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第9章 ぐるぐる魔導モーター

研究塔の静まり返った夜の研究室。魔導モーターの試作機が静かにその完成を待っていた。リリスとセスは、ほぼ毎日研究室に篭り、試行錯誤を重ねていた。リリスが自室で作り始めた最初の試作品は、今や二人の共同研究として、形を変えつつも実用に向けた大きな一歩を踏み出そうとしている。


「……これで最後だ......」


セスが小さなドライバーを手に取り、調整したパーツをそっと装着する。リリスはその様子を真剣な表情で見守っていた。


「ついに完成…!ここまでほんっっとうに長かったですねぇ…!」


リリスの声には感慨深いものが込められていた。彼女の手元にある図面は、何度も修正が加えられ、消しては書き直された跡が残る。


「回しますね、先生」


リリスが静かにスイッチを押す。次の瞬間、魔導モーターが小さな光を放ち、静かな回転音を立て始めた。


「……動いた!」


リリスは目を輝かせ、セスを見上げる。セスもまた、滅多に見せない微笑みを浮かべた。


「うん、これなら十分、回転の動力となっている精霊の代わりになるはずだ......君の努力と発想のおかげだ、本当にありがとう」


「いえいえ、先生のお金……じゃない、ご指導のおかげです!」


リリスがぺこりと頭を下げ、セスもそれに応えて軽くお辞儀をする。二人は顔を上げると、互いにフッと笑い合った。


「これで終わりじゃない。次は君の言っていた魔電球と魔導コンプレッサーだ。それから魔電磁誘導コンロも作りたい......」


セスがすでに次の目標に目を向けると、リリスも嬉しそうに頷いた。


「それで魔法灯や冷蔵庫、コンロなんかを作れば、現状の精霊を使う魔道具を駆逐できます!市場を席巻するのが楽しみですね!」


研究の未来を語る二人の背後で、突然、柔らかな光が漂い始めた。丸いもやのような形をしたその光は、静かに、いつか見たセスの大きな精霊へと変化した。


「あ……!」


リリスが驚きの声を上げる。その精霊は言葉を発しないものの、ゆっくりとリリスの方を向き、まるで礼をするかのように身体を傾けた。


「......先生、これは……?」


「いつも僕にくっついてる精霊だよ。でも、こんな行動を取るのは初めてだ……」


セスも呆然とした表情で精霊を見つめている。


「この精霊はね......消えた小さな精霊たちの親みたいな存在だったんだ」


その言葉に、リリスの胸の奥で何かがふとつながった気がした。


(もしかして……メタ視線で見たら。精霊たちを救うことが、私が転生した理由だった?でも、そんなの本当かどうかなんて確かめることはできないしね)


彼女は心の中でそう呟きながらも、目の前の精霊にそっと礼を返した。そしてまた精霊はフッと、その姿を隠す。


「……まあいいや。先生、じゃあ今日はAND回路の設計しますか!」


「はいはい。今日は何で僕を驚かせるのか知らんけど。図面は?」


二人は再び研究の机に向かう。研究バカ……失礼、熱心な二人の姿は、蝋燭の柔らかな光に照らされ、まるで祝福されているかのように見えた。




二人はそれからも研究を続けた。ある研究塔の明かりが灯る、またしても深夜、リリスとセスは新しい試作品を前に立っていた。机の上には複雑な魔法陣が描かれた薄い板があり、その周囲には多種多様な魔法陣インクの瓶や、書き込み用の細いペンが散らばっている。


「ついにこっちも完成ですね。これが半導体、抵抗、コンデンサをそれぞれ再現する魔法陣インクの組み合わせ……!」


リリスが目を輝かせながら言うと、セスも満足そうに頷いた。


「このインクを使えば、精霊なしの魔導回路で計算が可能になる。そして、これがその第一歩だ」


セスは試作品の回路図を手に取った。それは、二人が開発した魔法陣インクを組み合わせて描かれたものであり、魔力のONOFFを2進数の入力として、初めての1桁の加算の計算を実現するものだった。


「これで計算が自動化できる時代の幕開けですね!」


リリスは嬉しそうに跳ねるように言ったが、セスの顔は少し曇っていた。


「ところで……この成果、次の魔導工学学会総会で僕の名前だけで発表するって、正気なの?絶対君の名前を入れるべきだと思うんだけど」


リリスは苦笑しながら首を振る。


「嫌なんです。私、研究...いや学生生活を雑事で邪魔されたくないですから。将来的に研究者になるかも決めてないし。正直にいえば、特許料だけもらえればそれで十分なんです!」


その言葉にセスはため息をつき、少し困ったような笑みを浮かべた。


「……理解した。でも謝辞には君の名前を入れるから」


「ええーーーっ!?」


リリスはそれもやめて欲しいと言うが、セスは聞き入れない様子だった。




そし迎えた魔導工学学会総会での発表は、大きな注目を集めた。特に天文観測部門の研究者たちにとっては衝撃的だったらしい。学会が終わった翌日、彼らは研究室に大勢で押しかけてきた。


「ヴェルナー先生、あなたの研究のおかげで、膨大な天文計算が自動化できるということなんですね......!今まで何百時間もかけて計算していたものが、少しでも楽になるなんて、あなたは神です……!」


天文観測部門の研究者たちは泣いて感謝の言葉を口にした。セスは研究を邪魔され面倒くさそうにしているが、リリスはそんな研究者たちの姿を見て、胸がじんわりと温かくなるのを感じていた。


「こうして自分の研究成果が誰かの役に立てるのって、なんだか嬉しいですね」


リリスの目はニコニコと笑顔に輝いていた。


研究者たちが帰った後、リリスはふとセスに向き直った。


「先生、先生のおかげで、こんな成果が出せました。本当にありがとうございました」


セスは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「いや、逆逆。これは君がいなければ決して実現しなかった研究だよ。こちらこそ、ありがと」


リリスはその言葉に、えへへと笑って少し照れくさそうに頭をかいた。




年度末の柔らかな日差しが差し込む午後、セスが不機嫌そうな顔で研究室を出て行った。


「学園長の呼び出しだなんて、絶対に面倒な話に決まってる……」


そう言いながら出て行った彼を見送り、リリスはいつものように研究に没頭していた。


しばらくして、セスが戻ってきた。扉が開く音に顔を上げると、彼の表情は少し疲れているものの、どこか達成感を漂わせていた。


「……なんだか、いい知らせだったみたいですね?」


リリスが微笑みながら声をかけると、セスは肩をすくめて椅子に腰を下ろした。


「学園長から、僕の研究の成果が国に認められたって話だった。これから故郷の地域で検証実験を行って、さらに開発を進めることになった。それで、来年度からそのプロジェクトを主導するために僕が出向するようにってさ」


その言葉に、リリスの心は一瞬止まったような気がした。


──先生がいなくなる。


セスの研究室は、いつの間にかリリスにとって帰る場所になっていた。心地よい静けさと、彼のぶっきらぼうな言葉、ふとした瞬間に見せる優しさ。それら全てが、彼女の日常を支えていたのだ。いつの間にか彼を好きになっていることを、リリスは否定することができなかった。


けれど、リリスはすぐにその感情を押し込めた。セスには夢がある。そして、その夢が叶おうとしている。彼を引き留めることなんて、できるはずがない。


「夢が叶ったんですね!」


リリスは明るく笑顔を浮かべ、少し大げさに手を広げて祝福の言葉を続けた。


「国のお金たくさん使ってやりましょうね!財政破綻待ったなしですよ、先生!」


その冗談めいた言葉に、セスは少し呆れたようにため息をついたが、口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「君って本当に……まあ、そういうところが君らしいんだけど」


セスの柔らかな声を聞きながら、リリスは自分の胸の中の小さな痛みを誤魔化すように笑った。


「それじゃあ、新天地で大活躍してくださいね!私も負けずに、こちらで研究を続けますから」


明るい声の裏で、リリスは静かに決意していた。彼を送り出す。それが、彼女にできる精一杯のことだった。




リリスは自室に戻ると、部屋の中でぼんやりと天井を見上げた。窓から差し込む淡い月明かりが、静寂の中で彼女を包み込む。


「……特許料が入るようになったから、これからは自分で好きに研究できるし、もう一緒にいる理由もないんだよね、はは……」


声に出してみても、その言葉の響きはどこか虚ろで、自分自身に言い聞かせるような響きだった。


「泣かれても迷惑だろうし、最終日も笑顔で見送る。うん。」


自分に言い聞かせるように、ピシッと背筋を伸ばしてみる。それでも、胸の奥のぽっかりとした空虚感は埋まらない。




急いで残りの研究結果をまとめ、今後の研究方針を詰めた数週間が経ち、ついに、最後の日がやってきた。リリスが研究室に入ると、セスはいつものように書類を片手に立っていた。彼の表情はどこか落ち着いて見えたが、目の奥には微かな名残惜しさが漂っているように思えた。


今後の方針の打ち合わせが終わり、セスは一度小さく息をついた後、真剣な声で口を開いた。


「これまで本当にありがとう。君がいなければ、僕の夢は実現しなかった」


その言葉に、リリスの胸が一瞬だけぎゅっと締め付けられる。それでも、彼女は明るい声で返した。


「それ聞き飽きましたよ!何度も言いますけど、先生の実力あってですよ!」


笑顔を浮かべて、軽く肩をすくめる。それが彼女の精一杯だった。


「私も、先生からお金をもらえて嬉しかったです。」


軽口を叩いたつもりだったが、その瞬間、セスの顔が驚愕で固まる。


「君、そこは黙っておくところだろ!正直すぎる...!」


セスが慌てて言い返すのを見て、リリスは思わず吹き出した。


「だって本当のことですし。でも、楽しかったですよ。先生と一緒に研究できて」


その言葉に、セスも少し照れたように苦笑した。


「……まあ、君がいなければ絶対にここまで来られなかったのは事実だ。感謝してる、本当に」


リリスはその言葉を胸に刻むように小さく頷いた。これが、二人が共に研究に励んだ最後の時間だった。


「じゃあ、先生。頑張ってくださいね!リーダーになるんだから引き篭っちゃダメですよ!」


最後にもう一度、いつもの明るい笑顔で彼を送り出した。心の中に残る切なさを隠しながら。

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