懲りない王子は諦めない
お目に止めて頂きありがとうございます。
『魔女の対価は甘くない』から引き続いての話です。もし宜しかったら、そちらも宜しくお願い致します。
*
王国の北には豊かな森があり、名無しの魔女が棲んでいる。
森は国の内に在るが、王の所有物ではない。
その昔は王家の直轄地だったのだそうだが、今は魔女の持ち物だ。
かつては某国で大聖女だったものを愚かな君主の難癖の下に罷免され、これ幸いと出奔した末に流れ着いた小国が気に入った魔女が、この森を己が専有とし、決して害を成さないならば、命ある限り国に加護を与えてやろうと持ち掛け、時の王が宜って以来、二百年近くに渡って魔女の物なのである。
それ以降、王が何代変わろうとも、森さえ荒らさねば、天候に恵まれ、耕作地は豊かに実る。資源も尽きなければ、つい先日ちょっとばかり怪しかったものの他国の侵攻も無く、勿論、内紛など起きる気配も無く、王族はじめ国民一同に加え、怪しかった余波で発生した相当数の避難民をも含めて、実に長閑に暮らせる国と成っている。
まったくもって森の魔女様々なのだけれども、それにしても今年は中々に面倒な目に遭わされたもんだよと内心ぼやきつつ、魔女は小さな猫車を押して、森を貫いて我が家に続く踏み分け道に積った雪を蹴散らしている。
年季の入った猫車には、国境に住み着いた西の国からの避難民たちからの心づくしが乗っている。
悪政と悪天候に散々に苦しめられ、這う這うの体で魔女の護るこの国まで逃れてきた彼らが、慣れぬ土地や天候で不自由していないか、躰や心を病んだりせず、恙なく年を越せるかどうか、魔女は様々なものを猫車に積み上げて、彼らの居留地を見舞った帰りなのである。
幸い、ほとんどの者たちが心身共に健康で、魔女は大いに安堵した。
何人かの年配者と子供が風邪を引いてはいたものの、そんなものは少々養生すれば済む話だ。だから魔女は持参した薬種の煎じ方を教え、何種類も作ったコーディアルの効能と飲み方を説明した。合間に子供たちに集られては振り払い、怒鳴り飛ばしてはキャーキャー嬉しがられながら、新たに生まれた赤ん坊たちに祝福を授けてやった。とっくに聖女は廃業したとはいえ、それとこれとは別の話だ。身重の躰で流れて来た女たちと、その子供たちが健やかで在れるよう、僅かな対価で呪ってやるくらいはどうという事も無い。
そうして、どうやって積んで来たのか誰にも納得がいかない量のあれやこれやを無事に降ろし切った魔女は、やれやれ帰るかと踵を返した処で拝むように渡された焼き菓子や果実酒を断りきれず、猫車に積み上げて、夕暮れの雪道を辿っているのである。
貴重な収穫を、魔女なんぞに献上せずとも良いものを。
猫車の中で揺れる果実酒を眺めて、呆れたように鼻を鳴らす魔女の目の前を、ひらひらと雪片が掠め飛ぶ。今しがたまで止んでいた雪が、日暮れと共にちらつき始めたようだ。
魔女は頭上の重苦しい雲を見上げて眉を顰めた。やはり居留地を出るのが少々遅かったらしい。
魔女は雪は嫌いではない。
ぬくぬくと暖かい家の中で、窓越しに眺める分には、だが。
とはいえ、この時期に相応の量の雪が降ってくれない事には、先々の実りが変わってくる。寒さも雪も大切なのだ。だから魔女は溜息は吐いたものの、自然に逆らって降雪を止めるような真似はせず、ただ足を早めた。しかし如何せん足元が悪く、歩きにくいこと夥しい。
と、上空から、付き従っていた大鴉がふわりと猫車に降りてきて、一声高く啼いた。滑るように光る漆黒の翼を大きく広げ、力強く羽ばたくと、踏み分け道に積もっていた雪が掃いたように飛んでいく。
「あらまあ。気が利くこと」
魔女の感嘆の声に、鴉は器用にも眇目で振り返り、けっ、と聞こえる、何処か不遜な啼き声を上げた。更にばっさばっさと雪を飛ばし、踏ん反り返る。
「ありがと、マーカス」
魔女は有難く使い魔の雪かきに乗じて、更に足を早めた。
**
魔女の森は、王城とその城下町からは距離がある。とはいえ、何しろ小国であるので、馬で飛ばせば、城下の門から森のとば口まではものの半時ほどだろう。そしてそこまで来てしまえば、魔女の家までは一本道だ。踏み分け道とはいえ、充分に騎馬のまま通れる程度には広いし、魔女を頼って訪れる人は少なくないから、地面も固く締まっていて歩きやすい。
……というのは、飽くまでも陽のあるうちの話である。
夜は鼻を摘ままれても判らないような暗闇になる。当たり前だ。城下町ならいざ知らず、森に街灯の類などあるわけが無い。梢を透かして月明かりが落ちて来る場所があったり、夜光植物の類が照らしてくれるポイントも無いではないが、まあ、基本的には真っ暗闇なので、陽が落ちてから森に踏み入る者など皆無である。
だから、日中どんなに喧しく人が訪ねて来ようとも、夜は魔女だけの安息の時間だ。
まして今夜は年越し。
特別な夜だ。
この国の年越しは、家族や親類で集まって、行く年の無事を感謝し、来る年が良きものになるよう祈るのが習わしだ。
元気のある者たちは、寒さもモノともせずに城下の広場に繰り出して、振舞われる祝い酒や軽食の類を楽しみながら、新年を告げる鐘を待つ。そして、王が自ら撞く鐘の音に杯を掲げて、老いも若きも寿ぎ合っては浮かれ騒ぐ、そんな夜なのだ。
一足進むのも難儀すると判っていて、敢えて森を訪ねて来る者なんぞ居るわけがない。
魔女としては願ったりである。
大昔の事とはいえ、年越しの感謝だ年明けの祝福だと儀式を強いられてきた身としては、何にも縛られない今の暮らしが愉しくて仕方ないのだ。
そんな魔女は、夜更けの台所でホットワインを拵えている。
魔女が丹精している小さな果樹園は、季節も旬も無視して出鱈目に果実が実る。そこから捥いできたオレンジと林檎、レモンに梨を切り分け、あるいは絞り、スパイスを加えてとろとろと温めている赤葡萄酒に足していく。
普段なら、家事は使い魔に仕立てた古ぼけた縫いぐるみたちがやってくれるのだが、今夜は先に休ませてやった。彼らもこの一年、大変よく働いてくれたからだ。それで、古参のくまのエリントンと新参の白兎のミカは仲良く寝台に潜りこみ、大黒猫のガヴィは大鴉のマーカスを抱き枕に暖炉の前で寛いでいる。
マーカスは非常に不機嫌な顔でちくちくとガヴィを突いているが、全く相手にされていない。むしろガヴィにとっては適度なブラッシングらしく、ゴロゴロ喉を鳴らされている始末だ。
とうとう根負けし、でれんと伸びたマーカスの諦観溢れる顔つきが可笑しくて、魔女はくつくつ笑いながら、小鍋のワインをひと匙すくって味見をした。
「……こんなもんかねえ」
火を落とし、文様が繊細なゴブレットに注ぐ。残りは濾しながら揃いのデカンタに移して、保温しておく。夜ははまだまだこれからなのだ。
魔女は、贅沢は好まないけれども、美しい物は好きだ。幸か不幸か嘗ての聖女暮らしで目が肥えてもいて、多く持つつもりは無いけれども、身の回りに綺麗なものを置くのは素直に楽しいと思っている。
それで今夜も、使い残した果物や貰って来た菓子を気に入りの皿に盛り付け、蝋燭なども灯して、うきうきと卓を整えた。
そうやって、居心地の良い炉辺に腰を据えて、ゆるゆるとワインを飲み、菓子を摘まみながら、ぼんやりと炎を眺めたり、窓越しに降りしきる雪を愛でたり、つらつらと書を繰っては、じゃれ合う猫と鴉の攻防に笑ったりと、非常に心愉しく新年の夜を過ごしていたのだが。
「…………んん?」
ふ、と首を傾げた。
同時に、マーカスがぎろりと目を見開き、ガヴィがぬうと鎌首をもたげた。
魔女は、どんなに忙しくとも頼ってくる者を拒むことは決してしないが、害意のある者をいちいち相手にしてやる暇は無いので、踏み分け道には見えない門を設けてある。いわゆる結界だ。魔女に対して思う処ある者はそこで弾かれて、いつの間にか森のとば口に戻らされる仕組みになっている。
そして結界を抜けた者が居れば、すぐさま魔女に感知されるのだけれども。
「……何だってんだい極楽とんぼが」
ぼそりと呟いて、魔女は思い切り眉を顰めた。
溜息を吐きながら、改めてショールをきつく巻き付けてピンで留める。
馬の嘶きが微かに聞こえたと思ったら、雪を蹴散らす気配がどんどん近づき、あっという間に果樹の辺りで蹄が踏み鳴らされて、どさりと重量のある何かが降り立つ音がした。低く抑えられてはいるが朗らかな美声が愛馬を労い、それに応えて甘ったれるような鼻息がはふはふと響く。
それを聞きながら、魔女はものすごいしかめっ面で小さく指を動かした。風よけも雪囲いも何もない処に馬を置いたら凍えて可哀想だろうが。そう思って、馬を覆うドームを作ってやったのだ。間を置かず、馬は嬉し気に小さく嘶いたが、美声の主は奇声を発し、その突拍子も無い響きに堪えきれずに魔女は吹き出した。ざまあみろ。ちったあ驚いたか。
さくさくと雪を踏む軽やかな足音に続いて高らかなノックが響き、魔女はちょっと頬を揉んで笑顔を消した。絶対に美声の来訪者を笑顔で迎えるつもりは無いのである。
あからさまにヤレヤレという表情で扉を開けると、果たしてそこにはフードもマントもはみ出したキャラメルブロンドも雪まみれ、寒さに鼻の頭と頬を子供のように真っ赤にし、満面の笑みで花束を差し出す王太子殿下エドアルドが仁王立ちしており。
「新年おめでとう!」
明らかに浮かれ気味の王太子から、魔女は無表情に花束を受けとった。
「はい、おめでとう。わざわざご苦労さんだったね」
「ちょっと待ってよ何で閉めるの!?」
すかさず閉めようとした扉の隙間に素早く足を突っ込まれて阻止されて、魔女は鼻に皺を寄せた。
「閉めなきゃ寒いじゃないか」
「寒いよ! 寒い中を馬飛ばして来たんだよ!? 凍えそうだよ僕は!! 馬には囲いを作ってくれたのに僕は締め出すって酷くない……?」
眉を下げ、空色の瞳を哀れっぽく潤ませてまで訴えてくる王太子に、魔女も負けじとわざとらしい作り笑顔を向けた。
「こんな魔女のあばら家で、どうして高貴な方を持て成せましょう、ってね。さ、風邪でもひかれちゃ面倒だ。早いとこお帰り……って何すんだよ!」
魔女の口上の途中から、エドアルドは捻じ込んだ足を更にぐいぐいと突っ込みだし、魔女の抗議もモノともせずに押し入った。頭ひとつ以上は大柄で、細身に見えても曲がりなりにも騎士団で鍛えた男に、小柄な魔女の細腕が敵うわけが無い。エドアルドはあっさりと魔女の抵抗を突破して入り込み、後ろ手に扉を閉めた。
「あー寒かった。あ、ホットワインがあるじゃないか、是非ともご相伴に預かりたいなあ!」
何事も無かったような笑顔で目ざとく食卓の上を見、実に物欲しげに強請る雪まみれのエドアルドを、魔女は仏頂面は崩さないまま、指をひと振りして乾かしてやった。入って来てしまった以上、そこら中にぼたぼた雪解け水を垂らされては堪らないし、万が一にもこの場で体調を崩されては、さしもの魔女も追い出せない。何せこの男は、名にし負う極楽とんぼとは言え、腐っても王太子殿下なのだ。不敬罪如きは魔女にとっては畏れるに足らないが、それでも何かあった場合、後が面倒なのは間違いない。あの辛気臭い侍従が愚痴グチと文句百曼陀羅を言って来るとか。
そこまで考えて、魔女は、きらきらしい笑顔で礼を述べるエドアルドを眇目で見た。
「……そういや、オズの旦那はどうしたの。まさか外に置きっ放しじゃないだろうね、可哀想に」
「煩いから城に置いてきた。あれは酒に弱いから簡単に潰せる」
「呆れたね。王太子殿下ともあろうお方が、共も連れずに、こんな夜中に出歩いて。いくら平和ボケした国だったって、お前さんにゃ危機感てもんが無いのかい?」
「まあこれでも自分の身は自分で護れるから。……というかね、貴女は本当にオズには優しいよね」
恨みがましいような目を向けられて、魔女は鼻で嗤った。
「何言ってんだい、私は誰にでも親切な森の魔女だろうが」
「いや、貴女、僕には結構な塩対応だよ……」
ぼやくエドアルドからマントを受け取り、魔女は顎で安楽椅子を指し示した。
「新年早々、具合を悪くされちゃ面倒だから、一杯だけ呑ませてやるよ。座っといで。……ガヴィ、ちょっとだけ退いてやって、齧りたきゃ齧って良いから」
「ええっ!? うわ、ちょっとマジか、って痛い痛い痛い」
にんまりとした大猫に脹脛を甘噛みされて慌てふためく声に、魔女は人の悪いクスクス笑いを溢しながら、エドアルドの為のゴブレットを取りに台所へと踵を返した。
***
ぱちぱちと踊る炎を見ながら、エドアルドはゴブレットを傾ける。
葡萄酒本来の香りに、馥郁たるスパイスと果物の瑞々しい風味が加わり、控えめな蜂蜜の甘味と共に喉を滑り落ちて、冷えた躰に染み入るようだ。
「……旨い」
「そりゃ良かった」
魔女の言葉は突っ慳貪だが、声は穏やかで、甘くすら聞こえる柔らかな響きだ。
エドアルドは横目で魔女を見やった。
エドアルドに暖炉の前の安楽椅子を譲り、少し離れた柳細工の揺り椅子に収まって炎に見入っている魔女は、日中はスカーフで纏めている黒髪を豊かに肩から背に流し、普段よりもずっと少女めいた横顔を見せている。
魔女は、エドアルドより少しだけ年上に見えるけれども、それでも三十になるならずとしか思えない外見を保った頗る付きの美女である。
滑らかな肌に、濃い睫毛が影を落とす。琥珀の中に多色が揺らぐ、長く齢を重ねた魔女特有の宝石のように輝く瞳が、炎を映して常よりも鮮やかに赤く、仄かに潤んで艶めかしい。軽く酔いを感じさせる目元に艶々の唇が相まって、
―――やっばい可愛いんだけど……。
そっと視線を逸らして、エドアルドは溜息を洩らす。ちびりとワインを口に含み、ゴブレットの中身を確かめ、その残り少なさにもう一度溜息を吐いた。
―――無防備にも程が有る。
さくさくと嬉しげにクッキーを齧る魔女をまたしても横目で見ながら、エドアルドは腹の底がアルコールとは違う熱を湛えて揺れるのを自覚する。
普段は簡素な衣服をきりりと纏い、腕まくりをしていようが裾端折りをしていようが、何なら胸元が覗けそうなほど襟元を寛げていようが、刃のような緊張感とでも言うか、寄らば斬ると言わんばかりのオーラを漂わせている癖に。
織りの厚いしっかりした大判のショールを巻き付けているとは言え、それはもしや寝衣なのかと問い質したくなるような、曲線をなぞって流れる繊細な部屋着一枚でよくも男を招き入れたものである。
―――まあ、寛いでる処に僕が押し入ったんだけど。
招かれざる客の不埒な視線を感じ取ったか、安楽椅子の背もたれの上に鎮座し、一挙手一投足を監視しているとしか思えない大鴉が、嘴をパシンと鋭く鳴らす。判ってるってば。見てるだけなんだから別に良いだろ、そう思いながらちらりと振り仰いだら目玉を突かれそうになって、エドアルドは反射的に首を竦めた。
「……ふふ、ガヴィ、擽ったいよ」
そしてまたこの大猫が挑発的と言うか挑戦的と言うか、伸びあがっては魔女の躰に手足を掛け頭を擦り付け、殊更に彼女の悩ましい曲線を見せつけて来るのである。
くすくす笑いながら身を捩る魔女が可愛いやら艶めかしいやら、お前らあれか、僕に喧嘩を売ってるのか。やる気か。その気なら受けて立つと、思わずぐいとワインを飲み干してしまい、エドアルドは使い魔達にしてやられたことを悟ってガックリと肩を落とした。パシパシと嘴を噛み合わせる鴉が忌々しい。
「…………貴女は一杯だけって言ったけどさ」
物悲しい気持ちで魔女に向き直ったエドアルドは、息が止まるかと思った。
使い魔に向けた笑顔のまま、未だかつて見た事の無い、本当に無防備な表情の魔女が、真っ直ぐに自分を見ている。その、可憐と言っても良い微笑に思うさま撃ち抜かれ、エドアルドはもはや瀕死の理性をガンガン叩いて、魔女に手を伸ばしかける自分を押し留めた。
「ああ、呑んじゃった? うーん、もう半杯くらいならあるけど……要るかい?」
「要ります!」
間髪入れずにゴブレットを差し出すと、仕方ないねえと言いつつも、魔女はデキャンタの残りを全て注いでくれ、エドアルドは我ながら大人気ないと思いつつ歯を剥きだして使い魔達に笑ってやった。パシンと一際大きく嘴が鳴り、大猫が低く威嚇の唸りを上げる。
「何だいガヴィ、突然ご機嫌斜めだねえ」
そんなエドアルドの事など見てもいなかったらしい魔女は、大猫の喉元を擽ってやりながら小さく笑い声を溢した。ああ可愛い。くそ、可愛すぎるだろう貴女。歯ぎしりしそうな自分を抑え、エドアルドは努めて軽い声を上げた。
「僕が気に食わないんだな」
「良くお判りで」
「本当に冷たいよね貴女」
冷笑するような魔女の声に、転げ出そうになった言葉を冷めかけたワインと一緒にエドアルドは飲み込む。
―――貴女も僕が今ここに居るのが気に食わない?
訊くまでもない。気に食わないに決まっている。
何故なら、魔女は、大聖女セラフィナとして数多の人々から崇敬され、傅かれ、栄耀栄華の極みだっただろう嘗ての人生が厭わしかったと、今の暮らしの方がずっと好ましいと言いきった事がある。
それはつまり、如何なる意味でも他人を必要としていないと言う事なのだろうとエドアルドは思うのだ。己の分身とも言える使い魔だけを従えた、気ままな今のおひとりさま生活を心から楽しんでいるのは疑いようも無い。そんな事は、この心地よく整えられた巣のような住処を見れば嫌でも判る。
独りで何でも熟し、誰の干渉も許さない癖に、彼女の助けを求める者には誰彼なく手を差し伸べて、僅かな対価で願いを叶えてやる、つむじ曲がりに見せかけて誰よりも真っ直ぐな年古りた魔女。
初めて彼女に見えた少年の頃から、エドアルドは魔女に心を寄せているというのに。
―――僕なんざ小童も良いところで、煩い羽虫くらいにしか思ってないのは知ってるけど。
それでも、こうもあからさまに、何らの危機感も覚えていないとしか思えない姿を見せつけられると切なくなる。
エドアルドはそれなりに魔女を恋う自分をアピールしてきたつもりでいる。折に触れて訪問し、微笑みかけ、言葉を交わしてきた。彼女の髪に、指先に、時には頬に触れて想いを口に出してきたし、何なら緩く抱きしめたり、一度は頬に口づけた事さえある。
その全てを丸無視、あるいは身も蓋もない鉄拳制裁で撃破されてきたエドアルドだ。万にひとつの目も無いのは判っているが、それでも、どんなに魔女に冷たい目で声で仕打ちでうっちゃられても、結界で弾かれた事は一度たりとも無い、その一点で、どうしても魔女を諦める事が出来ない。想いを捨てる事が出来ない。
本気で拒まれてはいない、―――のだと、思いたい。思って良いよね?
情けない思いで残り少ないワインを舐めるエドアルドだが、ふと眷属の数が足りない事に気付いて首を傾げた。
「そう言えば、くまと兎はどうしたの?」
「どうもしないさ。奥で仲良くおねんねしてるよ」
「……魔力の負担を抑えてる?
ひやりとした気持ちでエドアルドは魔女を見た。
魔女は不老不死ではない。非常にゆっくりではあるけれども、その姿が年齢を重ねていっているのをエドアルドは知っている。
エドアルドはセラフィナの他には魔女を知らないけれども、思うところあって様々な文献を漁りに漁り、魔女について調べまくった時期がある。
それで知ったのだけれども、魔女は総じて長寿で、長きに渡って若い姿を保っている事が多いが、見目は魔力に連動するらしい。即ち、魔力が枯渇していく速度に準じて外見が老い、躰も弱って行く。そして魔力を全て使い切った時に、朽ちるように生を終えるのだと言う。
セラフィナが相当な魔力量の持ち主であることは間違いない。何しろ、エドアルドが知る限り、百数十年に渡り見目がほとんど変わらないのだから。
しかし、彼女が消費する魔力量というのも並大抵ではない。常に国全体に認識阻害を掛け、安定した豊かな実りを支え、僅かな対価で人々の望みを叶えている。負担を抑えるどころか、駄々洩れと言っても差し支えない。
そしてエドアルドは先日来、セラフィナに余計な魔力消費を強いている自覚が、負い目がある。
形ばかりの対価でセラフィナの力を乞うて、国境際に、西の大国から止め処なく流れて来る難民を受け入れる広大な居留地を作り、認識阻害の範囲を広げさせたのだ。
それ自体は、この国を護る為に必要な措置だった。
この小国で、無制限に難民を受け入れ養う事は出来ないし、疲弊しきってなお軍事力で遥かに勝る大国に目を付けられて侵略されるわけにもいかなかった。セラフィナも状況を理解しているからこそ、皮肉こそ言ったものの否は唱えず、事も無げにその魔力を揮ってエドアルドの望みを叶えた。
それ以来、セラフィナは一言の文句も嫌味も言わずに広げた加護を維持している。そればかりか、難民たちを慮り、彼女のほうから頻繁に居留地を訪れ、差し入れをし、相談を受け、願いを叶えてやってすらいるのをエドアルドは知っている。
その所為で、使い魔に与える魔力を惜しまねばならないのだとしたら。
―――それほどの負担を強制し続けているのだとしたら、セラフィナを摺り減らし、使い潰すような真似をしてしまったのだとしたら。
密かに顔色を失くしかけたエドアルドだったが、当の本人はむしろきょとんとした表情をしていた。
「何の話だよ。毎日よく働いてくれたから、年越しくらいゆっくり休ませてやろうってだけさ。お前さんが苦労性の侍従を盛り潰すのとは訳が違うんだよ」
名残惜しくゴブレットを覗きながら事も無げにそう言って、しかめっ面で唸りながら伸びをする。動きに釣られ、ショールの厚みをモノともせず、まろやかに豊かな胸の形がはっきりと浮かび上がった。恐れと安堵が綯い交ぜのまま魔女を見つめてしまっていたエドアルドは、それを正面から目撃してしまい、呼吸を喉に引っ掛けた。
「あーもう、お前さんが来てタカるなんて思ってもいなかったから、酒が足りなくなったじゃないか!」
酔いの滲む潤んだ半眼で凄まれても、扇情的なだけである。ほんのりと上気し、声も甘く掠れた魔女は、眼福が過ぎて呼吸困難に陥りかけているエドアルドを睨みつけて、ふらりと立ち上がった。
「まあったく。余計な手間を掛けさせて」
「お手伝い、致しますが……、っごふっ」
「でかい図体で狭い台所をウロウロされちゃ鬱陶しいだろうが! 大体、手伝うって何だよ。もう呑み終わるだろ、とっとと帰んな」
「……あと一杯?」
娼館で夜会で会談で、身分様々な綺麗処や狸親父共を丸め込む際に貼り付ける甘い王太子スマイルよりも遥かに渾身の笑顔でエドアルドがゴブレットを掲げれば、魔女は、いけ図々しいんだよ! と憤然と呟きはしたもののダメとは言わず、案外にしっかりした足取りで台所へと消えて行き。
「………冷たいかと思えば、そうやってさあ」
まさかにおねだりが許されるとは思ってもおらず、ちょっと言ってみただけだったエドアルドは、魔女をぽかんと見送ってしまった。それから、片手で顔を覆って膝に突っ伏し、長く切ない吐息を漏らす。そうやって中途半端に優しい顔を見せるからさあ! 変な期待をしちゃうじゃないか!
などと身悶えていたエドアルドだが、ふいに圧し掛かって来たガヴィの大きな前肢で後頭部を押さえつけられ、膝から肘が滑って躰を折り畳まれた。すかさず飛び乗ってきたマーカスに遠慮無しに髪を咥えてぐいぐい引っ張られ、その一糸乱れぬ連携プレーに情けない悲鳴を上げた。
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夜明け前に止んだとはいうものの、かなりの深さまで積もった雪に朝陽が差して、目に痛いほどに煌めいている。
出せ出せと煩い大黒猫に扉を開けてやった魔女はその眩しさに目を細め、深雪の中を浮かれて跳ねまわる使い魔に笑い声をあげた。
朝陽を浴びて大きく伸びをしながら、澄みきった空気を胸いっぱいに吸い込む。吐く息が真っ白に煙るほどに冷え込んではいるが、とても清々しい、身の引き締まるような年の初めの朝だ。
深呼吸で身の内を洗い清めた魔女は、戸口に立ったまま、果樹の根方で大人しく一夜を過ごした賢い馬を囲うドームを指のひと振りで取っ払った。
急に視界が開けた馬は小さく嘶き、何度も身震いした。それから目の前の鈴なりの林檎に首を伸ばしはしたものの、ふいと魔女の方に向き直って首を傾げて見せるものだから、魔女は思わず吹き出した。
「たんとお食べ」
途端に嬉し気に林檎に齧り付く馬を微笑ましく見て、魔女は別の樹から、まだ青いレモンを選って幾つか手元に引き寄せた。
手の熱を受けて立ち昇ってくる香りを楽しみつつ、程よく暖まった部屋へと振り向いた魔女は、そこに広がる惨状に遠慮会釈ない爆笑を放った。
「良いザマじゃないか、王太子殿下」
暖炉の前、裂き織りのラグの上に崩れ落ち、安楽椅子の座面に突っ伏していたエドアルドは、その容赦の無い嘲笑に力なく顔を上げた。くしゃくしゃに乱れたキャラメルブロンドに指を突っ込み、緩慢な仕草で掻き毟る。
「ダイジョブデスカー」
甲斐甲斐しいピンクのくまに背を摩られながら、白兎の差し出す濡れ布巾を受け取るエドアルドの顔色は、白いを通り越して、若干、土気色である。
「だからとっとと帰れと言っただろ」
人の悪いくすくす笑いを隠しもしない魔女に、非常に恨みがましい視線は投げたものの、口を開く気力も無いらしい。常の饒舌ぶりの片鱗すら無いエドアルドはのろのろと顔を拭い、ついで大きく緩めた襟元、頭と大雑把に濡れ布巾を使って、また座面に突っ伏した。力なく床に垂れ落ちた手から、兎が布巾を回収する。
「タライ、イリマスカー」
「いら、ない……」
片言でしか返事も出来ないエドアルドに、魔女は無慈悲にも鼻に皺を寄せた。
「ちょっと、吐くなら表でやっとくれよ。何なら叩きだしてやろうか?」
「吐か、ない…………相、変わら、ず、冷たい…………」
後半は何を言っているかすら定かではないほどに脱力しきったエドアルドに、魔女は実に気分が良さそうな鼻歌を浴びせかけつつ、レモンを抱えて台所へ向かう。
開けっ放しの扉から、部屋の空気が強制的に入れ替わっていく。
微かに漂う、炉棚に飾られたクローブを刺した林檎の香気、魔女があちこちに置いたポマンダーに昨夜エドアルドが送った花の香、暖炉から流れる薪の燃える陽気な匂いと―――その全てを圧し潰して充満する強烈な酒の臭いが、爽やかな新雪の匂いを含んだ瑞々しい空気に変わるにつれて恐ろしく冷たい外気がエドアルドを直撃し、
「……さっむい!」
エドアルドは吠えた。
「おや、生き返ったか」
湯気の立つカップをふたつ持った魔女が、にやにやとエドアルドの顔を覗き込む。
「貴女は何でそんなに元気なの……」
同じくらい馬鹿げて呑んだのに。
差し出されたカップを受け取って、弱弱しく見上げて来るエドアルドに、魔女は素晴らしく美しい微笑を見せた。
「年季が違うんだよ、小童」
「畜生……」
到底、高貴な身とも思われない罵声を洩らす可笑しな顔色のエドアルドとは対照的に、肌艶も麗しい魔女は、珍しく下ろしたままの黒髪を揺らして笑いっぱなしである。
「良いからその酔い覚ましをお飲み。お前さん、今日は参賀があるんだろ」
「良くご存じで……」
「そりゃ毎年の事だもの。ねえ、オズの旦那」
戸口に向かって朗らかに呼びかける魔女の声に、エドアルドはまだ口を付けられずにいるカップを両手で包み込みながら、緩慢な動作でそちらを見やった。
「偉大なる魔女様に新年のご挨拶を申し上げます。また、早々に主が多大なるご迷惑をお掛け致しましたこと、伏してお詫び申し上げます」
朝陽を背に蹌踉と立ち、平坦な声で口上を述べる己が侍従に、エドアルドは露骨なしかめっ面を向けた。魔女はまだ笑いながら、幽鬼さながらに戸口で揺れる哀れな侍従を手招きする。
「あんたも大概な顔色だねえ。入っといで、良く効く酔い覚ましをあげるからさ」
「有難き幸せ」
いつでも血色の悪いオズボーンではあるが、ただいまこの時の顔色はもはや死体と遜色ない。そのうえ目は盛大に充血し、髪もぼさぼさ、着込んだ外套もいささか薄汚れているような気さえする。
「新年おめでとうございます殿下。年の瀬のクソ忙しい最中に大変な美酒をがっぽり賜りましたこと、このオズボーン、生涯忘れぬ所存でございます」
苦虫を大量に噛み潰したような表情の主に呪いじみた新年の挨拶をぶつけつつ、オズボーンはのこのこと魔女の家に入って来た。勧められるがままにベンチに腰掛け、渡された酔い覚ましをズルズルと啜って、ぱああと顔を輝かせる。
「うはああああああああ。効きますねえこれ」
感に堪えないと言わんばかりに唸り、また啜り、繰り返し魔女を拝むオズボーンの顔色は、確かに徐々に明るくなっていく。
その様に、そこまで即効性が? とは疑いつつも、絶対にこの状態では騎馬での帰城が叶わないと判っているエドアルドもがぶりと大きく口に含み、
「!!!!!!!!!」
危うく噴き出しかけた。慌てて口を覆い、限界まで目を剥いて、どうにかこうにか飲み下して激しく咳き込む。
「なに、なにこれ、っげほっ、くっそ」
涙目にすらなっているエドアルドに魔女は腹を抱えて大笑いし、オズボーンは素早く顔を背けて肩を揺らした。
「わ、笑い事じゃっ、ごほっ」
「良いから全部飲みな。ほら、飲み切ったオズの旦那は元気になったろ」
「お陰様で気分爽快です!」
マジかこいつホントにツヤツヤしてやがる。わざとらしく拳を突きあげる侍従に、エドアルドは喉の奥から唸りを洩らし、辛うじて溢さなかった、途方もなく手強い酔い覚ましを睨み付けた。
うっすらと白濁したそれは、レモンとハーブの清々しい香りがするくせに、レモンどころではない強烈な酸味に続く独特の青臭さと激烈な苦味、更に止めを刺すようなえぐみが口内を襲ったきりいつまで経っても去って行かない。不味いだとかいうレヴェルを軽々と超越した、この世のモノとも思われないシロモノである。
確かに効くのかも知れない。少なくともオズボーンには効いた。だがしかし、手強いが過ぎる。たった一口しか飲んでいないのに、まだこんなに残っているのに、全て飲み切れとは、もしかしなくても昨夜無理矢理押し入り、延々帰らずに呑み続けた事への報復か。
「旦那、口直しに温かい林檎水でもどう?」
「お手数お掛けして申し訳ありませんが、頂きます。聞くだに旨そうですね」
「旨いとも。熱々に温めた林檎の果汁にレモンとシナモン、生姜をひとかけ。ほんのちょっぴり黒胡椒を効かせて、蜂蜜をひと垂らし。どう?」
「是非ともお願いしたいです!」
冷や汗を流す自分を他所に、白々しくも和気藹々と続く会話が怨めしい。畜生、オズは何でコレを何回も啜れたんだ!
「それ、僕のもお願い」
言うや、エドアルドは覚悟を決めて一息に酔い醒ましを呷った。顔が紫色になるかと思うほどに凄まじい何かが脳天を突き抜けたが、直後、恐るべき濃度で体内に停滞していた酒が一気に抜けて爽快感が迸り、エドアルドは腹の底から勝鬨を挙げそうになって慌てて飲み込んだ。成程、オズが拳を突き上げるのも無理は無い。
「何だ飲めたか。つまらないねえ」
「つまらないって何!?」
口をへの字にして再び台所へと消えていく魔女の背中にエドアルドは抗議の叫びを上げ、振り返りざま、人の悪い薄ら笑いを隠す気も無い、乳兄弟にして腹心の侍従の側頭部を小突いた。
「おお何たるご無体。この寒さと悪路のなか、両陛下に見つかる前にと宿酔いをも押して夜明け前からお迎えに参じました哀れな側仕えに」
「朝っぱらから口が回る奴だな」
「お陰様で。………して殿下、ご首尾の程は」
「判り切ったことをわざわざ確認するお前には本当に腹が立つよ」
苦々しく吐き捨てる主君に、オズボーンはいっそ無邪気な笑顔を向けた。
「えー、だってですよ、この岩より固い口を誇る忠義者を秘蔵の酒で盛り潰し、氷点下のドカ雪の中をカンテラひとつで馬をかっ飛ばしてまで愛しの魔女様と年越しをしたかったんですよね? 何やら口説き文句も練り上げておられたじゃないですか、何でしたっけ、ええと、あ痛ァッ」
今度こそエドアルドは口の減らない侍従を手加減はしたものの拳で黙らせた。何が岩より固い口か。火口に寄せた瞬間に燃え尽きる焚き付け紙並みにペラペラの癖に。
「お前さんたちゃ本当に仲が良いね」
しくしくとわざとらしい嘘泣きをするオズボーンと、仏頂面にも程があるエドアルドを見て、魔女は呆れたように笑いながら、木のスプーンを刺した両手付きのカップを差し出した。
「城に帰ったら朝飯だろうけど、ちょいと距離もあるし、空きっ腹で寒い中に出てくのも何だからね。摺り流しにしといたよ。さっさと食って、帰った帰った」
とろりと煮えた爽やかな下ろし林檎は、エドアルドの深酒で焼けた胃と酔い覚ましでひん曲がった舌、遠慮の無い侍従との応酬でささくれた心に、実に染みた。
何だかんだ言って、魔女は優しいのである。
気は無い。明らかに、無い。それは良く判るし、悪口雑言も浴びせて来るのだけれども、それでもセラフィナは何処か優しい。昨夜だって、迷惑そうな顔はしたけれども、深夜にいきなり訪れたエドアルドを追い返しはしなかった。いや、正確には押し入ったんだけれども、それでも自分だけの為に作っただろう酒を、時間を分け与えてくれた。
―――その所為で、中途半端にホットワインを飲んだ所為で変な勢いがついたからって、西の民からの貰い物だから一緒に呑もうとか言って強烈な果実酒を何種類も出してきた上で、仕上げと称して蒸留酒をがっつり呑まされる羽目に陥った訳だけれども………………いやマジか。それ、迎え酒?
しおしおと林檎を飲む自分を前に、平然と朝酒を呑み始めた魔女に、エドアルドは深い溜息を洩らした。駄目だ。一生、叶う気がしない。いや、一生は切なすぎる。年越しに託けて強襲して、あわよくば酒を酌み交わしながらしっぽり口説くというのが作戦ミスだっただけだ。潰してどうこうとまでの下心は―――ちょっとだけあったのは認めるが、そんなもの、無い方が可笑しいでしょうよ、良い年の男女がふたりきりって状況を狙っておいてさ。全然、全く、そんな色っぽい状況にはならなかったけど。こっちが潰されただけだったけど。
エドアルドは林檎の最後のひと匙を飲み込み、今回は潔く撤退を決めた。
―――決して負けたわけでも、諦めたわけでもなく、そう、出直すのだと思いながら。
「セラフィナ、世話を掛けた。旨い酒とひと時を有難う」
「はいはい。お帰りはあちら」
「美味しいものを御馳走さまでございました魔女様。お礼はまた日を改めまして」
「わざわざ来るこたないよ。てか、来ない方が有難いんだけど」
「絶対に来る」
哀しくもいそいそと手渡されたマントを身に付けながら、エドアルドは力強く断言した。
「持て成して貰い逃げなど、王家の恥。必ずや御礼申し上げよう。……貴女が王城まで来てくれると言うなら、下にも置かずに心の底から歓待するけれど」
「やなこった。寝言は寝て言いな」
心底嫌そうに言われると、如何な極楽とんぼと言えども少々堪える。今回は、傍らに迎えたいとまでは言わなかったのに。ただ招いただけなのに。
でも、これがセラフィナだ。この釣れない処も堪らないのだ。……我ながらどうかとも思うけれども。
「だったら、またすぐ来るから」
「要らんと言ってるだろうが」
「うん」
自分の言の取り合われなさ加減に仏頂面を隠さない魔女を見下ろして、エドアルドはにっこりと笑った。
あからさまに警戒して後退ろうとする魔女の腰を素早く捕まえ、振り上げられた手を難なく取って、
「今年も宜しくね」
そう言いざま指先に口づける真似をした懲りないエドアルドは、愛しい魔女に殴られる前にと大慌てで逃げ出そうとしたものの、唸りながら恐ろしく鋭い爪を振り立てるガヴィに家から押し出され、嘴と爪で容赦の無い攻撃を繰り返すマーカスに、哀れにも巻き添えを食ったオズボーン諸共、愛馬を駆って敷地を出るまで文字通り追い立てられたのだった。
<了>
夜中の強襲は勿論のこと、深酒も迎え酒も宜しくございません。真似されることのございませんよう。そして今回、登場人物の年齢に明確に触れていませんが、魔女はもとより殿下も侍従もとっくに成人しております。異世界実世界を問わず、飲酒は法が許してから。