなら。


手紙を読み終えた瞬間、僕は言葉を失った。手にした紙が震える。いや、僕が震えているのかもしれない。


――どうして?


リリスがいなくなる? 僕に何も言わず、勝手に? 呆然としたまま机に座り込んでいると、研究員の一人が部屋に入ってきた。「主任、顔色悪いですよ。どうかしましたか?」


僕はそのまま正直に事情を話してしまった。


すると、研究員はあっけらかんとした調子で言う。「そりゃあ、一年も会いに行かず、好きとも何とも言わない相手を待ってる保証ないですよね。」


「えっ、財閥の娘と婚約秒読みって、新聞に出てましたけど、違うんですか?」別の研究員が口を挟む。


「手紙で何か伝えてました? 研究報告だけ? はあー、そりゃ伝わりませんよ。」


「……生への執着なさそうな感じの子なんですか?大丈夫かなあ。」


……僕の話を聞いた研究員たちは、忖度という言葉をまるで知らないかのように、次々と核心を突いてくる。おい、減給するぞ!


慌てて学園に問い合わせてみるものの、卒業式を待たずに旅に出てしまったという。リリスは実家がないし、学園にも連絡先を残していないらしい。


絶望的だった。


それでも、仕事は待ってくれない。どれだけ心が空っぽでも、プロジェクトは進めなくてはならない。僕は毎日をなんとかやり過ごしていた。でも、世界は灰色に見える。彼女がいないという現実が、これほどまでに僕を空虚にするなんて思わなかった。


そして、仕事の方でもついに行き詰まる。


遠くに魔電流を送る方法を決める段階に入ったが、交流と直流どちらを採用するべきかで議論が紛糾。プロジェクトメンバーたちは険悪な雰囲気になり、チームは分裂しかけていた。僕も判断がつかず、行き詰まるばかりだった。


そんな中、ふと手に取ったのは、リリスが過去にくれた手紙の束だ。彼女の字で書かれた細かな計算やアイデアの数々。それらを読み返しながら、僕は考える。


――リリスだったら、どうするだろう?


彼女の柔軟な発想や斬新な考えが、この状況を打開してくれるような気がしてならなかった。


そのとき、僕は気づいた。


僕はただ、リリスの才能やアイデアが欲しかったわけじゃない。彼女と一緒に考え、笑い合いながら問題を解決する、その時間そのものが、僕にとってかけがえのないものだったのだと。


リリスがいない日々は、何もかもが味気なかった。彼女を失ったことを、僕はようやく痛感していた。




そんなある時、僕の元に匿名で一通の手紙が届いた。


その筆跡を見た瞬間、胸が高鳴る。あいつの字だ。手紙には、交流送魔電のメリットと変圧器の基本的な思想が、あの独特の文体で書かれていた。僕が抱えていた問題の核心を見事に突き、解決策を示している。


一気に霧が晴れるような気分だった。議論が難航していたプロジェクトが、これで前に進める。こんなことをするのは、リリス以外に考えられない。


またあいつに助けられた。


心が痛むと同時に、感謝が込み上げる。リリス……。


このままではいけない、と思った。手紙を握りしめ、僕は決意する。


まずは、あいつと連絡を取る手がかりを探す。共同特許料の引き出し場所を追跡し、ようやくその所在を突き止めた。彼女がそこにいる確証はなかったが、それでも賭けてみる価値はあった。


僕は出発の準備を整え、その街へと向かった。


冷たい冬の風が吹きつける中、宿を訪れ、扉を叩く。


そして――扉が開いた。


そこにいたのは、驚いた顔をしたリリスだった。僕はその顔を見た瞬間、すべての理性が吹き飛んだ。


「どうして勝手にいなくなった!」


最初に口をついて出たのは、抑えきれない怒りにも似た感情だった。論理的に話すつもりだったはずなのに、顔を見た途端に感情が爆発してしまった。


彼女は呆れたように、でも少し困ったような表情で、「共同特許のものは問題点があったとき困るね、無責任でごめんなさい」と謝る。


僕は髪を掻きむしりながら、そういうことじゃない、と言い返す。


でも、その後が続かない。言葉に詰まり、ただ黙り込む僕を、リリスは静かに見つめていた。


そして、意を決して言葉を吐き出す。


「僕は君が好きなんだよ!卒業したら迎えに行こうと思っていたのに、勝手にいなくなるな!」


一息に言い切った僕は、自分の言葉の重さに気づく。顔が熱くなる。


――何を言ってるんだ、僕は。


今さらこんなことを言って、彼女がどう思うのかなんて考えもしなかった。ただ、抑えきれない思いが口から飛び出しただけだった。


リリスは一瞬、ぽかんとした顔をした。


そして――


泣き笑いのような表情を浮かべながら、僕に飛びつくように抱きついてきた。


「先生、私の帰る場所になってくれる?」


その言葉に、胸がいっぱいになった。


僕はギクシャクと彼女を抱き返し、それから、もう二度と離さないと誓うように、強く彼女を抱きしめた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。ブクマや評価やいいねなどなど頂ければ嬉しいです。


後日談「先生、魔電磁波って...検出できるのかな」「またなんかとんでもないこと思いついたんでしょ!いいからアイデア全部吐きなさい!あと先生って呼ぶのもうやめて......」


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