6.ベルゼ・ブブ君の証言
話の合間合間に猫又博士のお礼の言葉と合図の言葉があって、最初の二十名くらいが話し終わった頃です。
体育館の中に、雌猫の声が「ギャ!」と響きました。
ある雌学生が、唯一明かりの燈されている猫又博士の講釈台の近くに走って来て、「首筋を冷たいものが触った」と訴えました。
その時、その雌学生の後ろにいたらしい雄学生の声が、「すいません。ラムネードの瓶がかすっちゃったんです」と言いました。
なぁんだと思って、僕達も胸を撫で下ろしました。
だけど、後になった今は、その時に気付くべきだったと思っています。
話はどんどん続いて行って、次の三十名ほどが話し終えました。
五十名と言う区切で、猫又博士は「一度トイレ休憩を取ろう。十五分後に再開するよ」と言って、体育館全体の明かりをつけました。
その時、僕はさっきの雌学生が壁に寄り掛かって座っているのを見ました。
真後ろに誰かいると怖いから、壁際に寄ったのかなと思っていました。だけど、彼女の周りの他の雌学生達は、変な表情をしていました。
一番緊張して、怖い顔をしていたのは、さっき声を上げた雌学生でした。何か、とてもじゃないけど口に出せない事を我慢しているように見えました。
僕達はトイレに行ってから、水飲み場で水分補給をして、塩飴を舐めました。たくさん必要になるだろうと思って、袋買いしてあった塩飴です。
「よぉ。良いの持ってるな」と言って、別のグループの学生達が、塩飴を一粒一円で売ってくれと言って来ました。
飴はたくさんあったので、僕達は「良いよ」と言って、その猫物達に塩飴を一粒ずつ渡し、一円ずつの硬貨を受け取りました。
飴で口をもごもごさせながら、僕達は体育館に戻りました。
たくさん猫の居るはずの体育館は、深としていました。小さな声で雌学生達が何か噂話をしていたのを覚えています。
僕は飴を頬の片側に寄せてから、ノトル・ダーム君に「俺達、最後に話すはずだけど、まだ噂話被って無い?」と聞きました。
ノトル・ダーム君は、「大丈夫。そこら辺で知られているような噂話じゃないから」と言いました。
ノトル君は外科を目指す医療科の学生なので、きっととっても怖いスプラッタな話でも用意してあるんだろうと、僕は察しをつけていました。
猫又博士の教授を受けている生徒は、大体、医療関係か、医療に近い知識が必要な学科に属している猫達です。
僕は医療関係じゃないけど、福祉施設に配給する食品を扱う仕事を目指して居ました。つまり、給食の配給に関わる仕事ですね。
そんなわけで、猫又博士の事は、味覚体験の講義や視覚体験の講義で知っていました。
視覚体験はどんな事をするかって?
そうですねぇ。猫族は大体「赤」って言う色に関して色盲なので、僕達が「濃い灰色だ」と思っている色のうちに「赤」って言う色が存在するって言う知識とか、実際に「赤」の光の波長を見てみようとか。
食事の彩りを決める時、黄色や緑ばかりを使わずに、「赤」を使うと、他の種族にも受け入れられる食卓になるので、それを実際に作ってみようとか、そう言う体験学習が多かったです。
蒼雀玉大学は猫の大学ですけど、社会に出たら色んな種族と混ざって生きて行かなきゃなりませんから。
それより、あの当日の話を聞きたいんじゃなかったですか?
当時の僕の心境? まぁ、そりゃぁ…曰くのある事なんてしないほうが良いって肝に銘じましたけど。
とにかく、十五分のトイレ休憩が終わって、五十一話目からの話が語られ始めました。