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その3.英国の劇作家 ジョン・ヘイウッドは言う

「英国の劇作家 ジョン・ヘイウッドの言葉を借りれば『木を見て森を見ず』ということですね。」


夕方の捜査会議、そうケイシーは、話しはじめた。


「まず、前後の事件と3件目の事件の違い。これに気づいてください。それは、死者が出ているかどうかです。」


そうだ。3件目は、被害者のヨークが死に至っている。


「ここで、注目すべきは、キャラメルマフィンについて、同室のジェイコブ・ペプシコカ・フェニックスが語った内容です。『ヨークのマフィンは、アーモンドの匂いが香ばしかったので、自分が食べたものと、種類が違ったかもしれない。』彼は、こう言っているのです。」


その通りだ。


「しかし、このマフィンを販売している「ラヴェッロ」のキャラメルマフィンは、1種類のみであることが確認できました。キャラメルマフィンは、キャラメルの甘さに加えて、埋め込まれているチョコチップの香ばしいカカオの香りが、その特徴です。つまり、ジェイコブの嗅いだアーモンドの匂いは、別の所に由来するものだったということです。」


アーモンドの匂い・・・。


あぁ、そうだったのか。


私は、心の中でポンと膝を打った。


「そうです。青酸です。青酸ガスは、アーモンドや桃の種に似た匂いがする事が知られています。マフィンには、青酸カリが混入されていたことが、ヨークの胃内残留物から判明しました。しかし、ここで1つの疑問が浮かびます。他の事件の菓子からは、すべて塩素の匂いがしている。つまり次亜塩素酸が毒物として混入されている。」


木を見て森を見ずとは、まさにこのこと。


ケイシーは、3件目の事件は、連続毒入り菓子事件を真似たもので、別に犯人が居ることに気づいたのだ。


「他の事件と、3件目の事件は、別の犯人の手によるものなのです。」


うん。この事件だけは、モヴシャの犯行ではなかったというわけね。


こうして逮捕されたのは、ヨークとジェイコブの隣室に住むオリバー・ロフル・カーンエルスであった。


2人の容疑者を捕らえ、落ち着きを取り戻した署内は、安堵の空気が漂っていた。


オリバーの取り調べを終えたケイシーが、署長と話す声を盗み聞く。


「オリバーは、黙秘し何も話しません。しかし、彼の動機は、痴情のもつれと考えられます。」


そう、ヨークと隣室に住むオリバーは、恋人同士だった。


男の子どうしだけどね。


しかし、事件当日、旅行から帰ってきたオリバーは、目撃してしまう。


同じ部屋に住むヨークとジェイコブが、シャワー室で裸で抱き合っている姿を・・・。


その映像が、押収したオリバーのスマホに残っていたらしい。


腹をたてながらも、証拠の動画を撮影するあたり、オリバーの精神状況は少しおかしい。


まぁ、ちょっと恋人が旅行に行った間に、ジェイコブと浮気しているヨークも頭がおかしいけどね。


弱き者、汝の名は、男・・・とでも言うべきだろうか?


男とは、なんて心がもろく、心変わりも早のだろう。


それはさておき、ヨークの浮気に腹を立てたオリバーは、2人の殺害を計画したと推測される。


ちょうど2件目の事件のマスコミ報道で、世間が騒いでいたのが影響したのだろう。


その計画は、旅先のエセグバートの街の名店「ラヴェッロ」で購入したお土産のキャラメルマフィンに青酸を混入させて殺害するというもの。


ところが、ヨークは死に至ったもののジェイコブは、何事もなかった。


これについては、ジェイコブが普段飲んでいた胃薬が影響したらしい。


胃潰瘍を患っていたジェイコブは、胃酸止めの薬を飲んでいた。


青酸は、胃の酸と反応してガス状となりその効果を発揮する。


ところが、胃の中の酸性度が中性に近い状態になっていたジェイコブの胃では、その反応がほぼ起こらなかったみたい。


結果として、ヨークは死ぬこととなり、ジェイコブは生き残ったというわけだね。


「ところで、物的証拠はほぼ無く、黙秘で供述もとれない。これで、オリバーを有罪に持っていけるのかね?犯人が、モヴシャではなくオリバーであるとするには、少し弱いのではないのかね?」


署長は、ケイシーに問いかける。


「少なくとも、モヴシャが3件目の犯人でないことは、証明できますよ。「ラヴェッロ」のマフィンは、エセグバートの街だけで販売されていますから。」


そう、ケイシーの言う通りだ。


王都と、エセグバートの街との往復は、少なくとも2日は必要。


ところが、モヴシャは、王都で姿を毎日確認されている。


空でも飛んで移動できない限りこの距離を1日で移動することは不可能。


「となれば、3件目に限れば、彼のアリバイは、成立することとなります。必然的に、ヨーク殺害は、動機のあるオリバーが、お土産のマフィンを使って行ったという結論に至ることは、おおむね理解されると思われます。」


あぁ、ケイシーがここまで言うなら、起訴出来るだけの根拠を積み上げる自信があるのだろう。



私は、椅子から立ちあがると、春爛漫の窓の外へと目を向けた。



「汝の隣人を愛せよ」とはよく言ったものだ。


けれども、隣人との愛もこじれると悲劇を招く。


そんなことを思いながら、私は背を伸ばし、小さなあくびを一つかみ殺した。

このお話は、下の物語のエイプリールフール閑話としても使用しています

【美容師の娘】 3-56. 【閑話】連続毒入り菓子事件1

https://ncode.syosetu.com/n6487gq/219/

【風と水の魔女】2-39. 【閑話】連続毒入り菓子事件1

https://ncode.syosetu.com/n9635hm/76/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画から拝読しました。 アーモンドの香りの毒については色々なフィクション作品に出てきますが、胃液で反応するのはこの作品を読んで初めて知りました。 舐めたら即死……というものではないんですね…
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