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第10章 そろそろ学園卒業

セスが学園を離れておよそ一年が経ち、リリスは18歳になった。学園での生活にもすっかり馴染み、卒業までのカウントダウンが始まる中、彼女は自室で研究に励む日々を過ごしていた。魔導コンピュータの開発や魔電磁気学を利用した新しい魔導具の試作を続ける一方で、友人たちと笑い合いながら学園生活を謳歌している。


最近では、友人たちの中にも婚約者ができたり、卒業後に結婚を予定している子たちがちらほらと増えてきた。リリスもそんな話題を振られることがあるが、軽く笑いながら「なかなかいい男がいないからさ」と冗談めかして誤魔化している。


その一方で、セスとは手紙で定期的にやり取りをしていた。主な内容は研究に関する議論や進捗報告で、時折リリスが新しいアイデアを送ると、セスはそれに対して詳細な意見や実現可能性についての助言を書き添えてくれる。実際セスがそのアイデアを実現し、発表することもあった。相変わらず、自分の名前は出さないよう、リリスはセスに頼んでいた。


分厚いセスの手紙の最後に、いつも研究の話題とは別に短い近況報告が添えられていた。


「実験は順調。精霊を重労働から解放できる可能性が見えてきて充実。忙しいが、悪くない。」


その言葉からは、彼が自分の夢に向かって確実に歩みを進めていること、そしてそれに伴う喜びが伝わってきた。リリスはその手紙を読むたびに小さく頷きながら、ひとり呟く。


「よかったじゃん。」


そして、カシウス先生から伝え聞く話によれば、セスはプロジェクトを成功させるために人見知りを克服しようと努力しているらしい。かつて学園では無愛想で話しかけづらい存在だった彼が、今や多くの人をまとめ、責任感を持ってプロジェクトを進めているというのに、リリスは思わず笑ってしまう。




リリスは、自室のベッドに腰掛けながら、ぼんやりと天井を見上げた。


「それに引き換え、自分の将来ってどうなるんだろうなぁ……」


セスの名義で発表してきたこれまでの研究成果。それが世間に大きな影響を与え、評価されていることは間違いない。しかし、その名義に自分の名前は一切載っていない。載せないように頼んだからだ。研究者としての実績にはならないし、そもそも自分の力で何かを成し遂げたという実感もどこか薄い。両親が亡くなってから入学前まで身を寄せていた叔父の家からは、リリスには帰ってこないでほしいということを婉曲に書いた手紙が届いている。


そんな時、カシウス先生からありがたい申し出を受けていた。


「アストリア君、君がセス君の研究に大いに貢献していることは、私は知っておる。発表で名前が出なかったのは、何か事情があるのだろうがね……。もし困っているのなら、卒業後は私の研究室に来ないか?」


その温かい言葉に胸がじんとしたが、リリスはすぐには答えを出せなかった。


「少し考える時間をいただいてもいいですか?」


リリスは、自分が職業研究者としてやっていけるのか、正直なところ自信がなかった。与えられた研究課題に心から興味を持てるだろうか。研究に向き合うモチベーションを保てるのだろうか。


何より、彼女には自分の成果が本当に自分の実力によるものなのかという不安がいつもあった。結局、元の世界の知識をこの世界に持ち込んだだけではないか。そんな劣等感が心のどこかにいつもつきまとっていた。


その反面、この未知の世界をもっと知りたいという好奇心も強くなっていた。


「百聞は一見に如かず、ってね。」


特許料のおかげで、生活費には困らない。今はその資金を使って、この世界を旅しようと決めた。研究室で机に向かって考え込むよりも、この世界の景色を自分の目で見てみたい。帰る場所のない自分には旅はピッタリだ。


カシウス先生には、丁寧に断りの手紙を書いた。そして、新しい旅の計画を立てる中で、リリスはもう一つの理由を認識した。それは、セスへの未練を断ち切るためだった。


彼の手紙が来るたびに、彼がどれだけこの世界で成功を収めているのかを知るたびに、胸の中に生まれるもやもや。それは喜びであり、そして、自分が彼にとってただの「かつての共同研究者」に過ぎないという現実を突きつけられる痛みだった。


聞いた話では、セスの実証実験は大成功を収め、国全体の事業を主導する存在になろうとしているという。どこかの財閥の娘との結婚話も浮上しているらしい。彼の家系は名家で、身寄りのない自分がその世界に入り込む余地など、最初からなかったのだ。


ーー旅に出ます。さようなら。


そう短く書いた手紙をセスに送り、リリスは学園を去った。


「貴族領地経営系転生じゃなくて本当によかった。あれだと、こんな風に自由に旅なんてできなかっただろうし。」


表向きはそう言って笑ってみせるリリスだったが、本当は心の奥底でぽっかりと空いた穴を埋める術を探すための旅だったのかもしれない。

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