2.一話目
「ある所に、一歳になったばかりの妙齢のお嬢さんが居ました。彼女は耳の毛から尻尾の先まで真っ白で、瞳は片方が青で片方が黄色でした。
とても美しいお嬢さんなので、彼女のママはお嬢さんが年頃になっても家から出しませんでした。
それどころか、お嬢さんが恋をしないように、病院に連れて行って、お腹を裂いて手術をしてしまいました。
お嬢さんは、お腹が痛かった時期を過ぎると、自分が胸をときめかせると言う心を失っているのに気が付きました。
夏のある日に、お嬢さんの家の外で、人間の赤子のような鳴き声が聞こえてきました。
お庭に誰が居るのかしら? と思ったお嬢さんは、カーテンをめくって硝子窓越しにお庭を覗きました。
すると、其処には、ふしだらな声で鳴いて、身体をくねくねと動かしている、お嬢さんと同い年くらいの雌の猫が居ました。
そしてその周りには、ニタニタとした表情をした、複数の雄猫が集まっていました。
突然、ある雄猫が、別の雄猫に殴りかかりました。それから大乱闘が始まりました。
雄猫達の威嚇し合う、「ふぎゃあご! ふぎゃぁご!」と言う声がしました。
お嬢さんは怖くて顔を手で覆いました。
すっかり静かに成ってしまってから、お嬢さんが恐る恐る手を顔から話すと、さっきまでくねくねしていた雌猫は、一等に勝った雄猫の首筋に噛みついて、嚙み殺して居たのです。
そうです。この雌猫は、強い雄猫の生き血を啜って生きる、吸血猫と言うものだったのです。
お嬢さんに正体を見られてしまった雌猫は、すっかり動かなくなった雄猫の首から口を離して、お嬢さんの側まで歩いてきました。
『子供を埋めない雌か。今時珍しくもないけど、珍味ではあるわねぇ』と言って、吸血猫は硝子越しにお嬢さんの頬を舐めました。
お嬢さんは、居ても立っても居られない気持ちになって、細く開いていた窓から外に出ると、吸血猫の下に参じました。
そして吸血猫と、魅入られたお嬢さんは、ひと夏の間を共に過ごしました。
やがて秋になる頃、美しかったお嬢さんはすっかりやつれて命がつき、お庭の隅に埋葬されました。
ですが、次の日の朝、お嬢さんのママがお墓に花を飾ろうとすると、其処に在ったはずの土饅頭は掘り起こされ、お嬢さんの亡骸は影も形もありませんでした。
それから、そのお嬢さんの居た町では、月の明るい夜になると、真っ白な猫が恋鳴きをしながら現れるそうです。
雄猫達を戦わせて、その血を啜るために」
その話を聞いて、体育館に閉じこもった猫達は、パチパチと手を打ち合わせ、肉球を鳴らしました。
手元のテープレコーダーを一度停め、猫又博士は拡声器を手にして「実に面白いショートショートだったね。執筆家は君本猫かい?」と聞きました。
「いいえ。ちゃんとした噂話です」と、チユウルが欲しい学生は答えます。
「そうか。本猫がそう言うなら、そう言う事にしておこう」と言って、猫又博士は表の中の「い・一」の所にレ点を書きました。
体育館の中の猫達は、十名ずつ十個のグループに分けられていて、猫又博士はその十個のグループに「いろは五十音」の「い」から「ぬ」までを振っていました。
猫又博士は、猫達の集会の中で、「いぬ」と言う言葉が出てくる時点で、何か不吉なものを感じました。
その不吉な予感が、もし唯の予感で無かったら、これはきっと素晴らしい実験になるぞ! と、猫又博士は鼻息を荒くしました。
さっきのレ点は、「い」のグループの一名が話し終えたと言う印です。
さて、百物語は始まったばかりです。
猫又博士は、目をらんらんと光らせ、拡声器を使って、次の学生に話をするように促しました。
それから、手元のテープレコーダーのボタンを押しました。